第114話
「見せてもらおうではないか。魔法毒に侵され死にゆく肉体で、この我相手にどこまで戦えるのか!」
ドルガが向かってくる。
俺は息を吸うと、グラムで迷宮の床を思い切り叩き斬った。
周囲一帯の地面に亀裂が走り、砕け落ちていく。
俺とドルガが互いに落下する中、俺は準備していた〈軽魔〉で身体を軽くし、落石を蹴って高速で移動していく。
だが、ドルガもまた、同様の手立てで宙を高速で飛び回っていた。
「また同じ手立てで仕掛けてくるとは。不意打ちが通った先の一撃に固執するとはな。いいだろう……乗ってやろう。地力であれば我が勝っているのは明白!」
落石を蹴り、ドルガの死角より直進する。
放ったのは対応しにくい点の攻撃、刺突であった。
ドルガは身体を素早く反転させ、曲げた左膝で刃を蹴飛ばし、剣先を逸らす。
そうして刺突の勢いを削いだ上で、刃の側面目掛けて、右の拳を豪速で叩き込んできた。
「ぐっ……!」
膝を支点にして、俺の手へと膂力を加えてきた。
手首が大きく捻られる。
俺は弾き飛ばされるようにして、地面へ背を叩きつける形になった。
身体を丸めて素早く起き上がり、周囲へ目を走らせる。
「探し物はこれか?」
ドルガが〈怒りの剣グラム〉を踏んでいた。
「魔女の剣を容易く手放すとはな。貴様らネティアの犬っころは、手が千切れても掴んでいるものかと思っていたが、毒が随分と効いていると見える」
ドルガが鼻で笑った。
「……
俺は再び魔法陣を展開する。
手許に光が走り、それは一本の剣へと変化した。
「おや、まだ諦め悪く向かって来るとは。だが、無駄なことだ。〈怒りの剣グラム〉が最も勝機があると踏んだからこそ、我に対してそれを持ち出していたのだろう? 魔剣を奪われたかと言って次を取り出し、今の死に体で振るって勝機があると本当に信じているのか? 第一、我もまたネティア同様、永きに渡って複数の国の暗部を渡り歩いて来た魔人……。大陸内の魔剣、宝剣の類は概ね全て把握している。今更貴様が何を使ったとしても……」
俺は取り出した剣を軽く振るった。
それは威圧感のある〈怒りの剣グラム〉と違い、騎士学院の学生が使っている一般的な剣よりもむしろ短いくらいのものであった。
刃は赤紫に妖しく輝いており、柄には人面を模したような不気味な装飾がなされている。
「なんだ、その剣は……? そのようなもの、見たことも聞いたこともないぞ。ネティアが隠し持っていたのか? しかし、先の戦争でもそのようなものが使われたという話は……」
「魔剣、宝剣の類は全て把握しているというのは嘘だったらしいな」
俺の言葉に、ドルガの顔に浮かんでいる血管がより太くなった。
「フン、大方苦し紛れのハッタリだろう。そんなものでどうにかなると思っているのならば、やってみせるがいい」
俺からドルガへと斬り掛かった。
ドルガは俺の新しく持ち出した魔剣に対しても退く素振りを見せない。
如何なる力を秘めていても対応してみせると、絶対の自信があるようだった。
ドルガの判断は正しい。
この魔剣を相手に攻めあぐねることは、最大の悪手だからだ。
恐れて慎重に立ち回ってくれればその方が楽だったのだが、そういうわけにはいかなかったらしい。
「そろそろ死ぬがいい!」
ドルガの右の手刀を背後へ跳んで透かす。
こちらから叩き込んだ一撃は、左手で難なくと防がれた。
ドルガは素早く身体を半回転させて剣の刃を弾き、逆の手の指を広げて、遠心力を乗せて俺へと打ち付けるかのように振るう。
「〈
咄嗟に逆側へと大きく跳んが、避けきれなかった。
衣服が切られ、俺の腹部に引っ掻き傷が走っていた。
指を広げて腕を振り乱す……。
一見何の理合いもないが、全身が猛毒のドルガがやるからこそ脅威となる技だ。
指先を相手の肌に掠めさえすれば、それで敵の命を奪えるという自信の表れだ。
