第77話
「あそこか……」
通路の先に、細かく術式が刻まれているのが見えた。
魔物の侵入を防ぐための結界が張り巡らされている。
恐らく、あの先がハームの口にするあの御方とやらの拠点となっているのだ。
「気を付けるんだよ、ヒヒ、中は意外と広いから。罠があるから、僕の言葉をしっかりと聞いておいた方がいい。ひとまずここは真っすぐ行くんだ」
ギランがハームを睨み付ける。
「疑うのなら、僕を殺して行ってもいいんだよ? でも、疑わしい情報源でも、ないよりはマシだと思うけれどね。信じられないのなら、聞いてから判断すればいい。そうは思わないかな、冷静なアイン君」
ハームは目線を上げ、俺の顔を見る。
挑戦的な口振りだった。
「……アインさん、ひとまず、生かしておきませんか? もう、脅威となるようなマナは残っていないのですよね?」
ルルリアに言われ、俺は小さく頷いた。
「逃げ出すくらいのマナは持っているように感じる。ただ……こうなった以上、最早たかだか
「随分と、この僕を小物のように言ってくれるねえ……。後悔するかもしれないよ?」
ハームはニヤニヤと笑う。
悪魔も自身の死は勿論嫌う。
ただ、それは人間ほど重いものではない。
悪魔が死を嫌うのは、それ以上人間を害することができなくなってしまうからに他ならない。
今、ハームの命を握っていることは確かであるが、その意味を人間相手と同じように捉えていれば、足許を掬われかねない。
「……まあ、ここまでのお前の案内が役に立ったことは間違いない」
ずっと素直に付き従ってくれるとも思えない。
最終的に不要になれば、こちらもハームを処分するつもりだ。
どこかで裏切ってくるはずだ。
だが、その直前までハームから情報を引き出し続ける必要がある。
目標はマリエット達の救出にある。
ハームの処分を最優先に置く必要はないのだ。
ハームに対して後手に出るのは仕方がなくもある。
四人で息を殺し、術式だらけの通路を歩む。
枝分かれしているところはハームに判断を委ねた。
「こっちの通路の方が、感知術式は温い。あそこの先にある、壁に埋め込まれた魔石を砕けば、安全に通れるよ」
ルルリアが不安げに俺を見る。
俺は頷き、水晶を指差した。
「ルルリア、頼む。アレを壊してくれ」
ルルリアは頷き、火炎球を放つ。
魔石が割れ、壁に刻まれていた術式の一部が、溶けるように消えていった。
感知の術式のあった通路を抜けたところで、雰囲気ががらりと変わった。
壁や床には花や魔物のような模様が刻まれており、魔石を用いた灯りが壁に設置されていた。
ずらりと本棚の列が並んでおり、まるで図書館のようだった。
ただ、本の詳細については一見ではわからなかった。
背には、見たこともないような記号やら、数字やらが書かれている。
「書庫……みたいですわね。大昔の王家は、レーダンテ地下迷宮に極秘の資料を保管していたと噂にはありましたけれど、そのときのものなのでしょうか?」
ヘレーナがおどおどと口にする。
「古い王家絡みのものなのは間違いないだろう。ただ、今はここに立ち入った者の私物と化しているようだが」
書庫を抜けたところで、物置のような部屋へと辿り着いた。
壁には処刑される罪人やら、人間を喰らう悪魔やら、不吉な絵画が何枚も飾られている。
クリスタルのケースがいくつも積まれており、中には魔物の臓器らしきものが入っていた。
「な、なんでしょう、ここ……」
ルルリアが小声で零す。
無理もないが、かなり不気味がっているようだった。
「あまり見ない方がいい」
クリスタルのケースに、赤子やら人間の脳味噌、まだ生きているらしい悪魔が入れられているのが見えた。
ある程度は覚悟していたが、やはり相当に趣味が悪い。
最悪の状態を想定しておくべきかもしれない。
意識がついクリスタルケースに逸れた、その瞬間のことだった。
ぶちぶちぶち、と音がして、ハームの帽子から頭が離れた。
帽子にはべったりと血がついている。
「キャハハハハハハハ! キャハハハハハハハハハ! キャハハハハハハハハハハハハハハ!」
ハームは頭部を転がして移動しながら、けたたましい笑い声を上げた。
このタイミングで裏切ってきた。
内部まで誘導してから仕掛けてきたのは、俺達が逃げられないようにするためだろう。
俺は帽子を投げ捨てて素早く移動し、折れた刃でハームの頭を砕いた。
肉が爆ぜ、血が飛び散った。
「キャハハハハハハハハハハ!」
ハームの帽子から細長い腕が生え、地面を這って入口の方向へと高速で逃げていった。
あちらの方が本体だったらしい。
「ク、クソ、アイツ……!」
「ギラン、追うな!」
俺は言いながら、中に腕のようなものが入っていたクリスタルを持ち上げ、ハーム目掛けて投擲した。
クリスタルケースが扉と衝突し、壁を砕いて破裂した。
中から出てきた腕が、ごろりと地面を転がる。
「ギャアアアアッ!」
ハームの姿が崩れた壁に押し潰されたが、拉げた身体を引き摺って懸命に逃げていく。
さすがに仕留めきれなかったか。
「先を急ぐぞ。ここの主にバレたらしい」
「……い、今の、致命傷だったんじゃねぇか? すぐ行けばひっ捕らえられると思うんだが」
「あいつに時間を割いている猶予はない」
ハームの裏切りは仕方なかった。
想定していた範囲だ。このリスクは承知の上で、先を強引に急ぐためにハームを利用していたのだ。
ハームは俺達が拠点に入ってから退路を断ちたかった。
そして俺達は、少しでも拠点攻略の足しになるものがほしかった。
それだけのことだ。
できれば始末しておきたがったが、アレに構っているよりも少しでも先に進んだ方がいい。
壁に飾られていた絵画がガタガタと震え始め、絵に描かれているあらゆる顔の、目と口の部分に黒い染みのようなものが広がった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアア!」
絵画から次々にと絶叫が響く。
俺達は一斉に、更に奥へと走った。
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