第78話

 走れど、走れど、悪趣味なコレクションルームが続いていた。

 どの部屋からも、ケタケタと不気味な笑い声が響く。

 恐らくハームの同僚の悪魔達が、この場の主に俺達の存在を伝えているようだった。


 今駆けている部屋には、異様にリアルな等身大の人形がずらりと並んでいた。

 パーツごとに分けられているものもある。


「ほ、本当に、マリエットさん達、い、生きてるんでしょうか……?」


 ルルリアが泣きそうな声でそう漏らした。

 あまりに不気味な内装の部屋が続いていたため、マリエット達の安否が不安になったのだろう。

 確かに、この場の持ち主がまともな倫理観を有しているとは思えない。


「余計な泣き言ほざいてんじゃねえぞ! 今んなもん口にしたって仕方ねえだろうが!」


 ギランが叫ぶ。

 だが、さすがのギランも顔が青くなっていた。


 ヘレーナは肩を窄め、両手で耳を塞いでいる。

 さすがに咄嗟の場面に対応できないので、耳と手は空けておいてほしい。


 新しく入った部屋は、牢獄であった。

 いくつもの檻が並んでいる。

 中には、手錠を繋がれたまま骸と化していたものもあった。


「マママ、マリエットさん!? ごめんなさいまし! ごめんなさいまし! やっぱり、間に合わなかっ……!」


 ヘレーナが慌てふためいた様子で牢へと擦り寄った。

 そのとき、呻き声と、鎖を引き摺る音が聞こえてきた。

 奥の牢に、マリエットと、ミシェルの姿があった。

 手足は鎖で絡められている。


「ア、アイン!? ど、どうして貴方達がここにいるの……?」


 マエリットがそう口にする。

 二人共衰弱している様子ではあったが、拷問を受けたような痕はなかった。

 怪我をしているのは、拘束される際に負ったものだろう。


「よかった。悪魔に誘拐されたと聞いて乗り込んできた」


「の、乗り込んで来たって、ここ、地下五階層なんじゃ……」


 マリエットはあんぐりと口を開けて俺を見る。

 すぐハッとしたように口を固く結び、目をぎゅっと瞑って首を振るう。


「と、とにかく、逃げなさい! どうして劣等クラスの生徒だけでここまで来たの! この鎖……ただの鎖じゃないみたいだし、歩けない私達を連れて逃げるなんて無理よ! ここの牢の鍵だって、どこにあるのかわかったものじゃないわ! 早く逃げて、竜章持ちの騎士を連れてきて頂戴! 化け物が来るわよ!」


 マリエットが早口でそう捲し立てる。


「ギャーギャー喚きやがって! こんな檻、叩き壊せばいいだろうがよ!」


 ギランが刃を振るい、檻へと打ち付ける。

 甲高い金属音が響き渡った。

 だが、檻には傷一つ生じない。


「が、頑丈にしても、これはねぇだろ……。何で作ったらこうなるんだよ、クソ……!」


 ギランが剣を構え、身体のマナを滾らせる。


「〈羅刹鎧らせつよろい〉は使うな、ギラン」


 俺はそう命じ、折れた剣を構えた。

 〈装魔〉によって剣にマナを流し、刃を頑強にする。

 檻目掛けて一撃を放った。


 凄まじい音が響く。

 だが、折れたのは、俺の刃の方だった。

 俺はさすがに目を疑った。


 〈装魔〉で強化したのだ。

 刃自身に罅が入っていたためマナがやや分散する感触はあったが、まず大丈夫だろうと踏んでいた。

 牢の金属格子はやや窪んでいたものの、それだけだった。まるで壊れる気配はない。


「ア、アインでも駄目なのかよ……」


 ギランが息を呑む。


「鍵を探しましょう! それしかありません! マリエットさん、どこか、心当たりはないんですか?」


「鍵を探しているような猶予なんてないって言っているのがわからないの! 貴方達には期待していないわ。とっとと竜章騎士を呼んできて! 私だって、犬死したくないのよ!」


 ルルリアの言葉に、マリエットが声を荒げてそう叫ぶ。


「こんな状況で、怒鳴ってまで追い返そうだなんて……やっぱりマリエットさん、本当は優しい人なんですね。最初からそんな途中で逃げ出すつもりなんてありませんでしたけれど、余計に助けたくなりました」


 ルルリアはそう言って、笑みを浮かべた。

 ただ、声は震えており、汗を掻いていた。

 強がっていることは間違いない。


「べ、別に私は、そんなつもりじゃ……」


「アインさん、鍵を探しましょう。こういうときのために、手数が必要だから私達を連れてきたんですよね?」


 ルルリアは俺の方を向き、飾られている絵画や置物の笑い声を掻き消すように、大きな声でそう言った。

 不安を押し殺し、自身を鼓舞したかったのだろう。

 身体こそ震えているが、その瞳には強い意志があった。


「〈剛魔〉!」


 俺は拳にマナを溜めて力を込め、檻を殴った。

 鉄格子がへし折れ、砕ける。


 衝撃で部屋全体が大きく揺れ、それに伴い、絵画や置物の笑い声が止んだ。

 絵画に目を向ければ、不気味な男の肖像が、俺を見て目を見開いて閉口している。


「確かに硬いな」


 俺は茫然とするマリエットの手の鎖を掴み、力技で引き千切った。


「……私の覚悟を、五秒でひっくり返さないでください」


「アイン……別格なのはわかってたが、お前見てると、やっぱりちょっと自信失くすぜ」


 ルルリアとギランが、深く息を吐き出す。


「貴方、剣、いらないんじゃ……」


 マリエットがぱくぱくと口を開閉する。

 この学院に来てからたまに言われる言葉だが、俺から剣を引けば、間違いなく〈幻竜騎士〉最弱になるだろう。

 他の三人は、なんやかんや剣がなくても戦える者ばかりだが。


 俺は続いてミシェルの檻の扉を殴り壊し、彼女の鎖を引き千切った。


「あ、ありがとう、ございますの……?」


 何故か疑問形だった。


「何があったのか、事情は後で聞く。ここからまず立ち去る……とは、いかないようだな」


 飾られていた姿見の表面から、白く、細長い腕が伸びた。

 鏡面より人間が出てきたのだ。

 毒々しい紫色の髪をした女だった。


 肌はおしろいを塗ったかのように白く、睫毛は長くて目がぱっちりとしており、人形のような外見だった。


「どうしてハームが生徒を逃してから、この速さでここまで踏み込まれたのかと思って泳がせていたけれど、なるほど、ネティアの子かい。マナの残り香でわかるよ。あの女は元気かな?」


 真っ赤な唇は口端が大きく吊り上がっており、攻撃的な笑みを浮かべている。

 見開かれた目にも、見る者をぞっとさせる邪悪さがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る