「やはり何の意味もない……禍々しい外観だけの見掛け倒しの剣だな。〈怒りの剣グラム〉にあったような破壊力がないのは明白だ。手で弾いたが、何も感じんかった。魔剣……宝剣の類は、振るわれなくともオーラがあるものだ。それそのものに纏わる因果が、ただその剣がそこにあるというだけで、見る者に圧を感じさせるのだ。とりわけ我程の一流の武人ともなれば、謂れのある武具を見分けることは容易い。端から違和感こそあったが、それが今確信へと変わった。その剣には何もない。まさか苦し紛れに、そんなものを持ち出すとは」
ドルガは俺の剣へと目を向けて、退屈そうにそう零した。
「我が魔法毒を受けて、今なおそれだけ動けていることは称賛に値する。その人間の原形を留めた姿で、よくぞそれだけの毒物に対する耐性を有しているものだ。しかし、さすがに今が限界だろう。これ以上やっても無意味としか思えんが、抗うことが貴様の美徳だと言うのならば付き合ってやろう。ただ、毒に強いのは貴様にとっても悲劇であったな。ここからは嬲り殺しになるぞ」
ドルガがまたゆらりと両腕を構える。
確かにドルガは強い。
俺より一回りは上の〈魔循〉を有し、単純な物理衝撃をほとんど受け付けない肉体を有し、魔法毒という武器まで用意している。
無策でぶつかれば俺に勝算はない。
ただ無為に戦いを長引かせて、食らいついていても何の意味もない。
「魔女の最高傑作と、百年間呪術で鍛え続けてきた我が肉体……どちらが上か試してみたいとつくづく考えていた。しかし、貴様は確かにネティアの玩具のようだが、最高傑作とは程遠い失敗作であったようだ」
「百年……か」
〈逆さ黄金律〉の創立時期と一致する。
元々〈逆さ黄金律〉は、大貴族が王国に隠れて不死の研究をするために創立した禁忌の錬金術師団が始まりであったとされている。
「驚いた様子だな。〈逆さ黄金律〉を築いたのはこの我だ。百年前……我はヴァーレン公爵家の当主に呪いを掛けて病魔に侵し、死に脅える奴をパトロンにして〈逆さ黄金律〉を結成した。お陰で我はこうして不老の強靭な肉体を手に入れた。公爵家は王家への反逆で取り潰しとなったが、我の知ったところではない」
「思いの外、若いんだな。〈逆さ黄金律〉の創設前からその身体なのかと思っていたが」
「なに?」
ドルガの無機質な表情が歪んだ。
ネティア枢機卿本人が語らないため俺も正確なところは知らないが、彼女の年齢は最低でも四百歳以上である。
〈逆さ黄金律〉の統帥であり、創設者でもあるドルガが百歳少し程度だとは思わなかった。
「……まぁ、いい。我も貴様と長々と遊んでやる時間はない。貴様を殺し……その頭部をあの女への宣戦布告に用いさせてもらおう。亡骸を解剖してネティアの秘術を暴き……そして奴の匿っているノーディン王国の王女も我々がいただく。王女を火種に再び百年前の三国戦争を引き起こし、ネティアを下し、帝国を出し抜き……我は影の統一王となるのだ!」
ドルガが両手の指を広げる。
確実に敵の身体へ直接魔法毒を与える、〈
ドルガはもはや、この技だけで俺を押し切れると判断したようだ。
俺はドルガの振り乱す両腕を掻い潜って避けると、奴の胸部を蹴り飛ばした。
続けて奴の頭部へ、力任せの剣の一撃を放つ。
鈍い金属音が響く。
ドルガの頭部には斬り傷は付いていなかった。
やはりグラムの破壊力でないと、文字通り傷一つ付けることは難しいようだ。
「無駄だと言っているだろう!」
ドルガが腕を大きく振るい、俺の身体へ打ち付ける。
俺はドルガの手首へ自身の手の甲をぶつけて弾き、ドルガの胸部を蹴飛ばした。
「この程度何ともないが……ここに来て我の白兵戦に対応してくるとは。〈魔循〉が上がった……? いや、魔法毒にマナを侵されている状態でそれは有り得ん。我の動きを見切り始めているのか? なるほど剣の技量は確かになかなか……」
「いや、違う。お前が遅くなってるんだ、ドルガ」
「……なんだと? そんな馬鹿なことが、あるはずが……」
