第67話

 俺は校舎横で、ギラン、ルルリア、ヘレーナを相手に模擬戦を行っていた。

 ここ数日、そういった機会が増えていた。

 元々ギランに稽古を頼まれてよく付き合っていたのだが、そこに流れでルルリアとヘレーナが巻き込まれたのが発端となり、以来頻繁に一対三の模擬戦を行う習慣ができていた。


 最初の内はヘレーナはあまり乗り気ではなさそうだった。

 ただ、修練後に俺がヘレーナのヘストレッロ家流剣術は奥深くていい剣術だと話したところ、鼻高々に嬉しそうにしており、最近ではルルリアを引っ張って自分から俺の許を訪れることが増えていた。

 ネティア枢機卿よりいただいた〈アイン向け世俗見聞集〉には、人を動かすには褒めるのがいいと書いてあったが、その意味がよく理解できた。


「うらァ!」


 俺はギランの連撃を最小限の動きで避け、死角に潜り込んであばらの付近を刃の腹で軽く打った。


「うぐっ……」


 ギランは唇を噛み、その場に膝を突く。


「ギランの反射神経と身体能力なら対応できたはずだ。攻めることに専念し過ぎて、隙を突かれやすいのが弱点だな。それがギランのスタイルだとも言えるんだが、さすがにもう少し守りも意識した方がいい。今のまま改めずにいると、もっと上のレベルで限界が見えてくる」


下級魔術ランク2〈ファイアスフィア〉!」


 ルルリアが俺の足許へと剣先を向ける。

 炎球が一直線に放たれる。


 狙いは悪くない。

 ギランと俺が衝突し、立ち位置が変わったところを即座に叩いてきた。

 共闘しているギランに絶対に当たらないタイミングで、少しでも俺の隙を突けるところを狙ってきた。


 身体を狙ってもいいとは言っていたのだが、足許狙いだったのはルルリアの性格上仕方ないことか。


「ただ、俺とギランの動きを予測して、もう少し早めに魔術を使えていたはずだ。戦闘中に相手が止まっているわけがないんだから。魔術は俺も得意ではないが、俺を狙うというより、俺の移動したい先に置いておくという意識の方がいいかもしれないな」


 俺は跳んで躱し、ルルリアへと一気に肉薄する。

 

「ふぇっ!?」


 ルルリアは構えていた剣を慌てて俺へ振るうが、さすがに遅すぎる。

 俺は当身で軽く彼女を突き飛ばした。

 ルルリアは尻餅を突いた。


「魔術を使った後への意識もまだ薄いな。対応させて隙を生じさせてから剣で追撃するのか、不利な間合いだと認識させて相手を動かしてからその動きを読んで次の手を打つのか、距離を置いて一方的に攻撃できる状態の継続を狙うのか。今のルルリアだと、魔術を使った後の動きが、場当たり的過ぎて一歩遅れている」


「は、はい……」


「私だけになった以上、もうこうなれば破れかぶれですわ!」


 ヘレーナが大振りの剣を振るってくる。

 剣の先端で狙ってきており、ヘレーナとの間に距離の開きもある。

 少し身体を逸らしただけで容易に避けられる一撃だ。


 だが、この攻撃は悪くない。

 この剣は、あまりに避けるのが容易く、その後にヘレーナの死角に回って優位な状態で攻撃を仕掛けることができる。

 誘い手なのだ。


 敢えて誘いに乗らずに剣で防ぎ、その後の展開にヘレーナが対応できるかを確かめるのも訓練としては有意義だろう。

 しかし、ここはヘレーナの思惑に乗って、避けてから王道に攻めることにする。


 俺はさっと躱し、王道的に死角から攻める。

 ヘレーナは素早く身体を回し、肘の位置を高くし、手首の関節を大きく曲げ、変わった姿勢で剣を構え、俺の刃を受け止める。


「ほう、そうやって受けるのか」


 奇妙な型だったが、考えなしにできる受け方でもない。

 一見無意味で隙の大きい初撃は、この形勢に持っていくための布石だったのだ。

 相手に攻めさせ、返し技を見舞う。

 それがヘレーナのスタイルだ。


「〈水鏡輪旋〉……んんん!?」


 ヘレーナの手首から、ゴキっと嫌な音が響いてきた。

 そのまま彼女は、頭の軌道で綺麗な半円を描くように地面へ横倒しになる。

 俺は慌ててヘレーナの二の腕を掴んで引き、彼女の転倒を阻止した。

 あのままであれば、頭を地面に打ち付けていた。


「だ、大丈夫か、ヘレーナ?」


「う、うう……び、びっくりしましたわ……。なんですの、アイン、今の技? 身体が地面に糸で引き寄せられるみたいな感覚でしたわ」


 ヘレーナは関節から奇妙な音が鳴った手首を押さえて摩る。


「それは俺のせいじゃないと思うんだが……」


 以前に〈Dクラス〉との試合で見たヘレーナの返し技、ヘストレッロ家三大絶技の一つ〈龍雲昇〉は、相手の剣を絡め取り、力の流れを制御して垂直に投げ飛ばすものだった。

 恐らく〈水鏡輪旋〉も、力の流れを制御する返し技だったのだろう。

 ただ、ヘレーナの返し技が中途半端に成功した結果、彼女でさえ想定していない異様な事態が発生したのだ。

 

