第30話 その者の名は

 2階の作戦室の前に来ると、ユウリイが大きな両扉を開け、私とダニーも後に続いた。飾り気がなく武骨な部屋の中央には大きな円卓があり、ぐるりと囲むように聖女様と聖樹士、5人の隊長達が座っている(空席が2つ……紫葉隊と橙葉隊の席かな)。私達が入った瞬間、全員の視線が一斉にこちらを向いた。


「ユリエスタス・ユリシード、入室します」

「紫葉隊三等樹士ダニエル・アミキータ、入室します!」

「え!? あ、アナスタシア・ストラグルです! 入室します!」


 ユウリイは淡々と、ダニーはビシッと敬礼して挨拶したので、私も真似をして慌てて名乗った。そういうのがあるなら先に教えてよね、ドキドキするじゃない!


 私達の名乗りに、議場は一瞬でざわついた。


「ユリエスタス王子!? ご存命だったのか」

「ダニエル……よくもおめおめと」

「あの少女が、例の……」


 反応を見るに、聖女様以外はユウリイが生きていたことを知らなかったようだ。ダニーは……一部から歓迎されてないみたい。厳しい視線にさらされながらも、ダニーはどんな批判も受ける覚悟を持っているかのように、気丈に敬礼の姿勢を取っていた。


がいよいよ陽の下に出る時が来たか。ちょうど今から隊長会議を始めるところだ、ここへ座れ」


 入り口の正面、一番奥に座っている聖女様が、吸っていた世界樹の葉巻で隣の空席を指した。その椅子の背もたれには紫葉の紋章が刺繍されている――つまり、紫葉隊隊長席に違いない。ユウリイはその席に座り、私とダニーはユウリイの後ろに立った。


 ユウリイが席に着くと、聖女様は隊長達に宣言する。


「皆聞け。この者は正真正銘、第一王子ユリエスタス・ユリシード本人だ。訳あって身を隠していたが、その責を果たし、これからは紫葉隊隊長を務める。そうだな? ユリエスタス」

「ええ、その通りです。ご報告します――」


 聖女様の目配せにユウリイが頷いた。もしかして、この流れは灰園ガーデンに行く前から織り込み済みだったのかな。ユウリイは隊長達にガヴリルとの確執や灰園での結末、ルクレイシアのことなどを報告した。


……


「――以上です。灰園は最早もはやもぬけのから。灰人の脅威は収まるでしょう」


 世界樹の葉巻を吸いながら聞いていた聖女様が、薄煙を一吐きして口を開く。


「ご苦労だった。今朝がた、地神ダラライ率いる帝国軍が撤退したのも、同じしらせを受けたためだろう。灰人による国内の混乱さえ収まれば、戦局はこちらが有利だったからな」


 聖女様がねぎらいの言葉をかけると、私達の対面に座る赤いツンツン髪の若い男性隊長が苛立ちをあらわに口を挟む。赤葉の紋章が鎧の肩に刻まれている……赤葉隊の隊長だ。


「ユリエスタス王子、そこの三等樹士をなぜお連れに? そいつは橙葉隊を潰した張本人でしょう。橙葉隊隊長カージェスは、昔からの馴染みで……正直、ぶっ殺したくてハラワタが煮えくり返っていますよ」

「マグニス、やめないか。彼を紫葉隊に渡してしまったのは私だ。紫葉隊員はみな騙されていたんだ……彼は悪くない」


 ダニーに憎悪の目を向けるマグニス隊長を、青い長髪の女性隊長がいさめた。肩の紋章からして、青葉隊――初めにダニーが所属していた隊の隊長さんだろう。青葉隊隊長は、ダニーを紫葉隊に渡したことを悔やんでいるのか、ダニーに申し訳なさそうな目を向けていた。


「お、オレは!」


 隊長達がざわざわとダニーの話をする中、ダニーが勇気を出して声をあげた。


「自らの意志で、ガヴリル王子の≪粉≫を飲みました!」

「何だと! てめえ故意だってのかッ!」

「待てマグニス!」


 ダニーの宣言にマグニス隊長は激昂し、ダンと席を立とうとするのを両隣の隊長が抑えた。ダニー、どうしてそんな喧嘩を売るようなことわざわざ……!


「それが灰人になるものだとは知りませんでした。でも、力が欲しくて飲んだのは事実です……大事なものを守るために!」

「守るためだと!? カージェスを殺した奴が何言ってやがる! アイツはやわじゃねえ、どうせ卑怯な手を使ったんだろうがッ! 決まりだ、ぶっ殺してやるッ!」


 ついにマグニス隊長は両隣の隊長の制止を振り払い、円卓に踏み上がってダニーに向かって飛び込んでくる! 私は驚いて横に飛び退いたが、ユウリイは涼しい顔で座っているし、聖女様も悠長に葉巻を吸っている。誰か止めないの!?


