第89話
アイン達の暮らすアディア王国の隣国、ノーディン王国。
この国はかつてはアディア王国とは敵対関係にあったが、八十年前に強大なカイザレス帝国へ対抗するために同盟を結んで以降、表立った争いは両国間では一度も起きていない。
現王であるマルカス王は、でっぷりと肥えた茶髪の男であった。
マルカス王は王城の秘密の地下部屋にて、部下の道化師を同伴させ、ある男と対面していた。
「よくぞ来てくれた……〈逆さ黄金律〉の総帥、ドルガ殿よ」
マルカス王は警戒気味に口にする。
対面している相手はマルカス王の述べた通り、禁忌の魔法を研究する錬金術士団〈逆さ黄金律〉のトップであった。
ドルガは血管の濃く浮き出た肌に、白眼が真っ黒に染まった不気味な目を持つ男であった。
〈奈落のドルガ〉の二つ名を持つ。
マルカス王は〈逆さ黄金律〉と協力関係にあった。
マルカス王は活動資金や隠れ家、実験体を提供し、その代わりに〈逆さ黄金律〉は政治の汚れ仕事を引き受ける。
マルカス王はドルガの不吉な容姿をじっと見つめていたが、咳払いを挟み、話を再開した。
「ドルガ殿よ、前王の娘だが、ついに行方がわかった! どうやらアディア王国へと亡命し、向こうの王家の意向で素性を隠してレーダンテ騎士学院に入学しておるようなのだ! せっかく奴を葬って王になったというのに、あの娘を生かしておれば意味がない! いずれノーディン王国の貴族に呼び掛け、この余へと刃を向けることであろう!」
マルカス王は元々大公であった。
急進派であった前王に反感を持つ貴族を扇動し、ノーディン王国に対して影響力を持ちたいカイザレス帝国の後ろ盾を得て挙兵を行い、前王を葬って自身が王となることに成功したのである。
だが、前王の娘を取り逃がしてしまったのだ。
彼女が生きていれば、いずれ自身の敵となる。
「だが、レーダンテ騎士学院は現役騎士の教師も多い。何せ、未来の王候補もおる騎士学院……守りは堅牢であろう。二流暗殺者にどうこうできる場所ではない上に、足がつけば厄介である。だからこそ、ドルガ殿に依頼するしかないのだ。力を貸していただきたい」
「承知いたした。元々レーダンテ騎士学院には、礼に向かわねばならんと思っていたところだ」
ドルガのしゃがれた声が響く。
「礼……? 何のことである?」
マルカス王が顔を顰める。
「幹部の身でありながら、同胞を殺して逃げた〈知識欲のウィザ〉……。我らは奴を追っていたのだが、騎士学院にて命を落としたのではないかという見解が出ている。仮にそれが真実であったのならば、我々は面子を潰されたことになる。〈知識欲のウィザ〉は我々の獲物であった」
それを聞いて、マルカス王は思わず立ち上がった。
「ど、同胞殺しの〈知識欲のウィザ〉が、騎士学院で命を落としたかもしれんだと! きっ、貴殿らは、戦闘のエキスパートではなかったのか! アディア王国の龍章持ちの騎士程度、軽く捻ってみせると豪語しておったではないか! 余はこういうときのために、決して安くない対価をずっと払っておったのであるぞ! こんなことを尋ねたくはなかったが……本当に大丈夫なのであろうな! アディア王国があの娘を匿っておるという事実が、余は気が気でならんのだ! ももも、もし貴殿らがしくじるようなことがあったら……!」
「ノーディンの王よ。我らへの愚弄は、貴殿とて看過できんぞ」
ドルガは目を見開き、マルカス王を睨みつけた。
マルカス王はびくりと身体を震わせ、すとんと椅子へ座った。
マルカス王の傍らの道化は、その様を見て声を殺して笑っていた。
「す、すす、すまぬ……。じ、実力を疑っているわけではないのだ」
「案ずるな、ただの騎士学院でないことはわかっている。何せ、同胞殺しの墓場となったかもしれぬ地だ。情報が少ない上に、場所が場所であるから人数に頼った手も使えぬ。対価に見合う働きを我らがする機会もこれまでなかったこともまた事実。具体的にどう動くかは情報を集めてからになるが、〈逆さ黄金律〉の最上位幹部、四魔人の内の誰かを動かすことを約束しよう」
「よ、四魔人の御方を……! おお、それは心強い!」
マルカス王は手を叩き、軽快な音を鳴らした。
四魔人とは、〈逆さ黄金律〉の総帥であるドルガを含めた四人の最上位幹部ことである。
〈奈落のドルガ〉に続き、〈不死なるボルクス〉、〈三つ頭のバデルバース〉、〈魔蜘蛛のアトラク〉。
全員が間違いなくこのリベア大陸における指折りの実力者である。
「ノーディンの王よ、座して待っているがいい。近い内に娘の首を届けて御覧に入れよう」
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