第100話

 学刀祭の最初の種目は〈魔術射撃〉である。


 二十メートル離れたところにあるゴーレムの頭部を魔術で攻撃する、といったものである。

 各クラスから一人ずつの五人ごとに同時に行い、頭部への攻撃に成功するまでの時間を競うのだ。

 上位の所属するクラスには一位に五点、二位に三点、三位に二点が加算される。


 選択種目は、各クラスから八人……合計四十人が参加する。

 

下級魔術ランク2〈ファイアスフィア〉!」


 ルルリアの炎の球が、見事にゴーレムの頭部をすっ飛ばす。

 彼女は〈Aクラス〉の生徒相手に僅かに遅れてこそいたものの、見事二位を勝ち取っていた。


「一位取れるかと思ってたんですけど、そう甘くはなかったですね」


 ルルリアがニコニコと笑顔で戻ってくる。


「……むしろ魔術の強弱って血筋に強く依存する筆頭みたいなものですのに、当然のように好成績を叩き出してくるルルリアにびっくりですわ。貴女に負けた〈Bクラス〉の生徒、すっごい顔してましてよ」


 ヘレーナの視線の先には、未だに地面の上に這ったまま動けないでいる生徒の姿があった。

 

「しかし、これが学刀祭か。予想以上に見ていて熱が入るな、これは」


 ギランなんて最初はやる気なさげだったというのに、ルルリアの番になると『〈Dクラス〉には負けるんじゃねえぞルルリアァー!』と大声で怒鳴っていた。

 一番声が大きかったのではなかろうか。


「下位二クラスには点数が入らねぇから、さすがにそう上手くはいってねぇみたいだな。ただ、お陰で〈Dクラス〉の方もボロボロだから、結果的にルルリアの差でこっちが大きくリードしてるな」


 教師が〈ワード〉の魔術で、目に付くところに各クラスの学刀祭を点数を表示してくれている。

 他のクラスには負けているが、ひとまず〈Dクラス〉相手には勝っている。

 カンデラが凄い目付きで点数評を睨んでいた。


「次の〈崖昇り〉には俺も出るから、しっかり頑張らないとな」


 もっとも、燥ぎすぎて変な目立ち方をしないように気を付けねばならない。

 ……ただ、せっかく参加するのだ。

 ちょっと一位くらいもらってもまあ、罰は当たらないだろう。


 本来、俺の立場としては三位くらいに留めておくべきなのだろうが、俺も〈Eクラス〉の一員として、最低限喜びや悔しさは分かち合いたい。

 抑えて低い点数を取ってしまえば、それさえできなくなってしまう。

 このくらいはネティア枢機卿に許してもらおう。


特級魔術ランク5〈グランドライトニング〉!」


 聞き慣れた声。

 轟音と共に周囲が眩い光に覆われた。

 校庭の床が吹き飛び、五人分の的のゴーレムが跡形もなく消し飛んでいた。


 しばらく、誰もが状況を理解できずにいた。

 三十秒程が経過して、ようやく初めて皆がざわつき始める。


「い、今、何があったんだ……?」

「たまたま雷が落ちたんだろ?」

「誰かが魔術を使ったように見えたんだが……」


 戦意喪失した他の生徒達の横で、フィーアが嬉しそうに俺へと手を振っていた。


「兄様っ! 見てくださいましたか!」


 ……ネティア枢機卿は、なぜ俺とフィーアを同じクラスにしなかったのだろうか。

 さすがのフィーアももう少しセーブするだろうと思っていたが、どうにも彼女の頭に自重という文字はなかったようだ。


 〈幻龍騎士〉の中でも、ツヴァイは人間兵器のような扱いであり、俺とドライが調整役であった。

 ツヴァイが目立っていたためフィーアが霞んでおり、彼女はそこまでという立ち位置ではあったが、学院に馴染めるラインにいるかといえば決してそんなはずはなかった。

 もう少し彼女の言動について、俺が気を付けておくべきだったのかもしれない。

 いや、そのためにはクラスを同じにしておいてもらえないと困るのだが……。


 もしかしてネティア枢機卿は、フィーアにヘマをさせて彼女を連れ戻す材料にするつもりなのではなかろうか。

 それならそれで、やっぱりとばっちりを受けたフェルゼン学院長が可哀想すぎるが……。


「……なぁ、アイン。あいつアレでいいのか?」


「わからない……」


 俺は手で顔を覆いながら呟いた。

 ひとまず、上級魔術ランク4以上の魔術は学院で使うなと言い聞かせておくことにしよう。

 それでかなりマシにはなるはずだ。

 いや、彼女が使えば初歩魔術ランク1でさえ凶器になりそうなので、もう初歩魔術ランク1で縛ってもらった方がいいかもしれない。


「うんうん、やはりあの子がやらかしたか……フフ。やっぱりこのクラスが不利になっても、彼女には辞退してもらっておいた方がよかったかもしれないな」


 〈Bクラス〉のラヴィが、穏やかな表情でフィーアを眺めている。

 その目には諦観が宿っていた。


 どうやらフィーアと同じクラスになったラヴィは、とっくに彼女の魔術のことを知っているようだった。

 何ならフィーアが編入してきたその日に、自身を魔術で吹っ飛ばしたということにも既に気が付いているのかもしれない。

 ラヴィの取り巻きの女子生徒も、疲れたように自身の目頭を指で押さえている。


 あの好戦的で野心家なラヴィも、フィーアの世話で頭がいっぱいになって学刀祭どころではなくなってしまっているようだ。


「……しかし意外とあのラヴィ、面倒見がよさそうだな」


 この間ギラン相手に軽口を仕掛けてきたときは、厄介な野心家の堅物といった印象だったが。


「アイン、まさか押し付ける気じゃねえだろうなァ? あの女、絶対お前の言うこと以外聞かねえぞ?」

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