第115話

「ぐ……この我が、魔法毒などに敗れるわけにはいかぬ……! 我が〈逆さ黄金律〉は戦争を支配し、大陸を陰から支配する組織となるのだ! そうなれば、全てが思いのまま……! あと少しなのだ! この野望のために、我は百数十年生きてきたのだ!」


 ドルガは苦しげに身体を痙攣させていたが、身体に力を込めて震えを抑え、俺を睨み付けた。


 気力で毒をねじ伏せたようだ。

 しかし、さすがにもう限界が近いはずだ。

 〈死呪剣サマエル〉の魔法毒は、対象が効果を自覚した頃には既に生命が脅かされている段階である。

 元の〈魔循〉を保てるわけがない。

 

 〈死呪剣サマエル〉は、ネティア枢機卿も知っている中で最強の魔法毒であると口にしている。

 俺の肉体自体、〈死呪剣サマエル〉の魔法毒に耐えられることが課題の一つであったのだと聞かされている。


「ネティア枢機卿はアディア王国の平穏のために四百年掛けた。お前程度がそれを崩せると思うな」


「ガキが、わかったようなことを……!」


「ドルガ……お前はあの御方と自分の何が違うのかと問うていたな。答えてやろう。守るために外法を選んだあの御方と、奪うために外法を選んだお前とでは何もかもが違う。そもそもあの御方は外法に手を出してこそいるが、力を持っているが故に手段を選ぶことができる。力を持たないお前達は、残酷で、人道に背いた手段に出ざるを得ない」


 連中の形振り構わない、醜悪な姿がその証明だ。

 〈不死なるボルクス〉は魔物の寄せ集めそのものであったし、ドルガ自身も不気味な土人形のような姿をしている。

 そうしなければ力を得られなかったからだ。

 〈幻龍騎士〉は全員真っ当な人の姿をしているし、俺以外の三人は〈逆さ黄金律〉相手に苦戦をすることもないだろう。


「勝った気になるなよ……。貴様の斬撃では我が肉体を突破することはできん。毒が回るまでの間に、貴様だけでも道連れにしてやる……! 我が守りを捨てて攻めに徹すれば、その柔らかい貴様の身体では耐えきれまい!」


 ドルガは地面を踏みしめると、俺へと一直線に向かってきた。


「死ぬがいい……ネティアの玩具が!」


「決着を早めてくれるのはありがたい。俺も上へ急いで戻る必要がある」


 俺は手を宙へと翳す。

 魔法陣が現れ、〈死呪剣サマエル〉が光となって消えていく。

 〈ウェポンシース〉である。


 そして代わりに、俺の手許に別の剣が現れる。

 黄金色を纏う短剣である。


 俺は新たに表れた剣で、正面からドルガの身体を斬った。

 俺の放った一閃によってドルガの身体は上下に二分され、その勢いのままに地面を転がった。


「が……あ、ああ……! 我が無敵の肉体が……有り得ぬ……! その剣は、まさか……! それを扱える人間が、今の時代に存在するなど……!」


 ドルガが力なく口にする。


 〈運命の黄金剣ヘ・パラ〉が斬るのは、物質ではなく次元そのものである。

 故に如何なる物理的な盾や頑強さは意味をなさない。


 〈運命の黄金剣ヘ・パラ〉は使用者のマナを大幅に消耗させる上に、制御するのが難しい。

 扱いを誤れば布切れでさえ斬れなかったり、逆に触れてはならない世界の重要な理でさえ斬ってしまいかねない代物だ。

 ドルガの〈魔循〉と武術を前に最初からこの剣を使っていても崩し切れなかっただろうが、〈死呪剣サマエル〉の魔法毒で急いたドルガのトドメを刺すには充分である。


「もっともらしい御託を並べ……あの狂人を正義とするとは。やはりネティアの玩具だな。狂信者め……」


 ドルガは仰向けの姿勢でそう口にする。


 俺は〈運命の黄金剣ヘ・パラ〉を構え、ドルガへと歩み寄った。


 ドルガに〈死呪剣サマエル〉の毒は効いていたはずだが、だからといって放置するわけにもいかない。

 念には念を入れる必要がある。

 この手の魔術師はどこから復活したっておかしくはない。


「我が死のうが……学院に来た〈逆さ黄金律〉は止まりはせん。クク……他の四魔人を連れて来ておいた甲斐があった。我と〈不死なるボルクス〉だけではない。〈三つ頭のバデルバース〉と〈魔蜘蛛のアトラク〉も既に学院内へ入り込んでいる。今頃迷宮は血の海となっているだろう。今更貴様一人で止めることなど絶対にできはせん。魔法毒で巻き込ませないためだったのだろうが、迷宮の地下深くまで我を誘導したのは失策であったな!」


 俺は剣を振り下ろし、ドルガの頭部を真っ二つにした。

 切断面がズレて、脳漿が零れ落ちる。

 ついにドルガの身体が完全に動きを止めた。


 俺は戦闘中に落とした〈怒りの剣グラム〉を回収し、〈ウェポンシース〉で〈運命の黄金剣ヘ・パラ〉共々異空間への収納した。

 それからドルガの亡骸を振り返る。


「……〈三つ頭のバデルバース〉と〈魔蜘蛛のアトラク〉か」


 〈不死なるボルクス〉も、とてもルルリア達が倒せるような相手だとは思えなかった。

 最善手ではあったはずだがルルリア達や、奴に確保されていたラヴィの身も危うい。


 奴らの目的だったらしい、隣国ノーディン王国の王女というのも気掛かりだ。

 ドルガはノーディン王国の捜している王女を確保し、戦争に利用するつもりのようであった。

 〈逆さ黄金律〉の他の三人とやらが暴れてノーディン王国の王女を拉致し、アディア王国の貴族の子息、息女を殺して回れば、本当に戦争へと発展しかねない。


 フィーア編入は此度の〈逆さ黄金律〉襲撃を見越したものだったとしても、この広大な迷宮では明らかに人手不足である。

 急いで上へと戻った方がよさそうだ。




――――――――――――――――――――――――――――――

 王国の最終兵器……〈幻龍騎士〉の一角であるアインは、ただの平民として血統主義蔓延る騎士学院へと入学することになる。

「王国最終兵器」のコミカライズが「マンガUP!」にてスタートしました!(2022/4/17)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る