第68話
「一年の〈Cクラス〉の子が三人学院迷宮に入っていたのですが、悪魔の襲撃に遭ったそうなんです。一人は他の二人に庇われる形で逃げてきたそうなんですが、その子も怪我を負っていて……」
受付の人の言葉に息を呑んだ。
既に二人、悪魔と遭遇して以来、安否が不明な状態なのか。
「〈Cクラス〉の生徒……まさか、マリエット達か?」
「顔見知りだったんですか? そうです、マリエットさんとミシェルさんが、迷宮の中にまだいるはずなんです」
〈Cクラス〉というと、マリエットのクラスだ。
学院一年目で、授業外で学院迷宮へ自主的に訪れる生徒は少ないと、トーマスがそう言っていた。
マリエットは〈Cクラス〉の中では頭一つ抜けた実力者であるし、彼女である可能性は高い。
だが、外れていて欲しかった。
素直に友好的とは言えない、奇妙な縁ではあった。
ただ、見知った相手がこうした事故に見舞われるのは、気分がいいはずがなかった
「とにかく、今、逃げてきた子を医務室に運んできたところで、これから別棟にいるはずの教師の方々へ、知らせに向かうところなんです! ただ、生徒が迷宮内にいるのに封鎖するわけにもいきませんから、学院迷宮への扉は開放したままになっているんです。念のため、中へ侵入する生徒がいないか、見張っておいて欲しいんです。まずそんな間の悪いことは起こらないとは思いますし、私も開いたままにしておくつもりでしたが、見張りを立てておけるのであれば、そちらの方がいいですからね」
「わかった、引き受けさせてもらう」
俺が了承すれば、大急ぎで受付の人は駆けていった。
その後、俺達四人はやや駆けながら、地下にある学院迷宮の入口へと向かった。
「な、なんだか、大変なことになっていますね。マリエットさんとミシェルさん、大丈夫なのでしょうか?」
ルルリアが不安げに零す。
「そうですわね……。教師の方々が動けば、悪魔自体はすぐに倒してくださるでしょうけれど。〈銅龍章〉持ちも、ちらほらといるはずですし」
ヘレーナの言葉に、俺は首を振った。
「〈銅龍騎士〉の教師は、元々数名だったはずだ。それに今日は休日……〈太陽神の日〉だ。すぐには連絡の付かない教師もいるだろう。それに悪魔は狡猾で手強い。一つの基準として〈銅龍騎士〉であれば
俺は口に手を当て、軽く俯いて考える。
学院の教師数名で、安定した悪魔の討伐と生徒の救助を目指せるかというと、かなり怪しいところなのではないだろうか。
教師の個別の力量を把握しているわけではないので、言い切ることはできないが。
「で、でも、フェルゼン学院長は、元〈金龍騎士〉ですわよ! あんなにムキムキなんですから、こんなときくらいあの筋肉を振るってもらわないと……!」
「……さすがに歳じゃねぇのか? あの気迫で弱いわけはねぇと思うけどよ」
ギランがヘレーナの言葉に目を細めた。
特に教師の中で一応は実力派だった、〈銅龍騎士〉のエッカルトが退職したばかり、ということも響いている。
人間性はともかく、
「俺が迷宮の中を見てくる。ルルリア達には、外で見張りを行っていて欲しい」
「ア、アインさん……でも、あまり噂になり過ぎると、何かご実家の方で厄介なことがあるんですよね? そのために〈Eクラス〉に入ったと……」
「……そう、だな。もしかしたら、今度こそ呼び戻されて、学院を去ることになるかもしれない」
前の〈Dクラス〉との決闘騒動では、俺はネティア枢機卿に呼び戻されることを覚悟していた。
結果的にエッカルトの実家であるエーディヴァン侯爵家が、彼の醜態が表沙汰になることを嫌ったためにそうならずに済んではいるが。
ただ、迷宮内で悪魔が発見されたという話は、すぐに広まることになるだろう。
下手に討伐を隠せば、生徒達の不安を煽ることにも繋がりかねない。
今回ばかりは少し危ういかもしれない。
「だが、いいんだ。俺はこの学院に、大切なものを幾つも教えてもらった。それを守るためなら、ここを去ることになったとしても別に構いはしない」
ネティア枢機卿の期待には反することになるが、友人を見殺しにするよりはずっといいと思えた。
「アインさん……」
ルルリアが寂しげに零す。
「なんか事情があるのはわかってたが、そんなにお堅いことだったのか。アイン、俺も連れてってくれ。いや、断られたってついていくぜ。これが最後になるかもしれねぇっていうのなら、絶対譲れねえよ」
ギランはそう言って自身の手のひらを拳で叩く。
「……悪魔は悪賢い。マリエットとミシェルが捕らえられている可能性もある。人質策への対抗手段として数がいるのはありがたいが、何が出てくるかわからない。それに、地下迷宮に修羅蜈蚣が出没したことといい、おかしなことが連続している。ここに裏があるのなら、危険なのは悪魔だけじゃないかもしれない」
「ハッ! 危険を恐れて騎士なんか目指せるかよ。勿論俺は行くぜ」
ギランは間髪入れず、そう宣言した。
「わ、私も行きます! アインさんに指南してもらって、少しはまともに動けるようになったはずなんです! 数の利があれば、敵を倒さなくてもマリエットさん達を助けて逃げられるはずですし!」
ルルリアも両手で握り拳を作り、ギランに賛同した。
「わかった、三人で行こう。ヘレーナ、見張りは任せていいな?」
「え!? え、えっと……わ、わわ、私も勿論行きますわよ! ヘストレッロ家流剣術を披露して差し上げますわ!」
「おい、ヘレーナァ……お前、別に無理しなくていいんだぞ? 無理強いしてるわけじゃねぇんだから」
ギランが言い辛そうな顔で、ヘレーナへとそう口にした。
珍しくギランがヘレーナに気を遣った。
「なっ!? ど、どうしてルルリアは止めないのに、私は止めるんですの!」
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