第91話
「……なるほど、今日から特別編入になって、フェルゼン学院長へ挨拶に向かうところだったのか」
「はい! クラス分けの試験も、簡易のものを今日の内に行っていただける手筈になっております」
俺はギラン、フィーアとの三人で、流れのまま三人で校舎へと戻っていた。
フィーアが学院で揉め事を起こさないかどうか不安で仕方がない。
クラス分け試験は誰が担当するのだろうか。
どうやらフィーアは現在、フィリオ騎士爵家の子女という扱いになっているそうだ。
父親の特務を手伝っていたために入学が遅れたが、実力は折り紙付きでありこの時期の編入自体既に決まっていた、ということになっているらしい。
「……フィリオ騎士爵ね。アインと同じ教会孤児だって前に聞いてたんだが……まぁ、深入りはしねぇよ。何が出てくるかわかったもんじゃねぇからな」
ギランが頭を掻きながら口にした。
フィーアが目を見開いてギランを睨み付ける。
ギランはびくりと肩を跳ねさせ、咄嗟に剣の鞘へと手を当てていた。
「ま、前に、手紙が届いたときに少しフィーアのことをギランに話したんだ。それから……その、俺の事情については、ギランにはある程度察してもらっている。彼にはウィザの討伐にも協力してもらっていた」
「へぇ……そうですか、そうなんですか。兄様から、随分と信頼されているのですね。とても仲がよろしいようで」
フィーアが目を細め、探るような目でギランを見る。
「落ち着かねえ……。修羅蜈蚣を前にしたときも、ここまで圧を感じたことはなかったってのに。そういや……フィーア、だったか? お前、アインより強いって聞いてたが、マジなのか?」
「私如きなんかよりも、兄様の方がずっと強いに決まっているではありませんか。もしかして、兄様を侮辱していますか? 兄様と親しくされているのに、よくそんな言葉が出てきましたね。さぞ実力に自信のある御方とお見受けしました。一度ぜひ、手合わせ願いたいものです」
フィーアがこめかみを痙攣させた。
「アッ、アインからだ! アインからそう聞いたんだ! お、俺はアインより強い奴なんかゴロゴロいるわけねぇって疑ってたぞ!」
「なんだ……そうだったのですね。兄様ったら、ご謙遜なさったのですね。でも、兄様が外で私を褒めてくださっていたことはとても嬉しいです!」
フィーアの表情がすっと元の笑顔に戻った。
フィーアはそう言うが、俺は〈幻龍騎士〉同士で戦えば一番下になると考えている。
卑下しているわけではなく単純に戦闘スタイルの問題だ。
フィーアは魔術に特化している。
ツヴァイは膂力に特化している。
俺はツヴァイ程剛力ではなく、技術や魔剣で器用に立ち回る戦闘スタイルだ。
その分、得意分野でまともにぶつかれば太刀打ちはできない。
そしてフィーアもツヴァイも二人共、自分の得意分野を押し付けて相手を圧殺するタイプだ。
俺ではどうにもならない。
ドライはドライで異質過ぎる。
「落ち着かねぇ……目隠しして崖の縁を歩いてる気分だ、いやそっちのがいくらかマシか」
「……気を遣わせてしまっているようで、申し訳ございません、兄様のお友達の方」
「とてつもなく距離を感じる呼び方をしてきやがる……」
「大丈夫……大丈夫です。問題事を起こさないように、どうにかして自制してみせます。兄様に迷惑を掛けないためにも……」
フィーアは額を押さえ、ぶつぶつと自分へ言い聞かせるように口にする。
「な、なァ、こいつ、本当に大丈夫か?」
「す……少し、フィーアのいた環境が特殊だったんだ。多対一に特化した魔術士の性質上、敵の多い戦地に立つことが多い。ただ、フィーアは本当に優しい子なんだ。その……仲間として見ている範囲が狭いだけで。この学院がフィーアの視野を広げてくれることに役立てば嬉しいと俺も思っている」
気を抜けば死角から攻撃が飛んでくるような戦地に立っていた経験が長いため、少し気が張り詰めているのだ。
自分や仲間を守るために、先に敵を圧殺するという考えが頭に染みついている。
ただ、フィーアも自分の立場はわかっている。
ここが戦場でなく、学院であることも理解している。
