第106話

 地下二階層に到達した俺達は……早々に、目標であるキラーマンティスを見つけていた。


「ギギ……ギギギ……!」


 キラーマンティスは、全長一メートル半程度の大蟷螂の魔物である。

 腕の両刃を振るい、襲い掛かって来る。


 ただ、外見こそ立派だが、所詮は小鬼級レベル2上位程度の魔物である。

 ギランが跳び上がり、一振りで頭部を破壊した。

 キラーマンティスが前傾に倒れる。


「すぐに見つかったな。とっとと戻ろうぜ」


 ギランは剣を振って血を飛ばすと、鞘へと戻す。


「このペースなら上位に入れそうですね!」


 ルルリアが嬉しそうに口にした。


 そのとき……離れたところから、人の悲鳴のようなものが聞こえてきた。

 俺は振り返り、声の方を睨んだ。


「魔物相手に苦戦してる奴がいんのか? せいぜいここに出てくるのなんざ、小鬼級レベル2のはずだが……。四人いて苦戦する奴は、レーダンテ騎士学院にゃいないだろ」


 ギランがそう口にする。


「もしかして、迷宮演習のエッカルト先生みたいに、魔物寄せの呪印文字ルーンを刻んだ魔石を持ち込んだ人がいるんじゃ……」


 ルルリアは不安げな様子だった。


「少し気掛かりだな一応見に行こう」


 ひとまず魔石の回収は後回しにし、俺達四人は声の方へと向かった。


「大方……ヘマした奴が、スラッグにでも襲われて騒いでやがるだけだと思うがな」


 スラッグは大蛞蝓の魔物だ。

 まずスラッグ相手に敗れる見習い騎士はいないはずだが、外見が外見だ。

 意表を突いて襲われれば、悲鳴を上げることもあるかもしれない。


 俺は先頭を切って走り……通路を曲がった。

 その先の光景に、俺は目を見張った。

 咄嗟に足を止め、壁に身を潜める。


 生徒達が血塗れで倒れていた。

 そして彼らの近くに……二人の男女が立っている。


 明らかに二人共、普通の人間ではない異様が外見をしていた。

 男は身体中に血管が浮き出ており、灰色の体表を有している。

 女の方はローブで全身を覆っているものの、薄水色の太い触手が左半身から伸びており、生徒の一人を捕らえている。


 そして女の方は……〈模擬戦〉のときに俺が見た、不審な人物であった。


「本当にそのガキが、マルカス王の口にしていた前王家の生き残りなのか?」


「間違いないわよ。私の〈カトブレパスの心眼〉で確認したんですもの」


 男に尋ねられ、女の方が自身の目を指差して答える。


 頭の中にあった、俺の疑問が繋がった。

 〈心眼〉……対象の心を覗き見ることができる魔技だ。


 〈心眼〉はアディア王国にて、ごく一部の血筋にのみ発現していた魔技であると、ネティア枢機卿から聞いていた。

 百年前のノーディン王国との戦争で諜報として酷使された挙句、その後のアディア王国内の内乱を引き起こした要因になったと迫害され、今では血筋が絶えてしまったと聞かされていた。


 どうやらあの女は、魔物の眼球を埋め込むことで、〈心眼〉の魔技を強引に可能にしているらしい。

 妙な気配を感じたとは思っていたが、魔技で生徒達を観察していたようだ。


 人体実験など大っぴらに許容している王国などないが、いざというときの戦争に備え、どこの国でもある程度はやっているものだ。

 俺がそうであるように、アディア王国とて例外ではない。


 学刀祭では、外部の人間の王立レーダンテ騎士学院への出入りが許容される。

 そこに加えて、生徒全員が揃って屋外に並ぶ。

 生徒の中に紛れ込んだ捜し人を見つけるのに絶好の機会であったらしい。


 元より、王立レーダンテ騎士学院は、貴族の子息、令嬢の集う場である。

 教師陣にも王国騎士が多く、生徒達を狙って来る暗殺者や襲撃者への警戒は十全にできていたはずだ。

 対象者を堂々と捜せて、かつ対象者が確実に学院迷宮に入る、この学刀祭を狙って来たのだ。


 〈心眼〉持ちなど、どこの国でもこぞって欲しがっているような人材だ。

 あんな人間が出てきたということは、明らかにただの下級貴族の御家騒動ではない。


 ただ、〈心眼〉の女が捕らえているのは……以前にギランと揉め事を起こした堅物貴族、〈Bクラス〉のラクリア男爵家の長子、ラヴィであった。


 上級貴族の隠し子だったのか……?

 言ってはなんだが、男爵家の割には異様に責任感が強く、生まれの使命だのと口にしていたため、違和感は覚えていたのだ。


 俺の背後から足音が響いてきた。


「アイン……足が速すぎますわ……。何か見つけまして?」


 ヘレーナの声に、前の二人組が俺の方を見る。


 事情がかなり複雑なようなので状況をもう少し把握したかったのだが、ここが限界らしい。

 俺は隠れるのを止めてその場から飛び出し、一直線に二人組の許へと向かった。


「あらあら、さすが王立レーダンテ騎士学院の生徒……正義感が強いのね。でも、オツムの方はよくないみたいね。力量差くらい、状況からわかりそうなものだけれど……。私達と遊びたいのなら、最低でも金龍騎士くらいは連れてくるべきね」


 女の方が、長い舌を出して笑う。


 俺は地面を蹴り、同時に〈魔循〉で一気に速度を引き上げた。


「嘘……速っ!」


 女の心臓の高さで刃を放った。

 人間のものとは思えない青い血が舞った。


「イヤァッ!」


 ローブが裂け……中から、触手の束のようなものが露になった。

 千切れた触手が絡み合い、素早く身体を繋いでいく。


 魔物の眼を埋め込んでいるのはわかっていたが、思った以上に自身の身体を弄っている。

 もはや人間ではなく合成獣キメラだ。


 女はラヴィを触手で拘束したまま、地面を蹴って俺から距離を取った。


「びっくりしちゃった…ウフフ……あなた、とんだ化け物ね」


「お前達よりは人間のつもりだ」


「騎士学院なんかに裏切り者のウィザを殺した奴がいるなんて信じられなかったけれど、そう、あなたなのね」


 女の言葉でようやく確信が持てた。

 ウィザが在籍していた禁忌の錬金術師団……〈逆さ黄金律〉の人間だ。

 ラヴィを狙っているようなので、ウィザを殺した相手を捜しに来たのは二の次だったようだが。

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