第109話
「私の本気の触手に、どれだけ耐えられるかしら!」
ボルクスの鉤爪の付いた触手が、四方八方に素早く放たれる。
刃の付いた鞭にも等しかった。
〈羅刹鎧〉を纏って突進するギランの背後を、ヘレーナとルルリアが続く。
「こうなれば、ヤケクソですってよ……!」
「〈ファイアスフィア〉!」
ギランの背後にぴったり隠れていたルルリアが、右へとズレながら炎弾を放つ。
軌道を読ませないようにしつつ、ボルクスの顔を狙うのが目的であった。
斬撃を数秒で完治させた頑丈なボルクス相手に、魔術攻撃で致命打を与えられるとは思っていない。
勝算があるとすれば、自身が目晦ましをして、その隙に一番パワーのあるギランに本体部分へ重い一撃を叩き込んでもらうことだけである。
顔面に炎弾を当てれば、大きな隙が生じるはずであった。
だが、ボルクスの触手の一つが、容易く炎弾を弾く。
ルルリはぎゅっと下唇を噛んだ。
惜しくもなんともない。
今の一撃は、全く間に合っていなかった。
「こんな調子じゃ……」
「よくやってくれましたわ、ルルリア!」
ヘレーナはそう言うと、先陣を切るギランの横に並び、そのまま斜め前方へと駆けた。
右から来た触手の鉤爪を刃で防ぎ、軌道を逸らす。
だが、衝撃を殺し切れずに突き飛ばされ、地面へ叩きつけられていた。
「ヘレーナァ!」
「ギラン、突っ込んでくださいまし……! 一番邪魔な位置にあった触手が二本止まった今なら、貴方なら行けますわ!」
ヘレーナの言葉に、ギランは息を呑んだ。
ボルクスの無数の触手の動きを把握することはギランには困難だ。
一本一本が速い上に本数が多過ぎる。
半ば自身の剣士の勘頼みに突撃していた。
だが、今のヘレーナの言葉は、彼女が触手の動きの全体を把握できていた、ということになる。
元よりヘレーナの剣技は、返し技主体である。
後の先を制する技術故に、普通に戦うよりも相手の動きの機微を正確に追い切ることが必要とされる。
〈魔循〉や魔技に依存しないヘレーナの剣は、ある意味で凡人の剣の象徴だといえる。
だが、追い込まれた末のまぐれだとしても、ヘレーナはギランの前で二回ヘストレッロ家の返し技の絶技を成功させている。
剣での戦いにおいて重要な『敵の動きを細かく見ること』に関しては、既にヘレーナはギランよりも何周も先へと行っているといえた。
「……最初はただの変な奴だと思ってたが、本当に大した奴だぜオメーはよ。俺も、ここで踏ん張らねぇとダセェよな!」
ギランは剣を握り締め、地面を蹴って高く跳んだ。
動けない空中に跳べば大きな隙を晒すことになる。
ただ、自身の力ではボルクスの触手一本まともに斬り落とせないことは既にわかっている。
今回は〈羅刹鎧〉で全身のマナを活性化させて〈魔循〉の効果も高めているとはいえ、それだけでボルクス相手に致命打を入れられるとは思えなかった。
そのため天井近くから一気に落下して叩き斬ることで、威力の底上げを狙う意図があった。
「舐められたものね」
触手鞭の一撃が放たれる。
その先端の鉤爪がギランを狙っていた。
「来るのはわかってたぜ!」
ギランは空中で大きく体勢を変える。
触手の鉤爪は〈羅刹鎧〉のマナの壁を貫通し、ギランの腹部の表面を掠めた。
ボルクスの想定よりも〈羅刹鎧〉のマナの壁が厚かったのだ。
その結果、マナの壁越しにギランの身体を僅かに押し上げて逃がす結果になり、微かに鉤爪の軌道が逸れたのだ。
「あら……」
「くたばりやがれ!」
ギランは〈羅刹鎧〉に加えて〈剛魔〉で膂力を一気に引き上げ、ボルクスの頭目掛けて剣を振り下ろした。
「懸命な努力だけど、無駄なのよ」
ボルクスは自身の近くに控えさせていた触手を防御に用いる。
ギランの一撃を受け止めた。
「ぐっ……!」
触手があまりに太く、そして頑丈過ぎる。
刃は触手へ僅かにめり込んだものの、すぐに押し戻される感触があった。