手が出そうになってもしっかりと自制はできている。
カンデラやエッカルトくらいあからさまに向こうから敵意を向けられない限り、フィーアの抑えが利かなくなることはないだろう。
「おや……キミは、ギルフォード君だね」
校舎に入ったところで、ギランが声を掛けられた。
金髪の男だった。
三つ編みに括った髪を前に垂らしている。
睫毛は影が落ちる程に長く、意志の強そうな瞳の印象を際立てている。
色白の美丈夫であった。
左右には、彼の友人らしい女子生徒が二人ついていた。
「なんだ、テメェ。見覚えのねぇ顔だが」
「つれない返事だね、噂に聞いていた通りだよ。〈Bクラス〉……ラクリア男爵家の長子、ラヴィだ。男爵以上の同学年の生徒には一通り挨拶をしていたのだが、キミは後回しにしていたからね。ただ、今こうして目に付いたから、一応は声を掛けておこうと考えた次第さ」
「あァ? 馬鹿にしてやがんのか」
ラヴィの言葉に、苛立ったようにギランが答える。
「忠告してやっているのさ。貴族界に疎いキミでも、自分が凶狼貴族と揶揄されているのは知っているのだろう? 私は四歳の誕生日には剣を持たされ、以来剣術と魔術、兵法を父に厳しく叩き込まれてきた。アディア王国最高峰の名門学院とはいえ、今更学院で学ぶことなどそう多くはないと自負している。それでも私は、この学院生活には価値を感じている。この学院は、将来この国を支える上級貴族の子息子女が集まるからね。特に〈Bクラス〉には、私以外に男爵家以下はいない。最低クラスに甘んじて、平民とじゃれ合って満足しているとは貴族の名折れだ。交友関係は、もう少し選ぶべきだろう。家名に泥を塗りたいのでなければね」
ラヴィは呆れたようにそう口にする。
「ハッ、喧嘩売ってやがんのかキザ野郎? せこせこ上に媚売るためにわざわざ学院に入って来たなら、ご苦労様だなァ。そうやって犬みてぇに一生尻尾振って生きてるといい。だがな、犬の理屈を人様に強要するんじゃねえよ」
「はぁ……忠言に対して、喧嘩を売っているのか、と来たかい。下品な言葉遣いにも辟易する。何も考えずに生きているようだ。つまらない意地から出た反権威主義など反吐が出る。政治のために交友関係を築くことが、キミにはそんなに惨めなものに見えるのかい? キミもキミの父上も、政治に感情を持ち出して台無しにするのが美徳と考えている節がある。生まれの役目に対し、何の使命感も持たない者を私は侮蔑するよ」
あまりよくない流れだ。
ラヴィは明らかにギランを下に見て馬鹿にしている。
ギランもまた、彼の言葉を受けて明らかに怒っている。
「ラヴィ、だったな。あまりそういう言い方は……」
「平民如きが、軽々しく貴族の話に割って入って来るんじゃあない。政治の話をしている、お分かりかな?」
ラヴィが目を細めて俺を睨み付け、鼻を鳴らした。
「おい、アイン、止めてくれるんじゃねえぞ。どうやらこいつは、どうしても俺と戦いたいらしい。ぜひともテメェのそのご立派な使命感とやらで磨かれた剣の腕って奴を、見せてもらいてぇもんだなァ」
ギランは自身の手のひらに拳を打ち付けた後、後ろ目に俺を見た。
そのとき俺は、フィーアの身体を押さえて彼女を止めているところだった。
「フィーア、落ち着いてくれ。何もそこまで怒ることじゃない、信念を持っているのはいいことだ」
「勝手な思想で、特に知りもしない相手に説教を垂れられるのは滑稽ではありますが、ご自由になさってください。別に気に留めることではございません。その過程で私を軽んじたことも、どうでもよい話です。ですが、随分と一方的な物言いで、私の兄様を蔑ろにしてくださいましたね。私にもぜひ、そのご自慢の剣術とやらのご指導をいただきたいです」
フィーアの顔からは、怒りのあまり表情が失せていた。
見開かれた相貌がラヴィの顔を捉えている。瞳に血管が走っていた。
「アイン、絶対そいつを放すんじゃねえぞ!」
ギランは先の自身の言葉を翻し、フィーアを指差してそう叫んだ。
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