第95話
「……俺が相手をするつもりだったんだが、とんだ力不足だったな。命が幾つあっても足りん。正直もう、今のを見ただけで充分なんだが」
トーマスはそう口にした後、俺の方を向いた。
「アイン、代わりを頼まれちゃくれんか?」
「俺が試験官役としてか?」
「ああ、評価は俺が付ける。まぁ、配属先のクラスは決まってるからこのまま終わりにしてもいいんだがな。俺が学院長に頼まれた分はなるべくやっておきたいってだけだ。嫌なら別に、引き受けてくれなくても構わんが」
俺はフィーアが開けた天井の大穴を見上げる。
正直、これ以上フィーアが屋内で魔術を行使すれば、どれだけの被害が出るのかわかったものではない。
「建物に関してもう、この際、好きにやってくれて結構だ。屋内でやれって言ったのはこっちの方だからな。……それに、今後どれだけの被害が出うるのか覚悟もできる」
……俺は自身の顔が引き攣るのを感じていた。
フィーアが校舎の入口を吹き飛ばしたばかりなので何も言えない。
フィーアは多対一に特化した戦闘スタイルだ。
彼女の魔術は地形を変える。
今後の学院生活でフィーアが全力で魔術を連打するような機会はないだろうが、仮にそんな場が訪れれば、本校舎が丸ごと吹き飛びかねないといっても過言ではない。
「アインが本気で戦うなら、俺も見てみてぇもんだな。アインに自分以上と言わしめた、フィーアの戦いっぷりもよ。……歯止めが利かなくなって、どっちかが重傷負わねえかがちょっと怖いが」
「私は構いませんよ。先生方と教会との信頼関係のためにも、あまり頼まれ事を無碍にするつもりはございませんから。それに……兄様に遊んでいただける機会など、あまりありませんからね!」
フィーアも乗り気のようだった。
ギランも俺を期待したように見ている。
「わかった。ただ、フィーア、あまり訓練場を壊し過ぎない範囲で頼む。トーマスは壊してもいいとは言ったが……壁がなくなって、外に筒抜けになっても困りものだ」
「……そこまでの事態になる可能性もあるのか」
トーマスが若干引いたようにそう口にする。
「すう……お母様の医療魔術がないので、手足が吹き飛んでも前回のように気軽には戻せないのが困りものですね。お手柔らかにお願いしますね、兄様」
フィーアの言葉を聞き、トーマスとギランがぎょっとしたように表情を歪めていた。
ネティア枢機卿の医療魔術はアディア王国一……いや、大陸一といっても過言ではないだろう。
手足がなくなった程度なら、少し時間ばかりさえ掛ければ元通りに治癒することができる。
命さえある限り……何なら命がなくとも蘇生できるのかもしれない。
……だからこそ、フィーアとの喧嘩の末に長期間戦力にならない状態になっているらしいツヴァイが一体どんな目に遭ったのか、俺も気になるところではあるが。
さすがにそろそろ回復したのだろうか?
俺は訓練場の中央部で、フィーアと向かい合う。
魔術が本分であるフィーアとの戦いであるため、なるべく距離を取った位置関係から始めることになった。
とはいえ、この程度の距離でもフィーアにとっては狭すぎるだろうが、この訓練場自体がさほど大きくないため仕方がない。
フィーアに屋内で戦わせようというのがそもそも間違いなのかもしれない。
「アイン、危険だと思ったらすぐに終わりにして大丈夫だからな?」
トーマスが俺へと確認するように言う。
俺は頷いた。
「問題ない。別にフィーアと訓練で立ち合うのが初めてなわけじゃない」
「……その、お互い、相手に怪我をさせないようにな? 特に、フィーア」
トーマスがフィーアを見る。
「心配性なのですね、トーマス先生は。お気遣いありがとうございます。ただ、兄様は器用な御方ですし……私も兄様も、勿論加減はさせていただきます。全力で戦ってほしいという、先生方の意思にはやや反するかもしれませんが」
「いや、勿論結構だ。それを聞いて少しは安心できた。じゃあ早速、始めてくれ」
トーマスの言葉を受け、俺とフィーアは視線を交わす。
それを合図として、互いに全く同時に動き始めた。
俺は地面を蹴り、〈軽魔〉を使って自身の速度を引き上げ、直線で真っ直ぐフィーアへと向かった。
小細工に意味はない。
なるべく最短である直線距離で一気に相手へと間合いを詰め、相手が一方的に魔術を撃てる時間を少しでも減らす。
相手の妨害は全て最小限で躱しきる。
そして、そのまま何もさせない内に相手を叩く。
これが完成された魔術師を相手取る最適解だ。
「
無論、フィーアも俺の動きに対応してきた。
大型魔法陣を展開し、両者の間に暴風の渦を生じさせる。
砂嵐が吹き荒れて視界が潰れる。
フィーアが先の魔術試験で崩していた天井の瓦礫が不規則に飛び散り、出鱈目に周囲へ飛んだ。
体重を軽くして速度を引き上げる〈軽魔〉は、暴風の中では使えない。
自身の動きが風に妨害されるからだ。
また、正面に範囲攻撃魔術を展開することで、進路を潰して最短距離で攻めることを防いできた。
これでは大回りせざるを得ない。
そして相手との最短距離が延びるということは、魔術師が有利になるということだ。
加えて副次的に発生した砂嵐のため周囲が見え辛くなり、フィーアの魔術に対応するのがやや困難となった。
定石とはいえ、完全に読まれていた。
開幕一秒で視界と魔技、そして戦法を崩された。
〈軽魔〉を解除して速度を落とさざるを得ない……か。
問題は右から攻めるか、左から攻めるかだ。
この視界の中で暴風を大回りしてフィーアに近づくのは、あまりに軌道が読まれやす過ぎる。
ここで動きを読まれれば、次のフィーアの一撃が直撃しかねない。
〈ディザスターストーム〉に強引に突撃してこのまま直線で間合いを詰めるのもアリだが、あまりにリスクが大きすぎる。
フィーアにとっても最短距離での突破などまず通していい行動ではないため、可能性が低くても警戒していないはずがない。
近づかずに待つ?
いや、魔術師相手にそれは論外だ。
余計に状況が悪くなる。
おまけにフィーアのマナが
考えた末、床を大きく蹴って宙へと跳び上がることにした。
俺は〈軽魔〉を解かなかった。
敢えて暴風に乗って勢いを利用することで跳躍力を高め、〈ディザスターストーム〉を跳び越えたのだ。
〈ディザスターストーム〉の高さを超えたと同時に〈軽魔〉を解除し、天井を蹴って自身を床へと弾き、素早く着地した。
「
俺が着地した瞬間、天井がまた崩落し、暴風の左右に落雷が落ちたのが目に見えた。
訓練場にまた二つ大きな窪みが増える。
完璧なタイミングだ。
左右どちらから距離を詰めても〈グランドライトニング〉の餌食になっていただろう。
飛び越えるという選択肢を取っていなければ今ので終わりだった。
ツヴァイを叩きのめしただけはある。
また魔術の練度が上がっている。
俺とフィーアは目線を合わせ、笑い合った。
「加減させていただきますって言ってたよなァ!?」
離れた場所からギランの叫び声が聞こえてきた。
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