 瞬間、ダニーは全身に力を込めて白銀の綱毛を生やし、背には銀翼が広がった。


「灰人がッ! 正体現したなッ!」


 マグニス隊長はユウリイの横を抜け円卓から飛び降りると、腰の刺突剣レイピアを抜き、ダニーの胸をめがけ、目にも止まらぬ突きを繰り出す!


 ――ガッ!


 しかし、その剣先はダニーの胸に届かない。ダニーはその場から一歩も動かず、右手で易々と刺突剣を掴んでみせた。作戦室にはダニーが刀身を掴んだ乾いた音だけが響き、誰もがその早業に息を飲んだ。


「! 俺の突きが……素手で止められただと……!」

「戻れマグニス」


 ぷはあ、と聖女様が煙を吐く。ダニーが掴んだ刀身を放すと、マグニス隊長は止められたことが信じられないとばかりにぶつぶつ言いながら席に戻った。ダニーが力を抜き人の姿に戻ると、聖女様は葉巻の灰を小皿にトンと落とし、静かにダニーに問い掛ける。


「力の制御は出来ているようだ。ダニエル、大事なものを守るためと言ったな。お前はその力で何を守る。国か、宝か、それとも――」

「アーシャです!」

「え!?」


 ダニーが間髪入れず返した答えに、私は思わず驚きの声をあげた。こんな時になに言うの!?


「はっは! それは良い。そうかそうか」


 聖女様は声をあげて笑い、ユウリイもまたクックと笑いをこぼした。ダニーは至って真剣な顔で聖女様を見据え、私は恥ずかしくて下を向く。


「オレはとても大きな過ちを犯してしまいました。でも、だからこそ! 二度とこの力の使い道をたがえません! 大事な人を守るため、樹士として誠心誠意尽くすことを誓います!」


 ダニーははっきりと宣言すると、バッと深く頭を下げた。その様子に聖女様が真剣な顔つきになり、隊長達に語りかける。


「ふむ……。国のため、お上のためなどと言う偽善では命は張れん。誰しも心に誰かを想い、戦っている」


 聖女様の言葉に、隊長達がうなずく。マグニス隊長は頷きこそしないものの、渋々黙って聞いていた。きっと、みんなダニーと聖女様の言葉に、思うところがあるのだろう。聖女様は、厳しくも優しい視線をダニーに向けた。


「守ってみせろ。たとえ何があろうと。良いな」

「はいッ!」


 ダニーはビシッと敬礼した。良かった……聖女様に、隊長のみんなに、ダニーのことを認めてもらえたみたい。


「さて、本題に戻ろう」


 聖女様は低く強い声で場を仕切り直す。


「地神ダラライが退いた今、この機を逃す手はない。我が樹士団の全力をもって、決戦に向かう!」


 聖女様の決戦宣言に、隊長達が興奮するようにざわめいた。聖女様はきびきびと言葉を続ける。


「決行は二週間後。灰人の鎮静に充てていた隊員を呼び戻し、全勢力をもって進軍する。同時に、帝都で内乱を起こし、2面作戦で優勢を作る」

「……何ですと?」


 内乱の言葉に、隊長達が眉をひそめた。


「極秘裏に進めてきたことだ。黙っていてすまなかったな」


 聖女様の言葉に隊長達がいっそうざわついたが、皆がユウリイの席をちらりと見て勘づき、納得して黙った。……そうか、この作戦会議には裏切り者のガヴリルも参加していたはずだ。だから、この作戦を黙っていたんだ。


「5年前から、ある男を帝都に潜入させ、諜報任務とともに、内乱の準備をさせてきた。皇帝バーディスの圧政に不満を持つ者を密かにまとめあげ、我等の進軍とともに蜂起出来るよう爪を研がせてある」


 驚きの情報に、皆がごくりと息を飲む。


「ユリエスタスには、帝都へ潜入しその男と接触してもらいたい。王子が直接来たとなれば、反体制組織も我が国の本気を感じ取り、確実に蜂起するだろう。危険な任務だが、頼めるな」


 聖女様の突然の指示に、ユウリイは毅然と頷いた。


「もちろんです。しかし、その男とは?」


 ユウリイの当然の疑問に隊長達も同じ思いなのか、皆がいっせいに聖女様を向く。聖女様は、円卓を見回しながらゆっくりと話し始めた。


「皆もよく知る者だ。この任はあやつにしか担えん。単身で潜入する戦闘力と判断力に、敵地のど真ん中で敵国民をまとめ上げる度胸とカリスマ。聖樹士として、また白金等級プラチナのブランチとして残した実績は枚挙にいとまがなく、その力量を疑う余地もない」


 え!? それって、それってまさか――! 私には、一人しか思い付かない……ううん、私だけじゃない。きっと国民の誰もが、同じ人を思い浮かべる。行方を消してから5年経てもなお、この国難に居てほしいと願うひと――!


 聖女様はひと呼吸置き、はっきりとその名を口にする。



「その者の名は――≪英雄≫、トルネード」

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