「……どうにかなんねぇのかァ、ヘレーナのその剣はよ。あんな雑な大振りがあるか?」


 立ち上がったギランが、呆れたように零す。


「いや、あれは巧妙な誘い手だ。俺もヘレーナの戦い方を知らなければ、ただの雑な牽制だと思っただろう」


「そうなのかァ……? まぁ、アインが言うんだから間違いはねぇか。悪かったなァ、ヘレーナ」


 珍しくギランがヘレーナに謝った。

 ただ、当のヘレーナは首を傾げていた。


「誘い手……? 何が? 私が? どれがですの?」


 さすがの俺も意表を突かれた。

 目を見開いてヘレーナを見る。

 自身の顔が強張っているのを感じていた。


「……アインさんがこんなに驚いているの、私、初めて見ました」


 ルルリアが引き攣った表情でそう口にした。


 ほ、本当に、ただの偶然だったのか……?

 いや、さすがにそんなはずがない。

 恐らくヘレーナは、そもそもヘストレッロ家流剣術とやらの理合いを充分に理解しないままに、身に着けた型を使える状況に合わせて使っているのだ。

 

「しかし、失敗していたとは言え、そんな状態であんなスムーズな型の移行が行えるのか……? いや、逆か? 思考を挟まずに覚え込んだ型を感覚で使っているからこそのものだとでもいうのか? だが、さすがにそれは……」


 俺は手で口を覆い、自分の考えを整理する。

 下手にヘレーナに、彼女の剣の理合いについて口を挟まない方がいいのかもしれない。

 通常、理合いを学ばないままに型を真似た剣などロクな威力を発揮できないものだが、彼女の場合はそこについては特に問題はない。

 教え込まれた剣の型が正確無比なものだったためか。


 何よりヘレーナの剣技は、動きも構えも仕掛け方も独特で繊細だ。

 ただ、ヘレーナはあまり器用な方だとは言えない。

 思考を挟めば技の出が遅れる危険性もある。

 それを見越したヘレーナの師が、敢えて一切の理合いを教えずに感覚だけを研ぎ澄まさせてきたのかもしれない。

 やはり、ここに余計な口を挟むべきではない。


 しかし、ヘレーナの剣が未完成であることは間違いない。

 偽りの隙を作って攻めさせ、返し技で反撃するのが主流のはずなのだが、ヘレーナはその肝心な返し技が使えないのだ。

 結果として、ただ隙の大きい変な剣術となっている。


 俺もギランも何度も練習に付き合っているが、結局成功したところを見たのは〈Dクラス〉との戦いのときだけである。

 動きや反応自体はよくなっているし、先程のようにただの失敗でなく技の暴走のような事態が生じるようになったため、進展はしているはずなのだが。


「……アイン、やっぱり私、今からでも一般的な剣術を学んだ方がいいんじゃなくって?」


 ヘレーナが不安げに俺へと零す。


「いや、それは間違いなく勿体ない。ヘレーナは今の方面で大きく成長できる余地があるはずだ」


「ほ、本当かしら? フフン、まあ、アインがそこまで言うのなら……」


「それに、今から普通の剣術を学ぶと、恐らく変に混じって収拾がつかなくなる。完全にクセを抜くのにも、かなりの時間が掛かるだろう。その上で、一から身に着けた剣技で、他の生徒がこれまで人生を懸けて磨いてきた剣技と張り合わなければならない。とてもじゃないが、三年後の騎士団編入に間に合うとは思えない」


「……わかりましたわ。剣術流派を鞍替えするのは諦めますわ」


 ヘレーナはがっくりと肩を落とした。


 ヘレーナの剣術は、極めればいくらでも上を目指せる余地のある、いい剣術だとは思う。

 マナの成長限界や扱える魔技は、その大部分を才能に依存する。

 その分、純粋な技術を要する剣技は、修練次第で血筋に囚われずに高みを目指すことができる。


 ……問題は、ヘレーナの剣術がその方向性に特化しすぎていて、今の彼女では満足に扱い切れていないことだが。


 そのとき、慌ただしい様子で校舎から出ていく女の人が見えた。

 学院迷宮の受付をよくやっている人だ。

 ただ、様子がただ事ではない。


 目が合うと、相手はこちらを見て足を止めた。


「あっ! よかった、貴方達! 劣等……こほん、〈Eクラス〉の三人ね! 少し頼みたいことがあるんです!」


「あァ!?」


 ギランが目を細めて握り拳を作り、一歩前に出る。

 俺はギランの肩を引いて止め、受付の人へと顔を向けた。


「何かあったのか?」


「学院迷宮に、推定大鬼級レベル4の悪魔が出たんです!」


 大鬼級レベル4の悪魔……?


 通常、大鬼級レベル4というと、龍章持ちの騎士でも命を落としかねない魔物だ。


 中でも悪魔は、人間より凶悪な身体能力や特異能力、そして他の魔物にはない高い知性を有する。

 それ故、身を隠して人間から存在を隠し、低階層に潜んで迷宮内で罠を張ることがある。

 学院迷宮にいていいような存在ではない。


 悪魔がいたのが本当ならば、学院の教師陣から実力派を集め、討伐隊を組まねばならないような事態だ。

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