第101話

 無事に最初の種目である〈魔術射撃〉が終了した。


―――――――――――――――――――――

【学刀祭】

〈Aクラス〉:35

〈Bクラス〉:23

〈Cクラス〉:15

〈Dクラス〉:2

〈Eクラス〉:5

―――――――――――――――――――――


「予想以上に泥沼の最下位争いだな……」


 正直、もう少し均衡するものかと思っていた。


「クラス分け自体が見世物のためみたいなところがあるからなァ……。クラス自体が成績分けだし、上位クラスにばっかり点数が偏る配点にされてっからなァ」


 ギランの言葉を聞いて、俺は入学当初にトーマスから聞いたことを思い返していた。


『厳しい学院生活に上位貴族の生徒達が耐えられるよう、わかりやすい下を作って他のクラスの留飲を下げさせる。それが〈Eクラス〉の実態だ。クラス点の順位自体も、競争意識と仲間意識を煽りつつ、成績を意識させるためのものでしかない。実際にこの順位が変動することはない』


 元々クラス点制度自体が、予定調和の、やっぱり〈Aクラス〉は凄いんだというためのレースのようになってしまっていると、トーマスはそう口にしていた。


 学刀祭も、観客として来た騎士団や貴族達にレーダンテ騎士学院の新しい〈Aクラス〉のお披露目を行っている、節が強いのではなかろうか。


 〈Dクラス〉に三点リードしているのは、完全にルルリアの有無である。

 四位と五位に点数が付かなかったこともあり、上位三クラスにほとんど点数を持っていかれてしまっている。


「〈崖昇り〉に出てくるとしよう」


「アインさんっ! 一位! きっと一位を取ってくださいね!」


「このままじゃ〈Eクラス〉、一位なしのまま学刀祭終了になってしまいますわ! こうなったらアインだけが頼りですことよ!」


 ルルリアとヘレーナがそう言って励ましてくれた。


「……俺もこの後の模擬戦じゃ、結構自信あるからな? 何なら一位以外は負けだと思ってる」


「ギランはなんやかんや、こういうときに外れクジ引いて二位留まりになるって相場は決まっていますわ」


「テメェいつもいつも一言多いんだよ!」


 ヘレーナがギランに首を絞められ、ばたばたともがいていた。

 俺は苦笑しながら〈崖昇り〉の場所へと向かう。


 〈崖昇り〉のルールは簡単である。

 一種目目の〈魔術射撃〉同様に、各クラスから一人ずつの五人ごとに同時に行い、校舎の壁を駆け上る時間を競うのだ。

 こちらも上位の所属するクラスには一位に五点、二位に三点、三位に二点が加算される。


 先に他の生徒達が挑んでいくが、やはりこちらも〈Aクラス〉が一位を独占している状態になっていた。


「……〈魔循〉なら他の生徒もそれなりには戦えるようになったと思ったんだがな」


 やはり現実は甘くない。

 〈Eクラス〉の生徒もレーダンテ騎士学院に合格した程なので、落ちこぼれクラスとはいえそれなりの素質を持った騎士見習いの集まりなのだ。


 とはいえ上位クラス陣は、上級貴族生まれの、幼少からしごかれてきたようなエリート中のエリートの集まりだ。

 おまけにその中から〈魔循〉に自信のある人間が〈崖昇り〉に参加してきているのだ。

 まるで付け入る隙がない。


 おまけにこの〈崖昇り〉は、〈Dクラス〉がそこそこ好調のようだった。

 一位とはいかずとも、二位、三位をそれなりに獲得している。


「フフ……ただの〈魔循〉で戦っている時点で、ハンデを背負って戦っているようなものさ。さすがに地力の差が出たようだねぇ、アイン」


 カンデラが俺の横に並んでいた。

 どうやら俺と勝負する〈Dクラス〉の生徒はカンデラらしい。


「教えておいてやろう、アイン。この〈崖昇り〉は……〈魔循〉の差で争う以前に、明確な足切りが存在するのさ。そう、〈軽魔〉の最低限の制御さえできれば、ただの〈魔循〉しか使えない奴には、その時点で負けようがなくなる」


 〈軽魔〉……マナを用いて、体重を軽くして速度を引き上げる魔技だ。

 カンデラが得意とする魔技でもある。

 

