第105話

 最終種目の〈迷宮競争〉のため、俺達はレーダンテ地下迷宮の入り口へと集まってきていた。

 ここに学生が多数いるのを見ると、迷宮演習の頃を思い出す。

 そう遠い昔というわけでもないのだが、既に懐かしいような気さえ感じていた。


 四人一組で突入し、地下二階層にいる魔物……キラーマンティスの魔石を回収して戻って来るまでの時間を競う、というものになっている。

 全員が極力ばらけるように、班ごとに簡単なルートが定められている。

 本当に迷宮演習の強化版のようだ。


「いいな、お前達……! もう、本当に後がないからな!? ここで敗れたらどうしようもないからな! 頼むぞ、僕は、絶対に勝ちたいんだ! 僕があんなボロ宿暮らしなんて、パパがどんな顔をするか……!」


 カンデラが必死の形相で〈Dクラス〉のメンバーへと呼び掛けている。


 クラスメイト達が真剣にカンデラの言葉に耳を貸している中……デップは、カンデラのすぐ隣で大きな欠伸をしていた。

 相変わらずのご様子である。


 声に反応したカンデラが顔を向けると、素早くしゃきっとした表情へ切り替える。


「おい、デップ……今……」


「皆で協力して頑張りましょう! クラスが一丸にならなければ、この困難は乗り越えられませんよ!」


「いや、デップ、お前今、欠伸……」


「士気を高めていきましょう! アイン班は確かに強力ですし……彼を中心に、〈Eクラス〉はメキメキと実力を付けてきている。学刀祭のクラスの点数も逆転されてしまいました。彼らは平民と下級貴族の寄せ集めですが……逆を言えば、血や家柄の力に頼らずにレーダンテ騎士学院への入学を果たした者達。地力で負けたつもりはありませんでしたが、彼らは入学前は才能を見込まれて付け焼刃の剣や魔法を教わったばかりだった者達が大半だったわけです。高水準の教育を受けられる学院での伸びしろという点では、もっと警戒しておくべきだった。これまで劣等クラスと侮っては来ましたが、そこを認めなければ、俺達は前に進めないでしょう」


「おい、ちょっといい風のことを言って誤魔化そうとするな! 下手に指摘しても周囲の気を削ぐだけだと見逃してきたが、お前は毎回毎回……!」


 カンデラが握り拳を作る。


「お気持ちはわかります、カンデラさん。しかし、対策は練ってきたつもりでしたが、それが甘かった、というのが現実です。順当に行けば、我々の敗北は見えいている。ただし……今回は迷宮演習と同じようで、重要な点が異なります。キラーマンティスが地下二階層のどこにいるのかはわからない。この種目は、最低限の実力があれば……後は運の比重が大きい種目です! 確かに状況は悪く、絶望的ですが、我々が足を前に進めている限りは勝機はあります! 最後まで諦めずに、全力を出し切りましょう!」


 デップの言葉に疎らな拍手が送られ、それが段々と広がっていき、やがては大きな拍手の渦へと変わっていく。


「そ、そうだ、まだ逆転の目はある!」

「最後まで全力で行こう!」

「正直萎えかけてたが、お前の言う通りだ!」


 デップは〈Dクラス〉中から賞賛を浴びていた。

 カンデラは腑に落ちない表情で、振り上げた拳をそっと降ろしていた。


「さすが私が好敵手として認めただけはありますわね……デップ・デーブドール。敵ながらいいことを言いますわ。あのまま消沈ムードならこのまま逃げ切ってお終いだと思っていましたが、わからなくなってきましたわね。私達がトップを取っても、他の班や〈Dクラス〉班の順位に左右されるところが大きいですし」


 ヘレーナもデップの様子を眺めながら、軽い拍手を送っていた。

 空気に飲まれている。


「……カンデラもなんて扱い難い奴を右腕として抱えてやがるんだ。気に食わねぇ奴だが、アレだけは同情するぜ」


 ギランが呆れたように息を吐く。


「ま、こんなもん、鍛錬で頻繁に地下三階層くらいまで潜ってる俺達にゃ朝飯前だな。……何なら前の騒動じゃ、地下五階層まで突っ込むことになったわけだし。張り合いがねぇな、今更二階層なんざ。さっと終わらせちまおうぜ」


「ああ……そう、だな」


 俺はギランの言葉に頷く。


「なんだァ、考え事か? ……あの妹分のことか? 俺も不安だな。学院迷宮ぶっ飛ばさなきゃいいんだがな」


「フィーアも不安だが、〈模擬戦〉のときで見た女が妙でな」


 顔を隠していて……俺が目を離した瞬間に、姿を消したのだ。

 ほとんど勘のようなものだが、気配も妙だった。

 観客の貴族や騎士団が入っているのに紛れてきた、不審者だとしか思えない。

 しかし、何か事を起こすつもりであれば、わざわざ警戒の高まっている行事のときを狙って来るメリットはないはずなのだが……。


 何もなければいいのだが、俺としては不安が拭えなかった。

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