第88話

 放課後、俺は〈Eクラス〉のベッドに座り、自身宛てに届いていた手紙を手にしていた。


「な、なぁ……それ、例のヤバイ、アインの妹分の奴じゃねぇだろうなァ……?」


 ギランが俺へと尋ねてくる。

 どうにもギランの中では〈名も無き四号フィーア〉の印象が、最初の手紙のまま固定されてしまっているらしい。

 別に普段の〈名も無き四号フィーア〉は、おっとりしていて争いを好まない、心優しい子なのだが。

 俺は苦笑いをしながら手を振った。


「いや、〈名も無き四号フィーア〉じゃない」


 手紙の主は〈名も無き三号ドライ〉だった。

 〈名も無き四号フィーア〉はネティア枢機卿へ反抗的な態度を取ったために現在拘束中であるという話であった。

 俺からはいくつか手紙を出したのだが、あれから向こうから手紙を送ってくることもない。


 ネティア枢機卿は忙しいし、〈名も無き三号ドライ〉はネティア枢機卿や任務にとって必要のないことを聞いてもあまり答えてはくれない。

 そして〈名も無き二号ツヴァイ〉は文字を書けないので、向こうの事情は一切わからず仕舞いの状況になっていた。


「ギランは〈名も無き四号フィーア〉を異様に警戒しているが、大人しい女の子だよ。確かに手紙越しでは、最近妙な言動が目立つように感じるが……もし実際に会うことがあれば、ギランもわかってくれると思う」


