第117話 side:カンデラ

「ハハハハハ! ラッキーだったな! まさか、こんなにあっさり魔石が見つかるなんて!」


 レーダンテ地下迷宮を高笑いしながら歩くのは、カマーセン侯爵家のカンデラであった。

 〈Dクラス〉の生徒の三人を率いて、〈迷宮競争〉の四人組で行動している。


 カンデラは魔石を高く掲げては他の三人へと見せ、仕舞ったかと思えばまた取り出してと、大はしゃぎっぷりであった。


 この魔石は学刀祭の〈迷宮競争〉の課題であった、キラーマンティスの魔石である。

 本来地下二階層にしか生息しないはずの魔物だったのだが、たまたま地下一階層で魔物との縄張り争いで命を落としているところを発見したのだ。

 本当に幸運としかいえなかった。


「たまにはデップもいいことを言うじゃないか。〈迷宮競争〉はどう転ぶのかは運次第……諦めなければ勝機がある、だったか? ハハハ、アインの奴ら、この〈迷宮競争〉で劣等クラスの点数を一気に稼ぐつもりだったはずだ! まさか僕達が史上最速記録で戻ってくるなんて、予想だにしていなかっただろう。ひとまず今期のクラス点による寮替えは逃げ切ったってことだ! 次の半期はゆっくりと策を練って、確実に劣等クラスを沈めてやるさ。天は僕達に味方している……」


 カンデラは魔石を強く握り締める。


「フフ……昔からそうだった。僕はどれだけ大きな敗北や失敗を経験しても、回り回って結局最後には僕が勝っているんだ。いや、僕だけじゃない、僕のパパも似たようなことを口にしていた。カマーセン侯爵家は、代々神に愛された一族なのさ! そう、最初から不幸な貧乏臭い平民共に、僕が後れを取る道理なんてなかったんだ」


「さっすがカンデラさん! 悪運の強さはピカイチですもんね」


 デップがへらへらと笑いながら口にする。


「……デップ、お前、悪運が強いは悪口だからな?」


 カンデラが足を止めてデップを振り返り、彼を睨み付けた。

 殺気立ったようにこめかみが震えている。


「すみません……でも、カンデラさんに合ってるかなって……」


「それはただ僕に直球で悪口を言っただけということになるが……。フン、まぁいいさ。今は気分がいいから聞き逃しておいてやる」


 カンデラは前を向き直り、歩みを再開する。


「ほら、早く行くぞ。デップの馬鹿を怒っている暇があったら、一秒でも早く帰還しないとな。……あのアインのことだ。またとんでもない速度で引き返してきたっておかしくはない。そうなったらこの幸運も台無しだ。おい皆、話を合わせろよ。僕が〈軽魔〉でさっと魔物達を出し抜いて、その奥にいるキラーマンティスを単独で仕留めたんだ」