ドルガはそこまで口にして俺へと目を向け、ぎょっとしたように目を見開いた。
「貴様……毒痣が広がっていないどころか、回復しているだと……?」
「俺は早々に気づいていたが……どうやらお前よりも俺の方が、その手の毒に対する耐性は強いらしい。俺は〈幻龍騎士〉の中でも、最も呪いや毒に対しては耐性がある」
「なっ……!」
最初に違和感を持ったのは、ドルガが〈ヒュドラオルガン〉を使った際のことだ。
ドルガは発動当初、微かとはいえ苦しげに喘いでいた。
あの肉体が自身の毒の影響を受けていたことは明らかだ。
てっきり身体のほとんどを人工物に置き換えているようなので、その手の毒は一切通じないものだと当初は考えていた。
だが、自身の毒に影響を受けた時点で、強力な毒であればものによっては致命傷となるのは明白であった。
実際奴の魔法毒を受けてわかったが、この程度の毒で悪影響を受けるのであれば、毒はむしろ防御面に長けたドルガの弱点であるとさえいえる。
ドルガが俺を『裏の世界では上の下程度の〈魔循〉』と評したのは正しい。
俺は強大な魔剣を制御することに特化しており、また副次的に魔法毒や呪いに対して強い耐性を有している。
〈魔循〉であれば、〈幻龍騎士〉の中でもツヴァイに遠く及ばない。
「うぐ、これは……! まさか……有り得ん……!」
ドルガの身体がぐらりと揺れ、その場で膝を突いた。
「貴様……何をした……!」
俺は手にした剣を前へと突き出す。
「〈死呪剣サマエル〉……あらゆる命を呪う魔剣だ。この刃の生み出す無色透明、無味無臭の気化毒は、対象の命を奪う間際までその存在に気付かせない」
毒とは相手に気づかせないように用いてこそその威力を発揮するものだ。
ドルガのように全身から放出し続けて武器にするなど、その強みを活かした戦い方とはいいがたい。
ドルガが〈死呪剣サマエル〉には圧を感じなかったのも当然だといえる。
〈死呪剣サマエル〉は、気付いた頃には手遅れになっているのが最大の強み……沈黙する魔剣だ。
「〈死呪剣サマエル〉……馬鹿な、そんなもの、聞いたこともない! そこまで危険な魔剣があれば、噂程度でも我の耳に入っていないはずが……」
「この剣を見て生き残った人間を、俺は俺とあの御方しか知らない」
目視した時点で死が確定しているような魔法兵器である。
詳細な情報が伝わっていないのも当然のことだろう。
「こんなガキに……〈逆さ黄金律〉の頭領たるこの我が……! だが、こんなものがあれば、最初からここまで戦いを長引かせる必要など……!」
そこまで口にして、ドルガが呆然と口を開き、背後の〈怒りの剣グラム〉へと目を向けた。
「まさか……有り得ぬ! 最初からここまで見越していたというのか!」
完全に詰めて考えていたわけではないが、ドルガと対峙した時点で方針は決まっていた。
〈死呪剣サマエル〉に限らず、俺の魔剣はどれも危険すぎる。
特に無差別に死の呪いをばら撒く〈死呪剣サマエル〉は、迷宮の上の階層では使うわけにはいかなかった。
だからドルガの〈アースフィッシュ〉による分断を受け入れ、その上で〈怒りの剣グラム〉の破壊力を用いて地面を崩し、ドルガを下階層へとしつこく誘導し続けた。
意図を悟られぬよう、あくまで攻撃の一環だと演じながら、である。
〈ヒュドラオルガン〉の発動を見た時点で〈死呪剣サマエル〉が通用するのは確信が持てたため完全に方針を固め、気化毒が通りやすいように〈怒りの剣グラム〉で体表を削つつ、更に下の階層へと落としたのだ。
〈怒りの剣グラム〉をわざわざ手放したのも、魔法毒のせいで握力が緩んでいたわけではない。
自然に〈死呪剣サマエル〉を取り出すためである。
〈死呪剣サマエル〉が警戒されれば、ドルガが逃げる可能性もなくはなかった。
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