第108話
「ア、アインが、地面の中に引きずり込まれましたわ!」
ヘレーナが顔を真っ蒼にしてそう叫ぶ。
「アインがあの程度でくたばるわけねぇだろ! ……それよりも、俺達があっちのバケモンをどうするかを考えた方がよさそうだぜ」
ギランの刃の先には、身体から触手を伸ばし、〈Bクラス〉の生徒ラヴィを抱える女……〈逆さ黄金律〉の一人、〈不死なるボルクス〉の姿があった。
「あらあら、逃げないのかしら?」
ボルクスがくすくすと笑う。
「……見習いですが……私だって、騎士を志す者です。学院の仲間が囚われている状態で、逃げ出そうとは思えません。あなたが、その人を解放してこの場から去るなら話は別ですが」
「た、戦う気ですのルルリア!? あの化け物、明らかに私達なんかでどうにかなるお相手じゃなくってよ!」
「覚悟決めろヘレーナァ! 逃げますっつって、はいそうですかって見逃してくれそうな相手じゃねえぞ! ハッ、蛸女なんざ、修羅蜈蚣よりは可愛げがあるじゃねぇか」
ルルリアとギランに遅れ、ヘレーナがおどおどと剣を構える。
「騎士学院に乗り込んでくるとは、ぶった斬られる覚悟はできてんだろうなァ!」
「確かに戦闘は得意な方ではないけれど……〈金龍騎士〉ならいざ知らず、見習いに意気揚々と刃を向けられるだなんてね」
ボルクスの身体が膨れ上がり……外套を突き破り、全身から夥しい数の触手が伸びる。
「ここに転がっている子達よりは戦えることを期待しておくわ。マナの滾った人間の肉は美味しいのよ。あなた達も、私の一部にしてあげる」
ボルクスの腹部には、長い牙の並ぶ大きな口が開いていた。
ボルクスがルルリア達へと突進してくる。
ギランが先頭に立ち、ヘレーナがその斜め後方に立った。
ルルリアは二人の背後で魔法陣を紡ぐ。
ボルクスの触手がギランへ伸びる。
ギランは横へ躱しながら前に出て、ボルクスへと肉薄する。
「見かけ通り、速さは大したことねぇみたいだな蛸女!」
ギランを狙って触手が動く。
「
すかさずルルリアが援護の一撃を放つ。
ギランへ向いていた触手はルルリアの放った炎弾を防ぐために動き、本体が無防備になった。
ギランの腕が〈剛魔〉で膨れ上がる。
「くらいやがれ!」
ボルクスの本体へと、ギランの刃が到達した。
彼女の胸部に斬撃が走り、青い血が舞った。
「キャアッ!」
ボルクスが甲高い悲鳴を上げる。
ギランを追ってボルクスの触手が動くが、ギランは地面を素早く蹴って距離を置き、触手から逃れた。
「ハッ、なんだ、案外行けるじゃねぇかよ! 見掛け倒しが……!」
「いたぁい……けど、こんな傷、私にとっては意味がないのよ」
ボルクスは口の両端を吊り上げ、笑みを浮かべていた。
ギランの与えた傷は、ものの数秒の内に斬られた部位の肉が膨らみ、結合し、再生していった。
「なんだ、この馬鹿げた再生能力……」
「あらあら、残念だったわね。そんなしょっぱい斬撃、私に何千回振り下ろしたって、何の意味もないわよ」
その言葉がハッタリでないことは、ギランにもすぐにわかった。
明らかに態度が、命を懸けているもののそれではないのだ。
今の斬撃自体、わざと受けているような節があった。
それにボルクスは、この期に及んで触手でラヴィを拘束したまま戦っている。
そのせいで移動速度も明らかに落ちている。
だが、それを全く気にしている素振りを見せていない。
この期に及んでギラン達を、片手間に殺せる羽虫程度にしか認識していないのだ。
ボルクスの触手が、大きく周囲へと広がるように展開された。
「フフ、どうかしら? 私の身体は、不老にして不死身の軟獣と称される水王クランケをベースにしたもの……再生能力は、魔物の中でも桁外れなのよ。もっとも……あなた達の如きの攻撃じゃ、この身体の素晴らしさを見せつけることもできやしないけれどね。さっきの彼くらいは、私の身体を痛めつけてくれないと。そんなものが限界なら興覚めね。終わらせましょうか」
ボルクスの展開した数多の触手の先端を突き破り、大きな鉤爪が姿を現した。
「そしてこっちが、魔月狼マーナガルムの鉤爪よ。彼らの一撃は岩石さえ容易く引き裂く……。しかし何より恐ろしいのは、この湾曲した形状。突き刺した相手を決して逃さず、生きたまま貪るのが彼らの習性なの」
ボルクスは自身の触手を眺めながら、恍惚とした表情でそう語る。
まるで自身の蒐集物を自慢しているかのようでもあった。
「……チンタラ様子見してる余裕はねぇらしいな。〈
ギランの身体が、赤い光の鎧に包まれていく。
「ギ、ギラン、貴方、それが使えるのは一分前後程度なんじゃ……!」
「この戦い、一気に行かねぇと勝ち目がねえぞ! 俺が強引に突っ込んで、敵の攻撃を引き付ける! ルルリアとヘレーナはそこを突いてくれ!」
「そ、そこを突けって、やりようがありませんもん……!」
「とにかく攻撃し続ければ、何かしらボロが見えてくるかもしれねぇ! 奴のご自慢の再生能力にも、何かしらの弱点があるはずだ!」
「私の再生能力に弱点……ね、フフ。あればいいわね、そんなものが」
ギランの言葉に、ボルクスは不気味な笑みを浮かべ、青白い舌を伸ばした。
先が二又に裂けており、その長さは優に十センチメートルを超えている。
「でも、まだ希望を失っていないようで何よりよ。気力を失った相手を弄んでいても仕方がないもの。私のこの、究極に完成された身体の美しさを、貴方達に存分に見せてあげるわ」
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