「ええ、わかってますよ、カンデラさん。普段馬鹿にしてる劣等クラス相手に追い込まれて、ギリギリで運勝ちして助かったなんて広まったら恥ずかしいですもんね!」


「……なぁ、デップ、まさかとは思うが、僕がどこまで言っても怒らないかを試そうとしていないか?」


 カンデラの言葉に、デップは不思議そうに眉を顰めた後、ゆっくりと首を振った。


「はぁ、なんのことなのか……すみません」


 デップがぽりぽりと頭を掻く。

 とてもではないが演技とは思えない。

 カンデラは数秒ほどデップを睨んでいたが、すぐに目を離した。


「……ま、まぁいいさ。とにかく、今回がラッキーだったことには間違いない。あの先を抜ければ、地上まではもうすぐ……!」


 カンデラが目を向けた先の通路が、唐突に爆炎に包まれた。

 壁が、床が、天井が崩れる。


 カンデラの視界が途切れ、気が付けば彼は床に伏せていた。

 どうやら一瞬ではあるが、気を失っていたようであった。


 ゆっくりと目を開け、霞む視界で周囲を見る。

 粉々になったキラーマンティスの魔石が目に付いた。

 直感的に〈迷宮競争〉のことが頭を過ぎったが、すぐにそれどころの事態ではないと思い返した。


 その横では、デップを含めるチームの三人が血塗れで倒れていた。


「デ、デップ、おい……!」


 声を掛けようとして、近づいてくる足音に口を噤んだ。


「戻るのが早いな……我々に気づいたのか?」

「この段階で王国騎士が出張ってくると面倒だぞ」

「こいつら攫うの、殺すの、ねぇ?」


 三人の男女の声がする。

 しかし、足音は一つだけだった。

 カンデラは直感的に、声を出してはならないと判断した。

 口を両手で塞ぎ、物音を立てないように静止する。


 カンデラは頭を動かして物音を立てないように固定しながら、必死に声の方へと目を向けた。

 土煙の向こう側に、奇怪な容貌の人物が立っていた。


 ソレは異様に細長い手足と、そして三つの頭部を持っていた。

 カンデラは一目見た瞬間、それが関わってはならない類の相手であることを理解した。


「上級貴族なら攫った方が使い道があるはずだが……」

「極力捕まえろって話だ」

「必須じゃないんだ。じゃあ面倒だし、殺せばいいじゃない」


 カンデラは息を呑んだ。

 このままでは殺される。


 幸い、どうやら向こうは魔術による攻撃を仕掛けてきて、それによって既に自身らが意識を手放していると思い込んでいる様子であった。

 カンデラは〈軽魔〉の扱いに関しては自信があった。


 学院の貴族を狙ってきた暗殺者だとすれば、相当な手練れであることは間違いない。

 だが、入り組んだ迷宮の中であれば、不意打ちで〈軽魔〉で逃げれば、振り切ることは不可能ではないはずだ。


(なんだよコイツ……いや、だが、僕はツイている……! 四人の中で、僕だけが意識を手放さずに済んだ)


 幸いというべきか、倒れている〈Dクラス〉の生徒達がいる。

 相手は三つ頭があるものの、身体は一つである。

 逃げたカンデラを追えば、気を失っている他の三人を放置することになる。

 見逃される可能性が高かった。


(そうさ、どれだけ追い込まれたって、いつだって僕は直前で助かるんだ。僕は選ばれた人間だ……だからこそ、こんなところで死ぬべきじゃない! 僕はカマーセン侯爵家だぞ! どうせ〈Dクラス〉の奴らなんて、将来付き合う価値のない木端貴族ばかり……。化けて出るんじゃないぞ、デップ!)


 カンデラは微かに腰を浮かし、一気に駆け出す準備を整える。


 つい、倒れている生徒の一人の顔へと目が向いた。


『正直……俺、カマーセン侯爵家って苦手だったんですよ。というより、派閥作って、将来の政争見据えてってやってる上級貴族が怖くって。でも、カンデラさん教えるの凄い上手いですし……いつも一生懸命ですし……案外優しいときもありますし。カンデラさんは嫌だったでしょうけど……俺、カンデラさんが〈Dクラス〉にきてくれてよかったって思ってるんです』


 ふと、学刀祭の直前に、彼から掛けられた言葉が頭を過ぎった。


(馬鹿め……君如きに目を掛けたのは、クラスの中で使える駒を見繕う必要があったってだけだ! 本物の貴族事情に疎い、無意味な馴れ合い好きの似非貴族共め)


 カンデラは鼻で笑い、全身に〈軽魔〉のマナを流した。

 後は怪人の隙を見極め、この場から離脱するだけだった。


「魔術で音を立てたから、教師連中が乗り込んでくるかもしれん」

「表に漏れることさえ遅れればいい」

「迷宮の様子見に来たら、殺せばいいだけでしょう?」


 怪人が身体を翻し、出口の方へと三つの頭を向けた。


(今なら逃げられる……!)


 その確信と共に、カンデラは一気に身体を起こした。

 その刹那、カンデラの思考に、先とは別のものが過ぎった。


(剣を持ってない、完全な魔術師タイプだ……。相手は僕が気を失ったと思い込んでいる。もしかして……素早い僕が一気に距離を詰めれば、倒せるんじゃないのか?)


