第111話

「それだけの魔術を単独で行使できる人間は、アディア王国の表の世界にはいない……。あなた、ネティアの玩具の一人……〈世界図書館アカシックレコード〉ね」


 ボルクスは現れた少女を睨み、そう口にする。


 少女は〈幻龍騎士〉の一人……三番目のドライであった。


 〈世界図書館アカシックレコード〉……膨大な知識と習得魔術の量から、三番目の〈幻龍騎士〉に付けられた名である。

 空間を支配する複雑な魔術を自在に操り、剣術に活かす。


「手駒を複数人もこんな騎士学院に送り込んでくるだなんて。あの魔女……こっちの動きを読んでたのね。気に食わないわ」


「行事を利用して紛れ込みやすいのは君達だけではない。とはいっても、あまりボクは、戦闘は得意ではないのだけれど」


 ドライはそう口にすると、手にしている剣をボルクスへと向ける。


 元々ドライは空間転移や感知の魔術に長けている。

 ただ本体の身体能力は低く、魔術の規模も同じく魔法型のフィーアに大きく劣る。

 戦闘面に関しては〈幻龍騎士〉の中では最も低い。

 

「そう、その点では気が合うわね。ネティアのペットなんて私一人で相手取りたくはなかったけれど、ここでこっちの子を確保されるわけにもいかないし……本気で行かせてもらうわ」


 ボルクスはちらりと抱えているラヴィへと目線を向けると、ドライの接近を警戒するように周囲へと触手を展開させた。


「お、お前……アインのダチか? 味方……で、いいんだよな?」


 ギランはドライを見上げ、声を掛ける。


「そう思ってくれて大丈夫だ。少なくとも今はね」


 ドライは淡々とそう口にすると、地面を蹴ってボルクスへと接近する。

 ボルクスの触手もまた、ドライを狙って動き出す。


特級魔術ランク5〈ゲート〉」


 ドライを中心に魔法陣が展開され、別の場所へと瞬間移動する。

 今さっきまでドライが立っていた場所を、遅れてボルクスの三本の触手が同時に攻撃した。


 ボルクスは移動先のドライへとまた触手を放つが、再びドライの姿が消えて別の場所へと移動する。


「……さっきから小賢しい手ばかり使うのね。不死身の私と、空間転移が得意なあなたじゃ、決着がつきそうにないわね。時間稼ぎが狙いかしら?」


 ボルクスは〈逆さ黄金律〉の幹部の中では、純粋な戦闘能力という面において決定打に欠ける。

 自身の不死性を武器に相打ち上等で攻撃を仕掛け続け、相手の隙や疲労を突いていく戦闘スタイルである。


 ドライの空間転移魔術は、恐ろしく速く、正確である。

 故にボルクスの触手を難なく回避することができる。

 範囲攻撃で追い詰めようとも、空間転移で逃げられれば何の意味もない。


 ボルクスが焦れてきた、そのときであった。

 ドライはボルクスの目前へと転移魔術の〈ゲート〉で姿を現した。


超級魔術ランク6〈ワールドクラック〉」


 ドライが魔術式の光を纏った剣を、ボルクスの顔の先へと突き付けた。

 刃はボルクスの顔へと当たる直前で、何かに衝突するように唐突に止まった。


 まるで見えない硝子板でもそこにあったかのように、宙に大きな亀裂が走っていく。

 その亀裂は、ボルクスの身体にまで侵食していた。


「なに、を……」


 ボルクスがぱくぱくと口を動かす。


「この次元そのものを断裂させた」


 瞬間、ボルクスの身体がバラバラになって周囲に散らばった。

 青い液体を撒き散らし、触手のぶよぶよとした肉塊が転がる。

 ボルクスの触手に捕まっていたラヴィも、拘束が解かれて床へと落下していた。


「う、嘘だろ……? 俺がどれだけ力を込めて斬っても、触手の一本落とすのが限界だったのに」


 ギランは目前の光景に息を呑んだ。


 〈ワールドクラック〉は空間そのものを断裂させる魔術である。

 如何に強固な存在とて、物質界に本質を置いている時点で〈ワールドクラック〉から逃れることはできない。

 この魔術の前では、大きな岩塊とて紙に描かれた絵に過ぎない。


 ボルクスの生首が、ドライの目前に落ちる。


「な、何が、戦闘は不得手、よ……!」


 ボルクスの眼がドライを睨む。


「苦手だよ、他の三人よりはね。〈魔循〉に長けた相手には、僕の魔術のような遅くて狭い攻撃は、相当罠を張って動きを制限しない限りは当たらない。死なないのが売りなら、もう少しスマートになって逃げ足を鍛えるべきだった」


「……勝ったつもりになるには、早いんじゃないかしら?」


「おい女ァ! 後ろだ!」


 ギランがドライへと叫んだ。

 ドライの周囲に散らばったボルクスの触手が鎌首をもたげて、先頭の鉤爪を彼女へと向けていた。


 触手が一気に動き出すより一瞬早く、ドライは〈ゲート〉で上へと逃れた。

 天井に足を付け、逆さの姿勢でボルクスを見下ろす。


 〈ワールドクラック〉でバラバラになったボルクスの肉塊は、再び一ヵ所に集まろうとしていた。

 断面が擦り合わされ、肉が溶けて混ざり合い、急激な速度で再生していく。


 合体して再生していく肉塊は、それぞれ四つの塊になっていた。

 本体以外の三つからも、ボルクスの顔らしきものが触手の表面に浮き出てきている。


「アハァ、驚いたかしら? 個々の力は落ちるけど、私にはこういうこともできるのよ。私の手に入れた究極の不死の力、甘く見られたものね! あなたの弱点、わかってきたわ。魔術の空間転移の先を読んで、魔術直後の隙を叩けばいいだけの話! だったらこっちは、数を増やして叩かせてもらうわ! 私はあなたが力尽きるまで戦い続けることができる!」


「残念だけれど、それをするには再生速度が遅すぎるよ」


 四体に分かれたボルクスの地面に、大きな黒い魔法陣が浮かび上がる。


「肉体を掻き集めるのにも時間が掛かっているようだから、手伝ってあげよう」


 虹色の光を放つ多面体が、ボルクス達の周囲を覆った。


超級魔術ランク6〈フェアリーコフィン〉」


 多面体が急速に小さくなっていく。

 虹色の光の壁に、ボルクスの身体がべったりと貼りつく。


「あ、あが、ああああああああ! こんな……! 嘘、嘘よ……! 私は……完全な身体を手に入れた! 永劫の寿命を持って……世界の真理を明かし、そしていずれは世界の終末を見届ける賢者となる者……! その私が、こんな、たかだか数十年で死を迎えるなど……!」


「君のその究極の不死、完全な身体とやらは、ボクから見れば酷く歪で不格好かつ非効率なものだ。その再生能力一つのために、犠牲になっているものが多すぎる」


「あ、ああ、アアアアアアアアッ! お前……オマエ! 私の身体の侮辱は、許サナ……!」


 だんだんと青黒い液体が溢れ、光の壁の奥は見えなくなっていった。

 縮小は止まらない。

 断末魔の叫びと共に光の棺は小さくなっていく。

 最終的にボルクスの大きな身体は、手のひら大の多面体へと収まっていた。


 ドライは残った多面体を拾い上げる。


「まだ生きてるのか。とはいえ、再生のマナの効率もよくないし、元の身体に戻れない以上大量のマナを消耗し続けるはずだから、すぐに限界が来るだろうけれど」

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