第103話

 〈模擬戦〉は学刀祭の花である。

 騎士にとって一番大事なのは、最終的には戦闘能力である。

 それが最も如実に出る種目がこの〈模擬戦〉であり、これを見るために学刀祭へと出てきた騎士団の人間も多いようであった。


 この後に控えている〈砦崩し〉は余興的な側面が強いし、〈迷宮競争〉も学院迷宮を用いる種目であるため、観客が知れるのは結果だけなのだ。

 〈模擬戦〉が終われば、帰る観客も多いのではなかろうか。


 ふと騎士団達の方を眺めていると、暗色のマントに身体を隠している女がいた。

 どうにも薄気味悪い、不吉な印象の女であった。

 学院の関係者ではない。

 観客……?


「どうしたんですか、アインさん?」


 ルルリアに声を掛けられた。


「いや、妙な女が今……」


 少し雰囲気が怪しいというだけで、別に変ったことをしていたわけではないのだが。

 それでも妙に気掛かりだった。


 次に女へと目線を戻したとき、既にその姿はなくなっていた。


「…………」


 あの女は何を確認していたのだろう。

 目線を思い出して追ってみれば、その先には〈Bクラス〉の生徒達の集まりがあった。

 

 まさかフィーアを見ていたのか?

 いや、そうとも限らない。

 〈Bクラス〉ともなれば、ほぼ全員上級貴族だ。

 対立に巻き込まれていたり、恨みを買っていたりなんて、さして珍しくもない。

 

 案外、ただの身内やスカウトかもしれないし、何なら見物に来ただけの一般人でもおかしくはない。


「一応トーマスに知らせておくか……」


 ただ、暗殺者の類だったとしても、わざわざ学刀祭を狙って飛び込んでくるような理由はないはずだが……。


「ウチのギランは優秀ですわねぇ! どんどん勝ち上がっていきますわ!」


 早々に最初の試合で引き分け敗退となったヘレーナは、完全に他人事のようにギランの試合を楽しんでいた。

 ギランは危なげなく第一試合、第二試合、第三試合を勝ち進んでいく。

 あっという間に加点を得られるベスト八まで進出していた。


「おいきなさいギラン! そのまま一位を取って、一気に〈Dクラス〉と大差を付けるんですわよ!」


 俺は教師が〈ワード〉で飛ばしている、トーナメント表へと目を向けた。


「ギランの次の相手……〈狂王子カプリス〉か」


 恐らくは一年の〈Aクラス〉トップである、変人王子である。

 カプリスはギラン相手に二度勝利している。

 どちらもギランから仕掛けて、あっさりと返り討ちにされた形で、である。


「ギラン……ベスト八終わりですわね。トーナメント運に恵まれませんでしたね。あの男以外でしたら、準優勝まで行けそうでしたのに」


 ヘレーナの手のひら返しが早い。

 も、もう少し応援してあげてもいいのではなかろうか。


「しかし……カプリスもこの手の行事ごとには冷めている印象があったんだが、珍しく本気みたいだな」


 カプリスは珍しくやる気に満ちた表情で、模擬剣を振り回して準備運動をしている。


「おい、シーケル、余の次の相手はどいつだ?」


「〈Eクラス〉のギランさんです」


 カプリスが彼の外付けブレーキこと、付き人であるシーケルへとトーナメント表の確認を行わせている。


「む……ギランか。そういえば、余のアインはどのブロックだった?」


「アインさんは〈模擬戦〉には出場しておられません。〈崖昇り〉と〈砦崩し〉への出場となっております」


「…………萎えた。余は寮に戻る。棄権すると教師共に伝えておけ、シーケル」


 急速にカプリスの表情からやる気が失せる。

 カプリスは模擬剣を雑に投げ捨て、シーケルへと背を向ける。

 慌てて〈Aクラス〉中の生徒達が、カプリスへの説得に掛かっていた。


「相変わらず自由ですね……あの人」


 ルルリアが苦笑する。


「棄権してくれた方がありがたいのですけれど、ギランは納得しなさそうですわね」


 ……結局、カプリスは棄権せずに残り、ギランは彼に正面から叩き潰されることになった。

 カプリスはそのまま見事トーナメント優勝を決めていたが、順位発表には拗ねて姿を表さず、進行役の教師達が大騒ぎしながらカプリスを捜し回っていた。


 また、案の定〈模擬戦〉を見に来ていた観客が多かったらしく、ちらほらと帰り始める者達の姿が出始めていた。


―――――――――――――――――――――

【学刀祭】

〈Aクラス〉:115

〈Bクラス〉:67

〈Cクラス〉:40

〈Dクラス〉:16

〈Eクラス〉:19

―――――――――――――――――――――


 順位としては、ギランがベスト八に入ったお陰で〈Dクラス〉相手にリードを取り戻す形になっていた。


「納得行かねぇ……。あいつぶっ倒すまで、俺の前の壁になりそうだ。情けねぇ、結局得意にしてた〈模擬戦〉で、五点ぽっちで終わりとは」


 ギランは不服そうな様子であった。


 〈模擬戦〉は一位のクラスに四十点、準優勝のクラスに二十点、ベスト四のクラスに十点、そしてベスト八のクラスに五点が加算されるのだ。

 今回も案の定というか、ほとんどの点数を〈Aクラス〉に持っていかれてしまった。


 ギランのお陰で〈Dクラス〉相手にまた逆転したのだから少しは喜べばいいのにとは思うのだが、しかしこれでカプリス相手に三度目の敗北である。

 どうしてもそちらの意識の方が大きいのだろう。


「やることはやったから余は戻るぞ!」


「カプリス様、まだ全員参加の〈迷宮競争〉が残っていますから! シーケルさんも説得に手伝ってください!」


「そっちにはアインさんも出てきますよカプリス様!」


 ……遠くに、〈Aクラス〉総出でカプリスを説得しているのが見えた。


「なんであんなふざけた奴が強いんだ……」


 ギランが歯を食いしばってカプリスを睨む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る