第102話

 無事に〈崖昇り〉が終わり、俺は〈Eクラス〉の許へと戻っていた。


「さすがアインだな、当然のように一位を取って来るとはよ」


「途中でカンデラを吹き飛ばしてしまったのだが、大丈夫だろうか」


「自業自得だろあんなもん。心配することねぇよ。大人しくやってりゃ〈崖昇り〉はカンデラの得意分野だっただろうに、何やってやがるんだか」


 ギランが呆れたように息を吐く。


「……ただ、あの大怪我で引っ込まねぇ気力だけは見習いてぇもんだな。あの不屈さはどこから来るんだ?」


 〈Dクラス〉の方では、デップの肩を借りて辛うじて立っているカンデラの姿があった。

 医務室送りを断って意地でもこの場に残っているのだ。

 〈Dクラス〉の不利になるまいとするあの姿勢だけは俺も素直に評価したい。


「惜しかったですね、カンデラさん!」


「デップお前、何も考えずに反射で言っているだろ、なぁ?」


 デップがまた見当外れな鼓舞を行っている。

 何故気の短いカンデラと、気の利かないデップが仲良くやっていられるのか、俺にはさっぱりわからない。


―――――――――――――――――――――

【学刀祭】

〈Aクラス〉:60

〈Bクラス〉:42

〈Cクラス〉:25

〈Dクラス〉:16

〈Eクラス〉:14

―――――――――――――――――――――


 点数は相変わらず〈Aクラス〉と〈Bクラス〉が独占状態であり、〈Dクラス〉と〈Eクラス〉の最下位争いが続いている。

 カンデラが力を入れていただけあって、さすがに〈Dクラス〉は〈崖昇り〉で上位クラス相手にかなり食い下がっていた。

 俺が一位を取ってカンデラ本人を最下位に叩き落としはしたものの、ついに〈Dクラス〉が〈Eクラス〉に一歩リードする形になっていた。


「もしかしてカンデラが真面目に率いてるときの〈Dクラス〉、普通に強いのか?」


 惜しむらくは、そのカンデラが余計なことをして自滅していることだが。


「まぁ、本番はこっからだな。〈模擬戦〉と〈砦崩し〉、〈迷宮競争〉と……後半の種目は、個人の活躍の配分がデケェ。〈魔術射撃〉と〈崖昇り〉はクラスの平均能力で勝負ってところが大きかったが、ここからは突出した個を抱えてるかどうかになってくる」


 そう、〈魔術射撃〉と〈崖昇り〉は五人ずつの戦いだったが、〈模擬戦〉と〈砦崩し〉はトーナメント形式で参加者全体から順位を決定する。

 その分、個人の力量によって左右される度合いが大きくなっているのだ。


「さて、〈模擬戦〉に出てくらァ。こいつも連れてな」


 ギランがヘレーナを指で示す。

 ヘレーナはガチガチに緊張している様子だった。


 〈模擬戦〉にはギランとヘレーナが出場する。


「ききき、騎士団も見に来ていますわ……! ここでヘマしたら、きっと、将来騎士団入りが一気に難しくなりますわ! へ、下手に模擬戦なんかに出ずに、〈魔術射撃〉とかでさっと済ませておいた方が賢かったんじゃ……!」


「……騎士共にアピールするくらいの心構えにはなれねぇのかお前は」


 ギランが呆れながらも、ヘレーナを引き摺って行った。

 

 〈模擬戦〉は四十人のトーナメントであるため、下位の〈Dクラス〉と〈Eクラス〉だけは戦いがひと試合多い形となって形式が合わされている。

 〈Eクラス〉が優勝するためには六連勝しなければならない。

 ここで三連勝までして上位八人にまで残れば点数を得ることができる。


 ヘレーナの第一試合の相手は〈Dクラス〉のデップであった。

 ヘレーナは不思議とデップに縁がある。


 両者ほぼ互角。

 何度も何度も、激しく互いの刃を交差する音が響いていた。


「長引いているな……。ヘレーナもかなり実力を付けてきたはずだが、あの男も以前の団体決闘とはまるで別人だ」


「……ヘレーナさん、こういう大したものが懸かっていないときの戦いって成績悪いんですよね。おまけにヘレーナさん、返し技主体の剣術のせいか相手に合わせて戦う節が大きいですから、よくも悪くも相手の実力に引っ張られてるところが大きそうだというか……。ギランさんやアインさんと戦ってるときの方が、彼女、動きがよくありませんか?」


 俺はルルリアと並び、〈模擬戦〉の試合を観戦していた。


「互角だから一見熱い接戦に見えますけれど、この戦い、全然ヘレーナさん、本領発揮できてないんじゃ……」


「二人の剣筋をよく見ろ、ルルリア」


「えっ……?」


 ヘレーナは返し技主体の剣術であるため、敢えて隙を晒して戦うのが基本形となる。

 誘い手で相手を動かし、そこを仕留め返すのだ。


「デップは、ヘレーナの誘い手をことごとく見逃している。二人共、互いの動きの数手先を読み合って戦っている。そのせいで結果的に地味な印象の戦いになっているだけだ」


「そ、そんなことが……! 確かにそこに注目してみたら、ヘレーナさんの動きの大きい剣技を、あの男はわざと見逃しているようにしか見えません。ヘレーナさん、そんな高度な戦いを……!」


 ルルリアが息を呑む。


「……本当にしてますか、アレ? やっぱり素で見逃してるだけなんじゃ……。ヘレーナさんの返し技自体、ほとんど決まらないから現状ただの隙が大きいだけの剣術になっていますし……」


 両者の模擬剣が、同時に互いの身体を捉えた。

 二人の身体が別々の方向へと飛び、地面を転がる。

 しばらく観客達が二人の様子を見守っていたが、どちらも起き上がることはなかった。


「これは……引き分けです。両者敗退という扱いになります」


 審判が口惜しげに零す。

 納得のいかない結末にはなったものの、皆ここまで奮闘した二人の騎士見習いへ、惜しみない拍手を送っていた。


「成長したな……ヘレーナ。あそこまで戦えるようになったとは」


「……う、う~ん、絶対私、ヘレーナさんはまともに本領発揮できてなかったと思うんですけれど」


 ルルリアはずっと納得していない様子であった。


 その後、すぐにヘレーナが戻ってきた。


「ふう……ガチガチに緊張しててまともに身体が動かなかったからブーイングの嵐になるんじゃないかと不安でしたけれど、なんだかお褒めいただいている声が多くてよかったですわ」


 ヘレーナは額の汗を拭い、そう零す。

 ルルリアがそれ見たことかと、ジトっとした目を俺へと向ける。


「む、むぅ……」

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