第94話

 ラヴィとの一件の後、フェルゼン学院長へとフィーアの挨拶に向かった。

 相変わらず腰の低いフェルゼン学院長に話を通した後、クラスの振り分け試験を行うこととなった。


 試験官は〈Eクラス〉の担任であるトーマスだ。

 彼はフェルゼン学院長から、フィーアの編入についてある程度事情を窺っているようだった。


 元々フェルゼン学院長は俺のこともトーマスに任せていた。

 トーマスを信用しているのだろう。


「クラス振り分け試験は形式的なものだがな。フィーア、お前のクラスは既に決まっている。第一訓練場を現在一般生徒の立ち入り不可にしているため、そこで魔術試験と剣術試験を行ってほしいとのことだ。筆記試験は行わないが、実施はした、という扱いになっている。一応そこは覚えておいてくれ。辻褄が合わなくなっては困る」


 トーマスが廊下を歩きながら俺達へと伝える。


「剣術にはあまり自信がないという話だったな。剣術試験は実技試験とする」


「形式的なものなのだろう?」


 俺が尋ねると、トーマスが面倒臭そうに頭を掻いた。


「ああ、そうだが、お前のせいですっかりウチの学院長がビビッている。それとなく実力をある程度確かめておけとのことだ」


「……それは言ってよかったのか?」


「回り諄い真似は苦手でな。学院長には、俺が上手くやっていたように伝えておいてくれ」


「なるほど……」


 フェルゼン学院長はネティア枢機卿をやや警戒している節があるのかもしれない。

 ただ、トーマスはフェルゼン学院長の警戒をさほど重くは受け止めていないようだが。

 

「流れで付いてきたが、俺がいていいのか? 駄目なら寮に戻っとくぜ」


 ギランがトーマスへと言った。


「まぁ、お前なら問題はないだろ。俺より先にアインからフィーアのことを聞いていたようであるし、何なら先の騒動にも顔を出していたみたいだからな」


「も、申し訳ございません……初日早々から、問題事を起こしてしまい。以降、気を付けさせていただきます」


 フィーアが青い顔でぺこぺこと頭を下げる。


「……こうして見ていると普通の子なんだが。何がどうなって校舎扉を吹き飛ばしたんだ?」


 トーマスが溜め息を漏らした。


 第一訓練場へと辿り着いた。

 トーマスは入学試験のときと同様に、〈ゴーレム〉の魔術で土人形を造り出す。


「八メートル離れた先の的に三回魔術を放つ。これが魔術試験の内容だ」


「それだけでいいのですか?」


 フィーアは困惑した様子だった。

 ぱちぱちと瞬きし、不安げに俺の方を見る。


「当たったかどうかだけではなく、俺が目視で威力や速度を確かめて評価を付ける。……まぁ、どっちにしろ、お前らからしてみれば、今更この程度の距離、ないにも等しいようなもんだろうがな。一応、学院長から実力を確認しておけと言われているから、全力とは言わずとも、多少は気張ってもらえると助かる。本当に消化するだけの試験にされると、俺が学院長に詰られる」


「わかりました。勿論、先生方を困らせるつもりはありません。お母様からも、教師の方々には敬意を払うようにと命じられております」


 フィーアはトーマスへと頭を下げ、ゴーレムへと向き合う。


「待ってくれ、トーマス。フィーアの力量を見るのが目的なら、この訓練場は狭すぎる……」


 フィーアは俺が止めるより先に、剣先をゴーレムへと向けていた。

 巨大な魔法陣が、フィーアを中心に展開される。


特級魔術ランク5〈グランドライトニング〉!」


 刹那、天井が崩壊し、轟音が鳴り響いた。

 瞬時にして周囲が眩い光に覆われ、白の光が晴れた頃には、ゴーレムの周囲八メートルの床が、黒焦げになった燃えカスを残して消失していた。

 ゴーレムの痕跡は何も残っていない。


 綺麗に円を描いて半径八メートルが抉り取られているその様子は、フィーアの魔術制御の繊細さが見て取れると同時に、その気になれば更に範囲を広げられるという能力の誇示でもあった。


 フィーアの言いたかったことは、この程度の距離であればあまり大きな規模の魔術の行使はできないということだったのだろう。

 ゴーレム自体、これではあってもなくても同じである。

 ただ単に爆心地の中央に土人形があったというだけである。


「こ、個人で撃てていい規模の魔術じゃねぇ……。アイツ一人で、国家間のパワーバランスが崩れかねねぇぞ……」


 ギランは茫然とそう零した。

 

 ギランの言葉は正しい。

 本気になったフィーアの魔術は、王国が保有している魔導兵器の威力を軽く超える。

 可能かどうか以前に、個人が持っていい威力のそれではない。


 元々〈幻龍騎士〉は、戦争でアディア王国が危機に晒された際に対する、ネティア枢機卿が用意した保険なのだ。

 故に幻の龍、影の騎士団である。

 ネティア枢機卿は俺達に裏工作や同じく影の存在である相手の殺害を命じることもあるが、元々ネティア枢機卿は少数の犠牲を厭わない方だ。


 騎士を数名動員して対応できることならそちらでもいいと考えているはずだし、危険な魔術師の殺害に関しても被害者の数を抑えるために討伐を急いているわけでもないだろう。

 結果的に王国のための活動にはなっているが、ネティア枢機卿が俺達に任務を出す一番大きな目的は、俺達の試験運用にあるはずだ。


 あくまで〈幻龍騎士〉はアディア王国が戦争によって追い詰められたときのための組織であり、できれば使わない方が好ましい札である。

 道徳的にも外交的にも存在が露呈してはいけない、最終兵器なのだ。

 フィーアとツヴァイは特にその意味合いが強い。


「どうぞ、トーマス先生。次の的を」


 フィーアがトーマスへと催促する。


「あ、ああ、いや、そのだな……」


 トーマスは言い淀みながら天井の穴へと目を向けた後、落ち着かない様子で目線をフィーアへと戻す。

 フィーアはそんなトーマスを、上品な笑顔でずっと見つめていた。


「……魔術試験は、ここまでにしよう。これ以上は必要ないだろう」


「あれ……そうなのですか? わかりました。お目汚し失礼いたしましたが、満足していただけたようで何よりです」


 トーマスは頭を押さえ、疲れたように深く息を吐いた。


「なんで次から次へと、教会は学院にこんな奴ら送り込んでくるんだ……? 嫌がらせか?」


「トーマス先生……実技試験ですが、魔術を用いてもよろしいのですよね?」


 フィーアが確認するようにトーマスへと問うた。


「い、いや、それはちょっと……どうしたもんか……」


 トーマスは天井の焼け焦げた大穴を見上げながら口籠る。


 断言できるが、さすがに勝負にならない。

 さっきのゴーレムがトーマスに変わるだけだ。

 フィーアは大規模な特級魔術ランク5を正確に、それもノータイムで発動できる。

 まず今の一撃を初見で回避できなければ、戦いとして成立さえしない。

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