第92話

「やれやれ……私は当たり前のことを忠告しただけなのだがな。貴族は貴族らしく振る舞い、その使命を全うすべきだと。キミは不当に最下級クラスに貶められたと零していたそうだが、そうではない。キミの振る舞いや精神的な未熟さが、キミをその地位に位置付けたのさ。と、キミには難しかったか、凶狼君。だが、手合わせがしたいというのなら受けて立とう。私はキミのような半端な覚悟で剣を振るっていないということを教えてやる」


「だ、大丈夫ですか、ラヴィ様! あんな奴と喧嘩して、怪我でもなされたら……」


「なに、問題ないさ。劣等クラス……おっと、〈Eクラス〉の生徒相手に負傷する程ヤワではない」


 ラヴィはニヤリと笑い、周囲の女子生徒に目配せしてから前に出た。

 

「ハッ、男爵同士なら尾を引かなくていいぜ。あとでピーピー泣き喚いて、他の貴族に泣きつくんじゃねえぞ優男」


 ギランもまた前に出た。

 元々喧嘩を売られて黙っていられる性分ではない。


「劣等クラス……? もしかして今あの人、また兄様を揶揄しましたか?」


「落ち着け、フィーア。百秒……そう、百秒数えろ。その間に少しは落ち着いてくるはずだ」


 そして俺もまた、フィーアを止めるのに必死でギランを止める余裕がなかった。

 ギランは不安げに俺達の様子を尻目に睨む。


「アイン……そいつ、しっかり止めておいてくれよ」


「できればギラン、お前も止めたいんだが……。気を付けた方がいい、口だけの男とは思えない」


 男爵家で〈Bクラス〉へ入った、という事実の意味は大きい。


 上位クラスは上級貴族が自然と多くなる。

 上級貴族の方が血筋としてマナが強い傾向にあり、幼少期から厳しい鍛錬を積んできた者が多いから、という側面は勿論ある。

 だが、それ以上に、下手に平民や下級貴族が上のクラスにはいれば、上級貴族の面子を潰してしまう、といった意味合いが強い。

 事実、ラヴィは〈Bクラス〉以上では唯一の男爵家である。


 実力は〈Aクラス〉相当と考えて間違いない。

 ギランが団体戦で圧倒したカンデラよりも実力は遥かに上だろう。


 ギランが先に動いた。

 飛び掛かりながら力強く剣を振るう。

 ラヴィはそれを半歩下がりながら、自身の剣で受け流した。


「そんな力任せの剣じゃ、私には通らないよ。やはりといってはなんだが、感情的なつまらない剣だ。軌道さえ読めてしまえば、刃を逸らすのに力はいらない。キミの剣では私を斬れないよ」


「ほざきやがれ!」


 ギランが素早く剣を振るう。

 だが、ラヴィはそれを躱し、往なし、的確に対処していく。


 確かにラヴィは、剣の技量では明らかにギランを上回っている。

 繊細な動きと駆け引きで、確実に相手の有利を取っていく戦い方だ。

 ラヴィの剣は対人戦に特化している。

 一撃の重さに長けたギランは元々、対人よりも対魔物向きだといえる。

 そういう面ではギランの分が悪い。


「剣技だけはそれなりだと聞いていたのだが、こんなものか。そのような粗野な平民の剣が通るのは、〈Cクラス〉までだと覚えておけ、ギラン。技術のある相手には通用しない」


「テメェ……!」


「人には人の役目がある。貴族として生まれたからには、政務を真っ当に熟す使命を負う。その貴き血が、生まれの使命こそが、貴族を貴族たらしめるのだ。騎士団に平民を迎え入れて、一代限りとはいえ爵位を与える制度があるなんて、ぞっとするね。それを助長しているこの学院もこの学院だ。平民と貴族の境界が曖昧になれば、キミのようなくだらない似非貴族が増える」


 ラヴィはギランの死角へ回り込むように動きながら剣を振るう。

 ギランは辛うじて防いだが、体勢が崩れていた。

 そこに付け込むようにラヴィが連撃をお見舞いする。


「退学したらどうだい、ギラン・ギルフォード? 騎士の名門一族を謳っていながら、劣等クラスに落とされて、そのままぬくぬくと平民の犬に紛れて仲良しごっこをしているなんてね」


 平民の犬と聞こえたところで、フィーアが唸り声を上げながらラヴィを睨み付けた。


「よし、よし、フィーア、大丈夫だ。フィーアは優しい子だ、大丈夫、俺にはそうわかっている」


 俺はフィーアの頭を撫でながら、必死に彼女を落ち着かせていた。

 ギランを応援してやりたいが、それどころではない。

 

 ギランの顔には焦りが見えるが、〈魔循〉以外の魔技を使う様子はない。

 ただの小競り合いだ。相手も魔技を使っていない以上、こちらが先に使うのは恥だと考えているのだろう。


 それに魔技や魔術を使えば、ただの喧嘩では済まなくなる。

 互いに大怪我を負いかねない。


「らぁっ!」


 ギランが叫びながら刃で防ぎ、そのまま勢いよく前へと押し出した。

 ラヴィが弾かれ、間合い外へと着地した。


 至近距離での打ち合いは剣の精緻で勝るラヴィが有利と見て、強引に距離を引き離して体勢を立て直そうとしたらしい。


「フフ、場凌ぎな剣だ。実力差は充分わかったろう? これ以上やっても、キミが恥を掻くだけだろうね。観衆も少し集まり過ぎた。この辺りにしておこ……」


 ラヴィがそう口にしたとき、間髪入れずにギランは、剣の鞘を引き抜いて一直線に投擲した。


「なっ!」


 ラヴィが慌てて、鞘を剣の柄で弾き落とす。

 ギランはその隙を突いてラヴィへと肉薄していた。


「何て幼稚な戦法だ……!」


「お行儀が良すぎるんだよ、テメェはよォ。稽古じゃ強くても、実践じゃそう上手くはいかねぇってことを教えてやらァ!」


 ギランが力任せの一撃をお見舞いする。

 対応に遅れたラヴィは、受け流すことに失敗してまともにギランの馬鹿力を刃越しに受けることになり、構えを崩されて剣先を床へと下ろした。


「うぐっ……!」


 ギランはラヴィの胸に刃を宛がう。


「口ほどにもねぇんだなァ、〈Bクラス〉様って奴はよォ。あれだけ啖呵切って負けるなんて、俺じゃ恥ずかしすぎて死んじまうぜ。こっからが本番のつもりだったんだが、テメェ、見かけ通り膂力がねぇな」


 ギランが笑いながら剣を引いた。

 ラヴィの顔は赤くなり、唇がぷるぷると震えていた。

 まだ自身が負けるとは思っていなかったようだ。


「だ、大丈夫ですか! ラヴィ様!」


 ラヴィの取り巻きの女子生徒が駆け寄ってくる。

 ラヴィは彼女を押し退け、ギランへと剣を向けた。


「なんだあの卑怯な手口は! 私こそ言わせてもらおう! 恥を知れと! 騎士の戦い方ではない! 私が喋った瞬間を狙って、さ、鞘を投げつけるなど! どちらの剣が優れているかという話だったはず! キミはっ! 自分から負けを認めたようなものではないか!」


「はぁ……お稽古が好きなら、一生そうやってるといいぜ。敵を前に隙を晒して、ちっと予想外なことがあったらすぐ崩れるなんてな。そもそもテメェの戦闘スタイルだと、俺が魔技を使ったら勝負になんねぇぜ」


 ギランは勝ち誇ったように笑う。

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