第113話

「このグラムでも、肌に傷を付けるのが限界とはな」


 俺は魔剣を構えながらドルガを睨む。

 ここまでドルガが頑丈だとは思わなかった。


 それにグラムの破壊力で不意を突いて、ようやく当てられた一撃がこの様なのだ。

 ドルガの体表の頑強さもそうだが、奴の身体に攻撃を当てることそれ自体が厳しそうであった。 


 正面からの衝突で一撃当てることは諦めた方がよさそうだ。

 まともに剣の一撃を与えたいのであれば、先程のように不意を突くなり、行動を制限するなりする必要がある。


「〈幻界徒行〉」


 ブレたドルガの姿が消えたかと思えば、一瞬で俺の目前へと肉薄していた。

 ドルガの横に薙いだ手刀の一撃を、俺は寸前で屈んで回避した。

 剣のリーチがまるで優位に働いていない。


 屈みながら下段より逆袈裟に刃を放つが、ドルガの手に受けられてしまった。


「大した〈魔循〉ではあるが、その程度でこの我へ白兵戦を挑もうとはな。貴様程度の〈魔循〉であれば、裏の世界では上の下程度といったところか」


 刃を掴んだドルガの手に力が込められる。

 ドルガの顎先に狙いを付けて蹴りを放ち、奴の手から剣を引き抜いて背後へと跳んだ。


「さすがに〈怒りの剣グラム〉は折れんか……クク」


 ドルガは刃を掴んでいたのとは逆の手で、自身の顔を守っている。

 顎先に蹴りは当たっていなかった。

 あの至近距離で体術が完全に対応されたとなると、正攻法で攻撃を当てること自体が不可能だ。

 

 ドルガのグラムの刃を掴んでいた手のひらは、どうやら刃が擦った際に表面に傷が入ったようであった。

 だが、とでもでないが致命傷となり得るようなものではない。


「本気でゆくぞ。小僧……出し惜しみしている力があるなら、死ぬ前に見せておくことだな。ネティアを殺すためにも、貴様の力は充分に把握しておく必要がある。もっとも、貴様がこの場で見せずとも、貴様の遺骸は回収して解剖させてもらうがな」


 ドルガがゆらりと両腕を前に突き出す。


特級魔術ランク5〈ヒュラドラオルガン〉」


 ドルガを中心に紫色の魔法陣が展開される。

 ドルガの全身に紫色の太い血管が浮かび上がり、肉体が微かに膨れ上がる。

 瞳の色が不気味な赤紫に染まっていったかと思えば、奴の全身から紫の蒸気が昇り始めた。


 何か、一定間隔で音が響いてくる。

 奴の心臓の鼓動であると、すぐにそれを察することができた。


「ぐ、ぐぐ……カハァ」


 ドルガが苦しげに口を開く。

 その奥からどす黒い煙が広がった。


「マナを用いた魔法毒の生成……」


 それも、恐らく自身の臓器を用いて、わざわざ全身に猛毒を巡らせている。

 己の肉体の全てを凶器にするためだ。

 ドルガの本分はどうやらこちらだったらしい。

 異様なまでに頑強な肉体は、己の魔法毒に耐えるための副産物であったようだ。


「生物では到底耐えられぬ猛毒……。肉体から臓物の全てを錬金術で置き換えた、この我だけが取れる戦術。腐ってもネティアの玩具……常人より多少は毒への耐性もあるのだろうが、貴様が魔法毒を解禁したこの我相手に、どれだけ持つのか見させてもらうぞ!」


 ドルガが向かって来る。

 独特の歩術〈幻界徒行〉と、身体から昇る魔法毒の気のせいで細かい動きが追えない。

 どうやら〈幻界徒行〉は最初から〈ヒュラドラオルガン〉と組み合わせることを前提に考案した歩術であったようだ。


 至近距離より素早い貫き手の連打が放たれる。

 剣で牽制しつつ背後へ跳んで躱すが、毒の蒸気が俺の身体へと纏わりついてくる。


 剥き出しの感覚器官……眼球に毒が纏わりつき、痛みが走る。

 俺が片目の瞼を下げたその瞬間、ドルガが俺の首へと狙いを付けて貫き手を放ってきた。


 俺はグラムの刃を盾にする。

 刃と奴の貫き手がぶつかり、金属音が走った。


 ドルガは指先を曲げ、刃を蛇のように掻い潜って俺へと向けてきた。

 どうせ身体は傷付けられないと踏んでか、隙を晒すことを承知で強引な攻めに出てきた。


 俺は頭を横に倒してドルガの貫き手を躱し、力任せに大剣を薙いでドルガの腹部を、殴るように斬りつけた。

 ドルガの身体は数メートル程飛んだものの、何事もなかったかのように地面へ着地した。

 

「余裕振っていた割には強引な戦い方をするんだな」


「貴様相手に隙を晒そうとも痛くはない。それに我は目的を達した。一向に決定打を取れん、貴様とは違ってな」


 ドルガがニヤリと笑う。


 首に激痛が走った。

 頭を横に倒して避けたつもりだったが、ドルガの掠めた爪が俺の首を引っ掻いた。

 目線を落とせば、自身の胸部付近の血管が黒ずみ、浮き出ているのが見える。


「〈ヒュラドラオルガン〉の魔法毒か」


「我が毒を受けて、その程度で済むとはな。だが、どの道長くは持つまい。その毒はどんどん貴様のマナを侵していき……じきに指一本動かせなくなり、身体が腐り落ちて死に至る。万策尽きたか、ネティアの玩具? ネティアの許へ戻って、泣きついてみるか? あの女ならば治療できるかもしれんぞ。もっともそれも、この我から逃げ切れればの話だが」


 俺は首を押さえていた手を離し、ドルガへと両手で剣を構えた。


「ほう、まだ闘志を失っていないか。大したものだ……いや、憐れむべきか。邪魔な感情は取り除かれているようにも見える。つくづくネティアの玩具だな」


「あの御方の手を煩わせていた組織の頭の武器が、ただ硬く鍛えた肉体だけではないと睨んでいたが……お前の手札が確認できてよかった。ルルリア達の援護にも早く向かわなければならない。一気に終わらせるぞ、ドルガ」


 その瞬間、ドルガの肉体に浮き出ている血管が強く浮き出た。

 俺の言葉に興奮したようであった。


「この状況で、よくぞそのような余裕振った言葉が吐けるものだ! いいだろう……一気に終わらせてくれよう。これ以上、貴様を試す意味もなさそうだ」


 ドルガの肉体から、先程までよりも黒に近い猛毒が噴射される。

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