「僕は前々から学刀祭対策をしていてね。不完全ながらに、数人の生徒に〈軽魔〉を習得させることに成功した。他の生徒も〈魔循〉の練度を全体的にかなり引き上げさせている。カマーセン侯爵家は、魔術より魔技の家系でね。こっちに力を入れさせてもらったのさ! ハハハハ、残念だったねぇ! ここで差を作って、逃げ切らせてもらうよ!」


「そうか……かなり堅実に頑張ってたんだな、カンデラ」


「ちょ……調子の狂う奴だな……」


 カンデラが口を曲げる。


「そんなお前を叩き潰す形になって悪いな。すまないが、俺は今回、しっかり一位を狙うと決めているんだ」


 大人げないが、この学刀祭で手は抜きたくないのだ。

 カンデラの得意分野を叩き潰す形になったのは申し訳なくもあるのだが。

 正直、彼も不運だと思う。


「お前……この僕のことを舐めているな? 言っておいてやるがな! 僕は、教師に根回ししてお前に僕をぶつけたんだよ!」


「なっ……!」


 なぜ、そんなことを……?


 カンデラは〈軽魔〉の扱いなら一年生の中でトップクラスのはずだ。

 〈崖昇り〉は〈軽魔〉が使えれば圧倒的に有利なのはカンデラの言っていた通りである。

 〈Aクラス〉の相手次第では一位を取ることも容易かっただろう。


「お前……やっぱり僕を馬鹿にしているな……? フン、いいさ、今の間にいい気になっておくがいい」


 カンデラが勝負の舞台である校舎の壁を睨む。


「確かにお前は強いさ。だが……この〈崖昇り〉なら、お前に勝てる。僕は自分のことを、そう信じている。カマーセン侯爵家の名誉に懸けて……劣等クラス、アイン。お前を倒す。今回は逃げも隠れもしないさ。正々堂々とやってやる」


「カンデラ……」


 俺は少し、カンデラのことを誤解していたかもしれない。

 確かに卑怯な手も使う。

 選民思想が強く、平民いびりもやっている。

 だが、それでも彼は、騎士の名家なのだ。

 譲れないものがあるのだろう。


 だが、だとしても……いや、きっとだからこそ、俺はここで手を抜くべきではないのだろう。


「カンデラ、わかった。本気でやろう」


 手を抜いて、ギリギリで一位を取るつもりだった。

 だが、それではきっと、カンデラの意思を踏みにじることになる。


 校舎の壁の前に並ぶ。


「嬉しいよ……アイン。お前が真っ直ぐで……真面目な奴で」


 カンデラは誰に言うとでもなく、ぽつりと呟いた。


「〈フラワーボム〉」


 教師の魔術で、破裂音が響く。


 〈フラワーボム〉……初歩魔術ランク1に属する。

 殺傷能力のない、小さな爆発を引き起こす魔術だ。

 その性質上、この手の合図でよく用いられる。


 その炸裂より刹那早く、カンデラは動いていた。

 俺は察した。

 カンデラは事前に、合図のタイミングを教師から聞いていたのだ。


「正々堂々じゃなかったのか……!」


 俺も刹那に遅れて、崖を昇って駆け始める。

 だが、俺のすぐ上方に、カンデラの足が来ていた。


 俺に先行して動いて上を取った後、わざとコースアウトして俺の先に立ち、初動を文字通り蹴落とす。

 それがカンデラの狙いだったのだ。


「馬鹿め! できることを全部やって戦うのが、カマーセン侯爵家の正々堂々なんだよ! お前には他の種目も、最後の〈迷宮競争〉も出させない! ここで潰れろアイン!」


 俺はそのままカンデラに体当たりした。


「おぶばぁっ!」


 カンデラが寄生を発しながら宙を飛び、落下し、呆気なく地面へと全身を打ち付けた。


 カンデラに鼓舞されて無意味に本気で行こうと気張ってしまっていたため、ブレーキが利かずに思い切りタックルを仕掛けることになってしまった。

 俺は少し止まっていたが、誰も止める様子もなかったので、そのまま先行した三人を追い掛け、無事に一位を獲得することに成功した。

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