第27話 ずっと一緒だから
「ぐっ……やっぱり強い、ね……」
蹴られた腹の痛みに耐えながら何とか立ち上がった私は、舞台の中心でだらりと二刀を提げるダニーに語りかける。すぐ後ろには底無しの大穴が口を開け、亡者の呼び声のごとき冷風が、私の赤髪と身を包む炎を下から吹き上げていた。
「ダニー……≪粉≫、飲んだでしょ」
ダニーが灰人と化したあの日、足元に転がってきた空の小瓶を、私は忘れられない。にやついたガヴリルの顔と、うずくまるダニー……。王子を信じていたダニーは、それが灰人化する毒だと知らずに、飲まされてしまった。
「私が≪粉≫のこと、王子のこと、ちゃんと伝えられてたら……ごめんね」
後悔は消えない。でも、だからこそ今は、その想いを炎に乗せて。
「今、助けてあげるから!」
ダニーの魂に、きっと届く。そう信じて、私は叫んだ。想いに同期して火勢を増す炎に赤髪をなびかせながら、私は両手の短刀を腰に差し、両太もものベルトから2本ずつ投げナイフを抜く。
4本の投げナイフに炎を纏わせると、ダニーに向かって駆け出した。するとダニーも、即座に二刀を構え、翼を広げて襲い来る。
「来いッ!」
ダニーが迫り来る中、私は急停止し、その場で時計回りに旋回しながら投げナイフを四方に投げた。私の周囲、半径3m程度の地面に刺さった4本のナイフから、渦を描くように炎が奔る。
「炎投の型、≪
炎は遥か高い壁となって螺旋状に地を奔り、迫るダニーと私を包むように燃え上がる!
ダニーは強く地を蹴り、炎の渦を避けるように上空へ飛び上がった。そして私の頭上、台風の目のように空いた炎渦の中心に来ると、二刀を構えて真っ直ぐ急降下してきた。
――狙い通りッ!
強靭な力を持つダニーを相手に、接近戦は不利。かといって離れると、私よりも速い動きで、しかも空を飛ぶダニーには、ただナイフを投げても当たらない。だから、
私は真っ直ぐ急降下してくるダニーを見上げながら、太もものベルトから2本の投げナイフを抜いた。両腕を大きくしならせながら旋回し、地面スレスレから
「炎投の型――≪
遠心力を乗せて上空に放たれた二振りの投げナイフは、ひとつの炎塊となって天に昇る火龍を
一方ダニーは、二刀を下に突き出し、
「≪
ダニーの回転が生み出す渦巻く風と、私の炎の渦がうねりあい、炎の竜巻が2人を包む。
天に昇る火龍と、
地に降る銀鷹が、
渦巻く風と炎の中で衝突する――!
――ズドォォォオオオンッ!!!
刹那、閃光が
私は咄嗟に腕で顔を覆って屈み、閃光と爆風に耐えた。激しい風圧は炎の渦を吹き飛ばし、岩盤の灰を放射状に巻き上げる。周囲の断崖もビリビリと震え、そこかしこから石片がガラガラと落ちていた。
……
「ダニーは!?」
じきに閃光が止み空を見上げると、灰煙の巻き上がる宙に、ダニーが浮いていた。全身を覆う白銀の綱毛は煙をあげながら黒く焼け焦げ、双翼は風を掴めない程ボロボロに破れている。その胸は炎のナイフに貫かれ、小さな風穴が空いていた。顔を覆う白面も左半分が焦げ落ち、ダニーの左目が覗いている。
ダニーは、ふらつきながら静かに岩盤の端に降り立った。うつむいて二刀をだらりと提げ、襲ってくる様子はない。白面からわずかに覗く左目を伏せ、こちらを見てくれない。
一方、私を包む炎は煙のように消え、赤髪も燃え尽きたように毛先から灰色に戻っていく。全力疾走したかのようにどっと疲労に襲われ、全身から汗が噴き出した。
「っはあ……、はあ……」
炎の連発に体力は限界を迎え、膝に手をつき息を切らせながら、ダニーに語りかけた。
「ダニー……ねえ、ダニーなの? ……はあ、はあ……返事を、して?」
――しばらくの沈黙。さっきまでの戦いが嘘のように静まり返った舞台に、大穴から吹き上げる風だけがびょうびょうと響く。私は余りの疲労でわずかにぼやけた視界の中、ダニーを見つめ、じっと返事を待った。
やがてダニーは、伏せた左目を上げて私を見つめ返し、呟く。
「……アーシャ……ごふっ……オレ、取り返しのつかないことを……」
その目。
その声。
ああ……間違いない!
取り戻しかった、誰よりも大切な――
「ダニー!」
私は嬉しくて嬉しくて、ダニーのもとへよろよろと近付いていく。疲れきった足は、一歩一歩が重い。でも、それ以上に歩を進める想いは強い。わずか5m、私が足を引きずりながら少しずつ距離を縮めていく中、ダニーは吐血しながら言葉を続けた。
「全部……見てた。オレが……がはっ……橙葉隊……皆……殺すのを。しかもアーシャを、もう少しで……!」
「……!」
ダニーは左目の視線を落とし、指ぬきグローブをはめた両手で、ぐっと二刀を握りしめた。
その手で、
そのグローブをはめて、
その二刀で、
その技で。
過ちを犯してしまったことを、後悔するように。
「それは……ダニーのせいじゃないよ! ≪粉≫のせいでしょ!?」
あと2歩で届く。私は叫び、手を伸ばす。嫌な予感が胸に込み上げる。早く、早くダニーのもとへ――
「だから、ごめん」
ダニーはそう呟くと、精一杯伸ばした私の指先が触れる寸前で後ろに倒れ、岩盤の端から足を離し――
「!」
――私の視界から消えた。
「ダニーーーーー! このバカッ!!!」
私は重い足をぐっと踏み切り、ためらうことなくダニーを追って底無しの大穴に飛び込んでいく!
びょうびょうと冷たい風が吹き上げる暗闇の中、大の字に手足を広げて落ちていくダニーめがけ、まっ逆さまに追い掛ける。
ダニーに追い付いた私は、タックルする勢いでダニーの胴に抱きつき、強く強く抱き締めた。もう二度と、離さないように。
「言ったでしょ! 私達ずっと、家族だって! 何があったって、どんな過ちを犯したってッ! 家族はずっと家族だよ! 勝手にどっか行くなんて許さない! ずっと、ずっと……一緒だから」
溢れる涙の粒が、後方の宙に舞い上がっていく。私は暗い穴底から吹く冷たい風に、11才の冬、2人で星空を見上げたあの日を思い出していた。ずっと一緒にいるのが当たり前だと思っていたあの頃を。
しかし、ダニーの返事は無かった。炎に灼かれ、胸を貫かれたダニーは、私の腕の中で事切れていた。
早く霊薬を飲ませなくちゃ……!
さっきの言葉は、間違いなくダニーのものだった。絶対、魂を取り戻せる……!
でも、どうしたら――!
私はダニーをぎゅっと抱き締めたまま、まっ逆さまに落ちていく。真っ暗闇の底無しの大穴、死神の釜の中、どこまでも、どこまでも――……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます