第99話

 学刀祭当日。

 一年生の生徒達総勢八十一人が、校舎前へと集まっていた。


 また、生徒だけでなく、観客として外部の人間も集まってきているようだった。

 未来の後輩達の様子を見に来た王国騎士団の人間や、どうにか私兵に勧誘できないかと考えている貴族や商人、果てには騎士に憧れる一般人やらである。


「こうして集まっているのを見ると壮観だな」


「そうですね……なんだか、入学試験のときを思い出しちゃいます」


 俺の言葉にルルリアが答える。


「……どうにも学院の中には、〈Eクラス〉がこうした場で好成績を出すこと自体を嫌悪している派閥もあるらしいですわ。〈Dクラス〉には勝ちたいですけれど、あまり極端に目立つような真似は避けた方がよさそうですわね。トーマス先生はそんなの気にせず飛び込んでいけって方針でしたけれど、何かあったときに消されかねない私達としてはある程度は気を遣っていきたいところですわ」


 ……ヘレーナはいつも通りというか、びくびくしていた。


「何をここまで来てビビッてやがるんだよ。当然勝たせてもらえると思って馬鹿面引っさげてる奴の頬を、思いっきりビンタしてやれるから気持ちいいんじゃねぇか。俺はむしろやる気が上がって来たぜ」


「ギランと一緒にいたら、無事で済むものも済まなくなりそうですわ……」


「そもそもカマーセン侯爵家に楯突いて大恥掻かせた時点で、俺達はもうとっくに後戻りできねぇからな? 無事に騎士になってからもどうせ内部派閥でバチバチにやり合うことになるぜ。アイツの親兄弟の派閥、普通にガチだから」


「ひいいいいっ!」


 ギランはそう言いながらも自身はまったく連中を警戒していないようで、ヘレーナの反応を楽しんでニヤニヤと笑っている。


 忘れがちだが、カマーセン侯爵家は普通に騎士の名家なのだ。

 

「まあ、羽目を外し過ぎて、一線は超えないようにしないとな……」


 俺は表の王国騎士団に加入することはないので、騎士学院が終わればカンデラ達と顔を合わせる機会もない。

 なので彼らに目を付けられても痛くも痒くもないのだが、ルルリア達はそういうわけにはいかない。

 ルルリア達のことを思えば、俺ももう少し抑えるべきなのだろうか。


 フェルゼン学院長もかなり急進的な実力主義だという話だったが、実際にはかなり血統主義に呑まれつつある。

 ただ、彼が無暗に頭を下げているだけだとも思えない。

 どうしても騎士団全体に血統主義が強い以上、無暗に反発しても身動きが取れなくなるだけだとわかっているのだろう。


 そういった面では、学院の実力主義を守ろうと躍起になり過ぎているトーマスはまだまだ若く、どっしりと構えているフェルゼン学院長は老獪だといえるのかもしれない。


「いいか、お前達! 今回の戦いは、絶対負けられないからな! もしここで劣等クラス相手に後れを取ったら、僕達があのオンボロ寮に叩き込まれて見せしめにされるんだ! そうなったら、パパがどんな顔をするか……! ただでさえ僕が〈Dクラス〉でいい顔をしていないんだ。下手したらレーダンテ騎士学院なんて自主退学しろって仰るかもしれない! 今回は〈Cクラス〉相手に仕掛けていきたかったけど、そんな余裕はない! 全力で劣等クラスを倒すぞ!」


 聞き覚えのある声に、俺は目を向ける。

 カンデラ率いる〈Dクラス〉であった。


「この日のために、わざわざこの僕が時間を削って、毎日毎日お前達に〈魔循〉を教えてやったんだ! 敗北は絶対に許されないと思え!」


 カンデラも今回はかなり本気らしい。


「へえ……〈Dクラス〉なんざ眼中にねぇつもりだったが、随分力入れてくれてるみてぇじゃねぇか。多少は遊べそうじゃねぇか」


 ギランがカンデラ達を眺めて不敵に笑う。


「いいな、教師共に根回しも終えている。大分僕達に贔屓目に見てはくれるはずだ! なんとしてでも劣等クラスは、ここで叩き潰す! 今回逃げ切れば、しばらくは奴らに怯えなくて済むんだ。特にアインとギランは絶対に潰せ! 間違いなく劣等クラスのエースだ。最悪失格になってもいいから、大怪我させて一種目目で退場させろ!」


「……やっぱり変わってなさそうだな。まあ、叩き潰し甲斐はありそうだけどよ」


 ギランがはあ、と息を吐いた。


「さくっと連中にオンボロ寮押し付けて、個人部屋いただいちまおうぜ、アイン」


「そうだな」


 さすがのカンデラもかなり危機感を抱いているようだが、正直負ける気はしない。

 ギラン、ルルリア、ヘレーナは、大分前が俺が定期的に稽古を付けている。

 たまに他のクラスメイトも参加している。

 そもそも〈Eクラス〉はそもそも初期の時点で、〈Dクラス〉相手に団体決闘で実質全勝しているのだ。


 あまり不要に上級貴族相手に溝を作る行為は避けるべきだろうとは考えていたが、この学刀祭は悪いがきっちりと勝たせてもらおう。


「デップ……お前、今、寝てたよな?」


「っと、ちょっとうつらうつらしてただけです。大丈夫ですよカンデラさん、そう神経質にならずとも。何せ劣等クラスは、平民と下級貴族の寄せ集めです。警戒するに足らない相手だって、カンデラさんもいつも言ってるじゃないですか」


「い、いや、言ってるが……現実問題としてクラス点がかなり危うくて……」


「大丈夫ですよ。そもそも入学試験の成績順でクラス振りされてるんですから、こんな直接対決で我々が遅れを取るわけないじゃないですか。クラス点はちょっと風向きが悪かっただけですよ。小細工なんていりませんよ。これで負けたら何の言い訳もできませんけど、さすがに負けることはないでしょう!」


「…………」


 デップの言葉で〈Dクラス〉の空気が見る見るうちに死んでいく。

 デップは本音と建前の垣根をぶっ壊して、雑に棒を突っ込んで引っ掻き回している。


「このクラスにはカンデラさんがいますし、そのカンデラさんに入学試験の成績で勝った俺もいますからね! 何一つ心配はいりませんよ!」


 怒る気力もなくしたらしいカンデラが、無言で自身の頭を抱えていた。


「……やりますわね、デップ・デーブドール。〈Dクラス〉の中に蔓延する欺瞞を突いて、本当の意味で再起させるためにクラスメイト達に呼び掛けるなんて……! 飄々としていて、カンデラに軽口を叩いても許される、彼にしかできない役割ですわ。デーブドール子爵家はよく道化と称されますけれど、道化とは本来、愚者に扮しながら、主に気付きを与えることで、その道を正す者……。あの男は、あの歳で己の役割を完全に理解していますわ」


 ヘレーナがごくりと息を呑む。


「……本当にそうなのか、ルルリア?」


「さ、さぁ……。私にはあの、政治のお話はさっぱり……」


 ルルリアが困ったように答える。


「歴史上でも古くからカマーセン侯爵家を陰から支えてきた一族というだけはありますわね」


「……デーブドール子爵家は、昔カマーセン侯爵家が一時期傾いたとき、我先にと逃げ出して他の派閥に飛び込んでたぞ」


 ギランがぼそっと口を挟む。

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