 不意に浮かんだ疑問の答えを出す前に、カンデラは一直線に怪人へと向かって跳び出していた。

 剣を抜き、その背へと目掛けて刃を向ける。


下級魔術ランク2〈ヘッドウィンド〉」


 剣を振るった瞬間、怪人より暴風が放たれた。


「うぐっ!」


 カンデラは体勢を崩し、その場に膝を突いた。


 〈ヘッドウィンド〉……ただ暴風を発生させる単純な魔術だが、それ故に発動が速い。

 そして魔術師の嫌う、〈軽魔〉を用いた剣士の接近を潰すことができる。

 体重を軽くして速度を引き上げる〈軽魔〉は、暴風による妨害に弱いためだ。


上級魔術ランク4〈レッドサンダー〉」


 直後、赤の雷光が周囲に走った。


「がぁぁあっ!」


 光と共にカンデラの全身を高熱が襲う。

 彼は自身の武器を手放し、床の上に倒れ込んだ。

 全身が痺れて動かない。


(魔術の切り替えが速すぎる……)


 相手の攻撃を受けて理解した。

 あの三つの頭は、別々の魔術を並行して発動するためにあるものなのだ。


 一つの頭が敵の接近を牽制し、また別の頭がそれによって生じた隙に攻撃を叩き込む。

 それを掻い潜ってもなお、別の頭が対策を講じている。


「〈軽魔〉の切り替えが雑だな。あれだけ体勢を崩すとは」

「見習い騎士なんてこんなものだ。ありがたい話だが、年々レベルが下がってる」

「気絶したフリなんてセコイ奴ね」


 怪人が自身の傍へと歩み寄ってくる。


(気の迷いで、しくじった……! 僕は馬鹿か? こんな化け物に敵うわけないじゃないか!)


 カンデラは歯を喰いしばり、怪人へと目を向ける。

 彼が死を覚悟した、そのときであった。


 通路の先より、新しい足音が響いてきた。

 三つ首の怪人もカンデラから乱入者へと意識を移し、足音の方へと目を向けた。


「わざわざこの惨状を見てこちらにやってくるとは」

「余程の自信があるか、愚者かのどちらかだな」


 三つ首の怪人が鼻で笑う。


「腐ったマナをこちらから感じたのですが……当たりだったようで何よりです」


 現れたのは小柄な少女であった。

 緩やかな曲線を描いて広がる銀髪が特徴的であった。

 とろんとした眠そうな瞳をしていたが、口許は好戦的に歪められていた。


(あの女……編入生の……?)


 カンデラは彼女を見て、記憶を手繰り寄せていた。

 〈Bクラス〉の編入生、フィリオ騎士爵の息女フィーアであった。


 自慢ではないが、カンデラは自分よりクラスが上で、実家の爵位が下の生徒は全員把握していた。

 特にフィーアは騎士爵の編入生で〈Bクラス〉という異例の待遇であり、カンデラとしては全く納得できず、教師陣に文句を突きつけても学院長の判断だと一蹴されたため、いずれ乗り込んで脅しを掛けてやろうと計画していた。


「私も魔術師の端くれ……お母様よりお噂を窺ったことがあります。魔術の頂き……真理を得るため、三つの脳を繋げた魔人、〈三つ頭のバデルバース〉……」


「我々のことを知っているか」

「魔女絡みと見た方がよさそうだ」


 三つ首の怪人……バデルバースがフィーアを警戒する。


「アハ、魔女の下僕とぶつかるなんて都合がいいわ。出来損ないの玩具共を晒し物にして、魔女への宣戦布告としましょう」


 三つ目の頭がそう嘲笑を浮かべた。

 その言葉を聞いた瞬間、フィーアが憤ったのか、こめかみが震え、血管が浮かび上がっていた。


「貴方方のお噂を聞いて……ずっと不思議だったことがあるのですよ。お気を悪くされなければいいのですが……どうしてそのような非効率かつ、不細工な真似を……? まさか本当に、そんなもので兄様や私に勝てるとお考えなのでしょうか?」


 フィーアはバデルバースへと、嗜虐的な笑みを向けた。

 バデルバースの三つの顔が、一気に怒りの色へと染まった。


「なるほど愚者の方らしい」

「あまり目立つなとの命令だったが、貴様だけは派手に殺してやろう」

「私、このアマ嫌いよ。ぐちゃぐちゃにしてやりましょう」

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