第85話
「戦いは、ここまでだって? よくぞまぁ、そこまで大口を叩いてくれたものだね」
ウィザが俺を睨みつける。
「確かに精霊の王の呪いを相殺したものは見事なものだ。その剣も、かなりの業物と見た。まさか、精霊の王の触手を斬ってしまうだなんてね。いや、とんでもない威力だよ。だけど、それが私の〈魂割術〉を突破できるって話にはならない。どんな馬鹿げた威力の魔剣であろうが、私の千ある命の予備を一気に落とすことはできない。〈クドゥルフィーラ〉が決定打にならないのは予想外だったけれど、私だって君に奥の手は見せていない。そんな剣一本で私に勝った気になられるのは困りもの……」
俺は〈怒りの剣グラム〉を、力任せに振るった。
刃より放たれた衝撃波によってウィザの腹部が両断され、彼女の上半身と下半身が別々に地面を転がった。
すぐに彼女の身体を魔力の光が覆い、元の姿へと戻った。
ウィザは壁に手をつけながら立ち上がる。
「……なるほど、確かにそれなら、この私の千二十三の命、削り切れるかもしれないね。君のことを甘く見ていたことを謝罪しよう」
ウィザがそう口にした直後、彼女の背後の壁に、一直線に巨大な斬撃が走った。
今ウィザを叩き斬った、〈怒りの剣グラム〉の衝撃波である。
壁に掛かっていたいくつもの絵画が真っ二つになり、その中から血のようなものが溢れ出てきた。
描かれていた絵の顔が動き出し、断末魔の叫び声を上げる。
触手が攻撃を避けていたことから、絵画に自身のマナを分け与えて命のストックにしていたことはわかっていた。
恐らく、今の一撃でウィザの命が十以上は吹き飛んだはずだ。
ウィザは驚きのあまり、両目を見開いていた。
すぐに歯を食いしばって表情を一変させ、俺を睨みつける。
「私の保管している命の予備を、全て叩き壊すつもりか! だがね、別にこの部屋だけに集めて管理しているわけじゃあない。狙いは悪くはなかったけれど、残念だったね。本気でそっちを滅ぼしたいなら、この階層諸共崩落させるくらいはさせなきゃ……」
俺は地面を蹴り、剣を振るって触手を牽制しながらウィザへと距離を詰めた。
ウィザは慌てて背後へ跳ぼうとするが、純粋な身体能力ならば俺の方が遥かに分がある。
彼女の腹部を斬りつけた。
「うぐうっ!」
ウィザは壁を背に打ちつけた際には、既に身体が再生していた。
俺はそこへと追撃をお見舞いする。
ウィザの背後の壁が崩れ、隣の部屋へと貫通した。
そこへ続けて、ゼロ距離での〈怒りの剣グラム〉の衝撃波をお見舞いした。
ウィザの身体が引き千切れると同時に、部屋内の壁一周に大きな斬撃が走り、飾られていた壺や絵画が砕け散った。
もう一撃、〈怒りの剣グラム〉の衝撃波を放つ。
部屋内に暴風が発生し、あらゆる物が蹂躙され、粉々になって飛び交った。
拠点全体が、大災害でも発生したかのように大きく揺れる。
「君……まさか本気で、この迷宮階層ごと、私の拠点にある命のストックを全て葬るつもりか!」
当然だ。
元より、そのためにルルリア達が逃げる時間を稼いでいたのだから。
〈知識欲のウィザ〉は王国に害を為す危険人物である。
放置しておけば、これからも彼女の被害者が増え続ける。
ウィザを撤退させるだけでは駄目なのだ。
〈幻竜騎士〉の一人として、確実に彼女の命を絶たなければならない。
俺が〈怒りの剣グラム〉を抜いてから五分後、ウィザの拠点は俺の連撃によってほぼ壊滅していた。
完全にとはいえなくても、少なくとも八割方の〈魂割術〉の予備の命は潰すことができたはずだ。
ウィザは肩で息をしながら、俺を睨みつけている。
さすがに自信家の彼女の顔にも焦燥の色があった。
