第93話
俺は安堵の息を吐いた。
ギランが無事に勝利したこともそうだが、フィーアの怒りが爆発する前に切り上げることができそうだ。
「魔技を使ったら、戦いにならない、だと……? それは私の台詞だ! 私は剣術は勿論のこと、魔術も魔技も、既に騎士団の水準にある! 剣術と魔術、魔技を満遍なく使い、隙を晒さずに相手を追い詰めるのが私の本領! 力任せに我武者羅に剣を振るうキミでは、私の洗練された戦法を崩すことは絶対にできない! 確かめてみろ!」
「いや、結構。テメェ、ズレてんだよ。これからもお勉強とお稽古と、コネ作りに躍起になってるといい。〈Bクラス〉がどんなもんかと思ったが、とことん興味が失せたぜ。ただの秀才ちゃんって感じだな。これからもお行儀よく頑張ってろよ、俺の知らないところで」
ギランは面倒臭そうに言うと、俺へと振り返ってこちらへ戻ってきた。
「アイツ多分、実戦なら〈Cクラス〉の頭のマリエットより弱いぜ。少なくともマリエットは飛び道具一つであそこまで崩れねぇよ。大事なときに何もできねぇタイプだな。使命がどうのと口にしていたが、大した覚悟じゃなさそうだ」
どの言葉が引っ掛かったのか、或いはギランの態度の問題か。
ラヴィは顔を真っ赤にして青筋を浮かべ、怒りを露にしていた。
「よ、よよ、よくぞそこまで私を愚弄してくれたな! 先の勝負、キミが卑劣な手に出なければ私の勝ちだっただろう! 今更になって、白々しくそんな冷めた態度を! 私が実戦で役に立たない? 何の覚悟もない? 知ったような口を叩いてくれる!」
「お、落ち着いてくださいラヴィ様! 他の生徒も見ています!」
女子生徒が必死に止めているが、ラヴィがそれを聞き入れる様子はない。
「このラヴィ・ラクリア、王立レーダンテ騎士学院の校則に則り、ギラン・ギルフォードへ決闘を申し込む!」
ラヴィの宣言に周囲の野次馬達がざわついた。
決闘は俺達が〈Dクラス〉相手に持ち出した校則だ。
三人の教師の立ち合いの許で模擬戦を行い、そこで勝てば相手に事前に決めた約束事を遵守させることができるというものだ。
「私が勝てば、今の発言を取り消してもらう! いや、それだけでは済まない! この学院から去ってもらうぞ!」
ラヴィが早口でそう宣言した。
周囲に緊張が走る。
「ほう? なら俺が勝ったときの条件は……」
「ああ、同様に私の退学で構わない!」
「裸で全校生徒の前で土下座でもしてもらうとするか」
「な、な、なんだと……?」
さすがにラヴィの顔が引き攣っていた。
面子を重んじる貴族がそんなことをすれば、どの道退学は避けられない。
いや、家名に末代まで醜聞として残るだろう。
場合によっては退学や自刎よりもなお重い。
ラヴィは咄嗟に返事ができず、ぱくぱくと口を動かしていた。
「今、負けたときのこと考えやがったな、テメェ。そういうところだぞ」
ギランはぼそりとそう口にすると、再びラヴィに背を向けた。
「じょ、上等だ! その条件で呑んでやるぞ、ギラン! 私が敗れれば、裸で頭でも何でも下げてやろうではないか! おい、今すぐ立会人の教師を集めろ! 私は本気だ! 止めてくれるな!」
「止めましょうラヴィ様、止めましょう……! 冷静になってください!」
女生徒達が必死に激昂するラヴィを止めている。
「安心しろ、女共。弱いもん苛めする趣味はねーよ。そのラヴィ様をしっかり押さえとけ」
「逃げるのか、ギラン! さてはキミ、最初から理由を付けて決闘から逃げるつもりだったのだな! 地力で劣っていることは先の戦いで明白であったからな! 卑怯な臆病者め! 最底辺クラスに配属されるだけはある! その下劣な品性も、何も背負っていない軽々しい態度も、キミの馴れ合っている平民そのものだな! 劣等クラスは、さぞ居心地がいいのだろう! ぬるま湯で腐っているがいい!」
ラヴィがギランを指差して激しく腕を振るう。
癇癪を起した子供のようだった。
最初は余裕のあったラヴィの様子が嘘のようだ。
自分から仕掛けただけあって、引っ込みがつかないのだろう。
ギランもギランで、それで丸く収まるとしても、わざわざ自分に喧嘩を売ってきた相手の顔を立ててやる性格ではない。
ギランは欠伸を吐いた。
言葉の通り、既にラヴィには関心が失せたらしい。
何を言われても我関せずといったふうであった。
ただ、ギランほど余裕のない人間がこちらに一人いた。
「品性が下劣で、何も背負っていないように軽々しい、馴れ合っている平民そのもの……? まさかそのお言葉、兄様に向けているわけではないでしょうね……? 編入初日からあなたに剣を向けるのはさすがに控えるべきだと必死に自分に言い聞かせておりましたが、さすがに許容できる限度があります」
フィーアが虫を見る目でラヴィを睨んでいた。
「間違ったことを言ったか! 平民が口を挟むな! 私は、キミ達が出しゃばっていることも気に喰わぬ! 今は特に虫の居所が悪いのだ、消えよ!」
これは止められない。
俺は咄嗟にそう直感し、ラヴィの許へと跳んで、彼と彼女の取り巻きの制服を掴んで引っ張った。
「うわっ! な、何を……!」
直後、フィーアが冷たい目で、ラヴィへと剣先を向けているのが見えた。
「
赤い光が飛んだかと思えば、俺の背後が爆発して床が吹き飛んだ。
ラヴィは直撃こそ免れたものの爆風に押されて宙に跳ね上がり、壁に身体を打ち付けていた。
「うがばぁっ!?」
俺は爆発から距離を取ったところでラヴィを仰向けに寝かせる。
意識はなかった。爆風で身体を壁に叩きつけた際に、完全に伸びている。
生徒の悲鳴が響き渡った。
「にっ、兄様! お怪我はございませんか! ご、ごめんなさい! ごめんなさい! わ、私……兄様に剣を向けるつもりではなくて……! あ、あまりにその御方が敵対的で、兄様に侮蔑的な言葉を吐きかけたため、つい……!」
フィーアは慌てふためきながらそう口にした。
……先が思いやられる。
俺は教師陣にこの事態をどう報告したものかと頭を抱えた。
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