「そ、そうか……。いや、やっぱりアインの前で猫被ってるだけにしか見えないんだが」


 ……まぁ、顔を合わせたことがなく、あの文面だけ見れば、そう感じてしまうのも無理はないことだろう。

 実際、俺も最初彼女からの手紙を受け取った際には何事かと思った程だ。


 恐らくこのタイミングで〈名も無き三号ドライ〉が手紙を出してきたということは、間違いなく今回の地下迷宮の事件についてだろう。

 この手紙次第で、俺は〈幻竜騎士〉へと強制送還されることになる。

 加えて、何か向こうで変わった近況があれば、ついでに報告してくれるはずだ。


 だが、手紙は意外な切り出しから始まった。


―――――――――――――――――――――

 〈名も無き二号ツヴァイ〉が戦いに敗れて負傷した。

―――――――――――――――――――――


 俺は息を呑んだ。

 〈名も無き二号ツヴァイ〉は、〈幻竜騎士〉の中でも最強の騎士だと俺は捉えていた。

 単純に強さという概念では比較できないが、こと一対一の決闘においては彼女が最強であるはずだ。


 彼女は〈百頭の悪鬼ヘカトンケイル〉の異名を持ち、速さと力では俺でも全く及ばない。

 本気の戦いになれば、下手すれば数秒で俺が斬り殺されるかもしれない程だ。


 その〈名も無き二号ツヴァイ〉が戦いに敗れたのだ。

 殺されてはいないようだが、〈名も無き二号ツヴァイ〉に並ぶ強敵が現れたというのはとんでもない出来事だ。

 強国が本格的に動き出したのかもしれない。


 間違いなく他国が噛んでいる。

 もしかすると戦争になるかもしれない。


 こういった事態になった以上、俺だけがレーダンテ学院で交流を学んでいる場合ではない。

 〈名も無き二号ツヴァイ〉も負傷しているようだし、俺が戻って今回の敵の対応に当たる他ない。


―――――――――――――――――――――

 拘束状態にあった〈名も無き四号フィーア〉と口論になり、〈名も無き二号ツヴァイ〉が彼女の拘束を勝手に解いて決闘を行ったんだ。

 信じられないと思うが、結果は〈名も無き四号フィーア〉の圧勝だった。

 〈名も無き二号ツヴァイ〉はしばらくまともに戦える状態ではないとのことだ。

―――――――――――――――――――――


 読んでいて脂汗が滲んできた。

 敵は身内だった。

 俺の中の〈名も無き二号ツヴァイ〉最強説が早くも破綻した。

 〈名も無き三号ドライ〉も意外だったようだが。


 大人数相手の戦いに特化した〈名も無き四号フィーア〉と、一対一の戦いに特化した〈名も無き二号ツヴァイ〉。

 時の運もあるだろうが、どうやったらこの相性で〈名も無き四号フィーア〉が勝つのか、全く理解ができない。


「お、おい、どうしたアイン? 手が震えてるぜ」


「いや、なんでもない……」


 俺は手紙の先へと視線を向ける。


―――――――――――――――――――――

 それから〈知識欲のウィザ〉についてだが、この件をネティア枢機卿は喜ばれていた。

 彼女は頑丈で、逃げ足が速い。

 たまたま学院内に〈幻竜騎士〉がいたこと。

 そして〈幻竜騎士〉の中でも相性のいいキミだったからこそ〈知識欲のウィザ〉を討伐しきることができた。

 彼女の息の根を止めるには、高い対応力と戦闘能力を併せ持つキミしかいなかっただろう。

―――――――――――――――――――――


 俺は安堵の息を吐いた。

 ひとまず〈知識欲のウィザ〉の討伐については、ネティア枢機卿はマイナスには捉えていないようだ。

 ただ、〈名も無き二号ツヴァイ〉の負傷による〈幻竜騎士〉の戦力低下が気掛かりだが……。


―――――――――――――――――――――

 〈知識欲のウィザ〉が絡んでいたことは、表には伏せることになった。

 彼女の厄介なお友達が多過ぎる。表沙汰になれば、危険な連中が動き出す切っ掛けにになりかねない。

 最悪の場合、そこに他国が合わせてくることも考えられる。

 ただし、それでも完全に隠し通せるかは怪しい。

 事実を掴んだ裏の人間が、何らかの意図を持って、学院を狙うこともあるかもしれない。

 そういう意味でも、キミはこのまま学院内に潜伏しておいてもらうことに決まった。

―――――――――――――――――――――


「よかった……」


 俺はつい声を漏らした。

 どっちに転ぶことかと冷や冷やしていたのだが、どうやら学院への残留を許されたらしい。


「よかった……ってことは、アイン、学院に残れることになったのか!?」


 ギランの言葉に、俺は首肯した。


「やったじゃねェか! ルルリアとヘレーナにも伝えてやろうぜ、喜ぶぞ」


 ギランが肩を組んでくる。


「遅いし、明日でいいんじゃないか? あまり無暗に夜遅くに女子寮へ向かうのも、いいようには捉えられない」


「馬鹿野郎、早い方がいいに決まってんだろ? こういう知らせはよ! こんなときにまで生真面目発揮しなくたっていいんだよ」


 そういうものなのかもしれない。


「よし、なら、そうするか」


 俺は笑って頷き、立ち上がった。

 そのとき、膝に乗せていた手紙がベッドの上へと落ちた。


「あれ……端っこ、折れてたところに、何か書いてあるじゃねぇか。最後まで読んだのか?」


「と、すまない」


 俺は手紙を素早く拾い上げた。

 少し気が緩んでいた。あまり他の者に見せていい内容でもない。


―――――――――――――――――――――

 また、学院内で最悪の事態が起こらないよう、〈幻竜騎士〉から一人、近い内に学院へと特別編入させることになった。

 ネティア枢機卿は、学院内に〈幻竜騎士〉が潜伏していることが敵方に知られたのならば、下手に白を切るより殲滅してしまおうというお考えのようだ。

―――――――――――――――――――――


 手紙はそこで終わっていた。


「……お、おい、アイン、顔、引き攣ってるぞ。やっぱり何か、まずいことがあったのか?」


「い、いや、大したことではない」


 俺は手紙を折り畳み、懐へと仕舞った。


 誰を編入させるつもりなのかは書かれていなかった。

 ただ、ただでさえ〈名も無き二号ツヴァイ〉が負傷中だというのに、更に戦力を割くようなことをするのは少々不思議ではあった。

 ネティア枢機卿は、王立レーダンテ学院が狙われることを相当危惧しているらしい。

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