ウィザは安全圏に立ったまま俺と戦っているつもりだったのだろう。
予備の命の大半を落としたことに動揺が隠せないようだった。
「ウィザ、お前が俺に対して言った『〈幻竜騎士〉にしては弱い』という言葉、それは正しい。俺の本領は、単に魔剣の扱いに長けている、という点だけだ。魔剣がなければ、俺の力量は一般騎士と大差ない。その点、他の三人の方が俺なんかよりも遥かに強い」
「魔剣がなければ、一般騎士と大差ない……? 私の
ウィザが吠える。
同時に、辺りの触手が俺へと迫ってくる。
俺は〈怒りの剣グラム〉を振るい、その触手を弾き飛ばして再びウィザへの距離を詰める。
「
ウィザの身体が彼女の影へと沈み、岩の合間を抜けて高速で俺から逃げていった。
俺は後を追い掛けて飛び、当たりを付けて刃を振り落とした。
また拠点全体が大きく揺れた。
「外したね、こっちだよ。最後の最後で、賭けに勝った」
俺はウィザの声に振り返る。
ウィザは瓦礫に挟まれた、罅の入った大きな鏡に手を添えていた。
「
ウィザの姿が、鏡の中へと吸い込まれる。
素早く礫を投げたが、鏡を砕くだけで、中に映るウィザには外傷を与えられなかった。
「残念だったね。〈魂割術〉同様に、私が復活させた禁術の一つさ。鏡を通して、通常手段では干渉できない異次元へと逃げ込むことができる。このまま私は遠くに移動して、君が絶対に気がつけないところから現実世界に戻らせてもらおうことにしよう」
鏡の中のウィザが笑みを浮かべる。
ウィザは千を超える命の予備に加えて、いざというときの逃げ支度までしっかりと用意していた。
周到にも程がある。
ここまで徹底している者は、〈幻竜騎士〉の敵の中でも珍しいくらいだ。
「まさか、拠点と魔導書と、〈魂割術〉の命のストックを全てを失うことになるとはね。フフフ、本当に君は意地悪なんだねぇ。でも、この国の最重要機密である君のことを深く知れたんだから、悪いことばかりじゃないのかもしれないね。さすがはネティアだよ、これほどまでの化け物を持っていたなんて。……それに、君のお友達のことも知れたんだ。必ず私は君を手に入れて、この借りを返させてもらうことにするよ。ネティアへの報復のためにもね。私は、欲しいものは絶対に諦めないんだよ。どんな手を使ってでもね。せいぜいそれまでは、この学院で人間のフリでもしながら暮らしているといい」
俺は〈怒りの剣グラム〉を持つ手を伸ばした。
「
〈怒りの剣グラム〉が光に包まれて消える。
巨大で無骨な剣の代わりに、グラムよりはひと回りは小さい、黄金の剣が俺の手に握られていた。
刃や柄には、絵のような奇妙な文字が模様のように並んでいる。
古代に滅んだ国の宝剣であると、ネティア枢機卿からはそう聞いている。
「どうしたんだい? 今更何を……」
俺は黄金の剣を振るい、鞘へと戻した。
鏡が両断され、映り込んでいたウィザの身体から鮮血が噴き出した。
ウィザは呆然と口を開けたまま、鏡の中の世界で膝を突いた。
自身の胸部を押さえて手に着いた血を見て、信じられないというふうに手を震えさせる。
「どう、して……? ここは、今では私しか到達できない、絶対安全領域……そのはずだったのに……!」
「〈運命の黄金剣ヘ・パラ〉は、あらゆる魔術、結界……呪いを斬り、その斬撃は次元さえ超越する。残念だったな、そこはこの剣の間合いだ」
こちらの世界にはウィザの命の予備が残っているはずだが、元々〈魂割術〉は距離が開いていれば機能しなくなる代物だ。
〈運命の黄金剣ヘ・パラ〉と違い、〈魂割術〉は異次元の壁を越えられなかったようだ。
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