「こんな程度で私に勝てると思っていただなんて、本当に笑わせてくれるわ」
ボルクスが挑発するように笑う。
ギランは剣を持つ腕に、全身のマナを送り続ける。
限界を超え、この一撃に全てを注ぐ。
残りのマナ残量から考えて、〈羅刹鎧〉はもう切れる。
ここで仕留められなければ後がないのだ。
「るらぁあああああああああっ!」
ギランは刃を振り切った。
彼の刃はボルクスの太い触手を切断し、その奥のボルクスの頭部を斬り付けた。
ボルクスの割れた頭から青い血が噴き出す。
「がぁあっ! 嘘……こんな奴に、私の触手が……!」
「ク、クハハ……切断しちまえば、さすがにもう再生はできねぇだろ? それに身体や触手は頑丈でも、お前自身の頭はどうにも……」
ギランは至近距離からボルクスを睨む。
まだ、〈羅刹鎧〉は残っていた。
この隙にもう一撃叩き込んでやると、剣を大きく振りかぶる。
瞬間、視界外から飛んできた触手の一撃に、ギランは吹き飛ばされることになった。
「ぐはっ!」
幸い至近距離であったために鉤爪部分でなく触手部分で殴られただけで済んだことと、〈羅刹鎧〉が残っていたことから致命打は免れた。
だが、腹部への重い一撃に口からは血が溢れ、身体は倒れた姿勢のまま、もはや言うことを聞かなかった。
「畜生……浅かったのか」
「深い浅いじゃないけどね。私の身体、〈ウロボロスの呪い〉で守られてるから、たとえ頭が吹っ飛んだって死なないわよ。本体狙われたらあっさり死ぬ程度で、〈逆さ黄金律〉の中で不死を名乗れるとでも?」
ギランの見上げた先では、ボルクスの頭の傷が急速に癒えていくところであった。
「な……!」
「それから……水王クランケは、全ての触手に脳を持つのよ」
ギランは自身の切断した触手へと咄嗟に目を向けた。
触手はその場で跳ね、暴れながら回る。
次の魔法陣を紡いでいたルルリアの胸部を勢いよく打った。
「うぶっ!」
触手は更にうねり、地面に打ち付けられたルルリアへと、鉤爪の追撃を行おうとする。
「ルルリアッ!」
ヘレーナは慌ててルルリアの身体を突き飛ばした。
ヘレーナの背へと鉤爪が突き刺さり、そのまま深々と彼女の肉を抉り取った。
「は、はは……危なかったですわね、ルルリア。あ、後は、私とギランに任せてくださいまし……」
ヘレーナはそのまま剣を構え直そうとしたが、両手が痙攣していた。
そのままぐりんと黒目が回り、彼女はその場に力なく倒れた。
背中側から横っ腹の肉を、握り拳分の大きさほど抉られていたのだ。
無事なわけがない。むしろルルリアより怪我が重い。
明らかに早く治療しなければ命にかかわる重症であった。
「あらあら、感情的な友情なことで。まぁ、よく持った方よ。見習い騎士相手にここまで負傷させられるなんて、むしろ驚いているわ」
ギランの切断した触手が、ボルクス本体へと這い戻っていく。
そうして切断面同士が合わさり、僅かに青く濁った透明色の液体が溢れてきたかと思えば、あっという間に切断面が消え、完全にくっ付いてしまった。
「う、嘘だろ……? こんな……」
ギランは目を見張る。
決死の想いで切断に成功したボルクスの触手が、ものの数秒で完全に元通りになった。
「私の最大の強みは、心眼でも触手でもなくて、この不死性なのよ? ちょっとばかり触手を掻い潜ってまぐれで一発当てた程度で、いい気にならないでもらいたいものね」
ボルクスが得意げに話す。
ギランは血塗れの身体を持ち上げ、彼女へと剣を向けた。
「テメェこそ、まだ勝った気になるんじゃねえぞ……!」
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こちらも読んでいただければ幸いです。(2021/12/17)
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