第76話
「ぜぇ……ぜぇ……ほらな、ヘレーナ? やればできるもんだっつったろうが」
「はぁ、はぁ……死んだかと思いましたわ。五、六回くらい死んでいましたわ……」
「正直私……どうして勝てたのか、全然わかりません……」
やや苦戦はしていたものの、どうにかギラン、ヘレーナ、ルルリアの三人のみでオーガを倒すことに成功していた。
俺もかなり口出しはしていたが、奇跡的に上手く噛み合っていた結果だといえる。
ギランの〈剛魔〉がなければ、頑強なオーガを倒し切ることはできなかっただろう。
ルルリアの魔法で上手くオーガの視線を分散し、ヘレーナの剣技でオーガの隙を作ることに成功していた。
「三人共、よくやっていた。一番よかったのはヘレーナだな」
どれが一つでも欠けていればオーガを倒すことはできなかっただろう。
だが、今の戦いの最大の貢献をしたのは、ヘレーナであったといえる。
ヘレーナがオーガの目前で背を向けたときには終わりかと思ったが、ヘレーナはそこから素早く構えを変え、自身の脇から死角であったオーガの腹部の急所を突き刺したのだ。
オーガは攻撃を受けるとわかれば、肉をマナで強固にして守りを固める。
ヘレーナは至近距離で隙を晒し、死角から攻撃をお見舞いすることでその守りを抜けたのだ。
内臓に一撃を受けたのが、オーガの大きな隙となり、ギランの決定打へと繋がった。
正直、三人の戦い振りを見て、まだオーガの相手は早すぎたかと思った。
その実力差を覆したのは間違いなくヘレーナの一撃だった。
「えへ、えへへへへ……咄嗟に振り回してただけなのですが、そんなによかったかしら?」
「…………」
……内心、そんなところではないかと思っていた。
敢えて隙を晒し、不意を突く。
ヘレーナは自身の家流剣術の理合いをまともに理解しないまま、ただ変に動作の大きい剣としてそれを使っている節がある。
追い込まれて咄嗟に実戦で技が繋がったのは、生存本能の手繰り寄せた努力の賜物のようなものなのかもしれない。
ただ、何にせよ、実戦で理合いを活かした技を発揮できたという経験は間違いなく彼女の中に残ったはずだ。
多少は彼女の身体に、家流剣術の理合いが馴染んだはずだ。多少は。
「……ギランも言っていたが、やはりヘレーナは死ぬ一歩手前まで追い込み続けるくらいで丁度いいのかもしれないな」
「アイン!? 冗談ですわよね!?」
ヘレーナがぎょっとした表情を浮かべた。
「とにかくこの調子なら、マナを温存した状態で、三人で安定してオーガに対処することができそうだな」
「本当にそう思いますの!? もう私達、ボロボロですわよ!?」
「うぜぇぞヘレーナ! アインがそう言ってるからそうなんだよ!」
ギランが口を尖らせてそう言った。
「さすがにもうちょっと疑うことを覚えた方がいいですわよ!? ほら、ギラン貴方、頭に爪を受けてたじゃありませんの!」
ヘレーナの言いたいことも勿論わかる。
「ただ、それくらいの気の持ちようでなければ、正直ついて来てもらった意味がない。これ以上は駄目だと思ったら、先に引き返してくれ。悪いが、先を急ぐから付き添いはできない」
決して安全では済まないことは、既に彼らに伝えてある。
オーガと戦って心が折れたのであればそれまでだ。
少しタイムロスになってでも三人に対処してもらったのは、その再確認の意味もあった。
ヘレーナは表情を引き攣らせていたが、がっくりと肩を落とした。
「う、うう……行きますわよ、わかりましたわよ……」
「頼むぞ、ヘレーナ。二人には悪いが、今回、俺はヘレーナが頼りだと思っている」
「プレッシャ―掛けるようなこと言わないでくださいまし!? 私を押し潰す気ですの!?」
ヘレーナがあたふたと、早口でそう言った。
「ヒ、ヒヒヒヒヒヒ……楽しげな様子だねぇ、いやぁ、賑やかで、愉快愉快」
俺の手にしていたハームが、大口を開けてそう笑いだした。
「急にどうした?」
「いやぁ……君達は、世の深淵っていうものを、知らないんだと思ってねえ。ここ何十年と、人の世は表では平和な時代が訪れている。だからだろうねえ、王国最大戦力であるはずの騎士達が、見習いとは言えこんな甘ちゃんばかりだっていうのはさ。君も、もっとお友達に忠告してあげた方がいいんじゃないかな?」
「テメェ……今すぐには殺されねぇと思ったら、余裕面かましやがって。一つ教えておいてやるが、俺は気に喰わねえと思ったら損得関係なくぶっ殺してやるからな」
ギランがハームを睨み付ける。
ヘレーナが慌ててその腕を掴んで止める。
「ちょ、ちょっとギラン、本気でやりかねないからやめてくださいまし!」
「……いや、ハームの言っていることは正しい。確かに俺は、言葉が足りなかったかもしれない」
「あ、ああ? どういうことだよ。アインも、俺達でオーガを倒せたから、通用するって言ったじゃねぇか」
俺の言葉に、ギランがムッとしたように口許を歪めた。
「通用する、とは言っていない。敵の拠点についたら、なるべく何も見ず、深く考えないようにしてくれ。戦闘も絶対に行わないで、とにかくマリエット達を捜して連れ出して、そこからは全力で逃げろ。俺は別行動するかもしれないが、絶対に三人で離れるな。今から乗り込むのは、恐らくそういう場所だ」
さすがのギランも表情が歪んでいた。
そこまで過酷だとは思っていなかったのかもしれない。
「ヒヒッ、怖気づいたのかい? 脆いねえ。今からぴーぴーと泣きながら、地上まで走って帰ったらどうかな?」
「じょっ、上等だ。やべー奴がいるってのは百も承知だ。だが、即座に逃げるってのは納得できねぇな。あの馬鹿侯爵共の一派を安全なところに連れていってやらなきゃならねぇのはわかってるがよ、俺が首魁をぶった斬っちまっても構わねぇだろ?」
ギランは手のひらに拳を打ち付け、声を張り上げてそう言った。
まるで自身を鼓舞しているかのようだった。
ハームはギランの言葉を聞いた後、楽しげに俺の方を見た。
俺は目を瞑り、小さく首を振った。
「相手を同じ人間だと思わない方がいい」
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