第96話
俺は地面を蹴り、更にフィーアへの距離を詰める。
その中で床に落ちていた瓦礫をフィーアへと蹴り飛ばした。
狙いはフィーアの腹部である。
彼女の身体能力であれば、この位置から蹴り出された瓦礫を避けることはできない。
「
フィーアを中心に大きな魔法陣が展開される。
彼女の前方を覆うように、巨大な氷柱の壁がせり上がった。
蹴り出された瓦礫を受け止める。
「
続いて、再びフィーアを中心に大きな魔法陣が展開される。
氷柱の氷壁の前に、五体の氷像の騎士が現れた。
フィーアは攻撃よりも防御を取った。
この距離まで接近された以上、守りを固めて戦いを長引かせ、隙を突いて俺を狙うしかないと判断したのだろう。
俺は飛び上がり、氷壁へと刃を打ち付けた。
氷柱は砕けたものの、突破には至らない。
さすがに頑丈だ。
人一人通れる穴を空けるのは俺でも数秒を要する。
そしてその時間は、この戦いでは致命的になる。
既に地上からは、俺の後を追って五体の氷像の騎士が飛び掛かってきていた。
こいつらの相手をしてもいいが、その間に追加で
氷壁も氷騎士も、自身の身を守って時間を稼ぎつつ、俺の隙を作ることが狙いだ。
なるべく相手にしないのがベストだ。
フィーアと戦う際には、刹那の休息も無駄も許されない。
その一瞬一瞬が彼女の有利に働く。
効率的に、できればまとめて対応する必要がある。
俺は端にいる氷騎士の個体に目を付け、壁を蹴って宙に跳び出る。
振り上げている氷の両腕を切断すると同時に、その頭を踏みつけてさらに高くへと飛び上がり、氷壁の上を取った。
氷騎士を氷壁突破に利用して、両方を同時に対処することができた。
開いたフィーアとの距離は、最早高さのみだった。
俺は氷の壁を垂直に駆け降りてフィーアの許へと向かう。
「さすが兄様です。ですが、動きにくい上を取ったのは間違いでした!」
フィーアは宙の俺へと剣を向ける。
「
剣先より生じた白き輝きが、一気に拡散して俺へと放射される。
白の光は〈アイシクルフォートレス〉の氷壁に一瞬で亀裂を走らせ、粉砕した。
氷が瓦礫の嵐となって、白の光と同時に俺へと向かってくる。
移動手段の限られる空中で、この広範囲攻撃は避けられない。
普通ならば、であるが。
俺は向かってくる氷壁の断片を何度も蹴って外側へと移動し、白い光の範囲から逃れた。
そのまま氷塊を蹴って素早く地面へと降り立ち、フィーアの構える剣を横へ弾いた。
「あっ」
手から離れた剣が訓練場の床を転がる。
「これで終わりだな」
俺は剣を鞘へと戻した。
「えへへ……負けてしまいました。さすが兄様です! 久々に兄様に遊んでいただけて、とても楽しかったです」
「俺もいい訓練になった。この水準の模擬戦が行える機会は、学院に入ってからは一度もなかったからな」
俺達の許へ、トーマスが歩いてきた。
頭を押さえている。
「……えっと、そのだな、いいものを見させてもらった、うん。とりあえず、ここの訓練場はしばらく駄目そうだがな。まさか、ここまでになるとは思ってなかった」
トーマスが複雑そうな顔で周囲を見回す。
床は巨大な氷塊がいくつも突き刺さっており、加えて雷魔術のダメージで割れて罅だらけになっている。
天井には巨大な穴が三つ開いていた。
どんな大災害が立て続けに直撃してもこうはならないだろう。
「……加減するんじゃなかったのかァ、アイン。随分派手にやったもんだな。ただ、まぁ、さすがにアインの方が上だったみてぇだな。本当にその女の方がアインより強いんじゃねぇかとちょっとビビってたが。確かに対集団の殲滅力はアインより高そうだがよ」
ギランの言葉に、フィーアが表情をそのままに首を傾げた。
「何を言っているのですか、兄様のお友達の方」
「あァ? テメェも元から、アインのが強いって言ってたじゃねえか」
「いえ、兄様の方が私などより遥かに強いのはその通りですが、私も兄様も、全く本気ではありませんでしたよ? 私は魔術のランクに制限を掛けていましたし、兄様も魔剣を使いませんでしたから。もし兄様が本気だったら、同じ建物内にいるだけで二人共消し飛んでいましたよ」
ギランとトーマスの表情が曇った。
「この距離だとさすがに近距離タイプの俺の方が強い。最初から俺有利のルールだった。それに、制限自体、フィーアの方が大きい。制限がなければ、フィーア相手に、攻めと守りを突破して接近する術が俺にはない。フィーアの方が強いぞ」
「兄様はまたご謙遜を」
ギランが目を細めた。
「アインはともかく、この女が同じクラスか……。俺より強い奴がいるのは喜ばしいんだが、ここまで極端なのはなァ……」
フィーアが口許を隠して上品に微笑む。
「よろしくお願いいたします。兄様のお友達に、兄様の先生さん。兄様にそうなさっていたように、私とも仲良くしていただけると幸いです。兄様にそうなさっていたように」
「笑い顔が怖ぇよ……。アインは品行方正だが、テメェは何するかわかったもんじゃねぇ」
「ギラン、フィーアは誤解されやすいが、本当に優しくていい子なんだ。あまり邪険にしないで仲良くしてやってくれ。彼女の言葉に含みはない」
「だと良いんだがよ……」
ギランは頭を押さえて溜め息を吐いた。
「ん? ああ、言っていなかったか? フィーア、お前は〈Bクラス〉に入ってもらう」
トーマスの言葉に、フィーアの目が変わった。
「……はい? それは何のご冗談ですか、先生。何も面白くありませんよ」
「いや……冗談じゃないんだが」
「わからない人ですね。先生、今ならただの冗談にしてさしあげると、そう言っているのですよ」
「そ、そう言われてもだな……」
フィーアは無表情でその場で屈み、落ちた剣を拾い上げようとした。
素早くギランが剣を蹴り飛ばして遠くへやった。
フィーアの頭がゆっくりと持ち上がり、冷たい目がギランを射抜く。
咄嗟に剣を構えたギランを目線から外し、再びトーマスの方へと向いた。
「先生、そのくだらない言葉の意図を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「は、配属先は、フェルゼン学院長の決定だ。あの方の考えについては知らん。お前達のことに関して自体、あまり多くは聞かされていないからな」
それを聞いたフィーアは、すぐさま出入り口の方へと歩き始めた。
「少し学院長さんに、私と兄様の仲を引き裂いたことを反省してもらってきます」
目が据わっていた。
さすがの俺も、今のフィーアがあまりよくない状態らしいと察した。
慌ててフィーアの背から両腕を押さえ、彼女を動けなくした。
「落ち着いてくれ、フィーア! わかった! 学院長には俺から話を聞いておく!」
「放してください、兄様。私は落ち着いていますし、冷静です。あのご老人は、自分が一体何をしでかしたのかわかっていないのでしょう。二度と忘れないように、彼の背中に罪状を刻み込んでさしあげます」
「トーマス先生! 学院長に、避難するように伝えてくれ!」
トーマスは俺の言葉が冗談ではないらしいとすぐにわかったようだった。
大急ぎで訓練場から走って出ていった。
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