第64話
「三名よ」
後日、マリエットはミシェル含む取り巻きの女子生徒二人を連れて、学院迷宮へと向かっていた。
「C、〈Cクラス〉のマリエット・マーガレット様……! すぐに手続きいたします!」
迷宮の受付の女性が、マリエットへぺこぺこと頭を下げる。
「学院職員ならどっしり構えておきなさい。貴女の役割は、私達を統制すること。今の私は侯爵家の令嬢である以前にレーダンテ騎士学院の一生徒なのだから。そんな態度では職務に支障を来たすでしょう」
マリエットは呆れたように口にする。
受付の女は、彼女のその言葉にも頭を下げそうになっていた。
「と……最近、迷宮内の魔力場が少し乱れているようですのでお気を付けください。教師の方達が調査に入った際には安定状態の範囲内の数値だったそうですが、測定を行えたのは地下三階層までですから。下の階層で何かあって、上の階層に悪影響が出ることもあります」
「教師が魔力場の測定を? 何かあったのかしら」
「ええ、地下三階層で
「ふぅん……例のハートの魔石が発見されたのも、その影響なのね」
マリエットが呟く。
マリエットが学院迷宮を訪れたのは、先日〈Cクラス〉の食堂で耳にしたハートの魔石の噂が発端である。
何でも高学年の生徒が、地下三階層奥地でハート型の魔石を見つけたそうなのだ。
ハート型の魔石は、瘴気が結晶化する際の魔力場の偏りによって生じるという話であった。
一つ見つかったということは、他にも近辺に複数存在する可能性が高い。
そしてそのハートの魔石は、その形より恋愛に強いご利益があると噂されていた。
「……今更ですけど、マリエット様、やっぱりあのアインのことが好きになったんですの?」
ミシェルが恐々と尋ねる。
マリエットは呆れたように首を左右へ振った。
「はぁ、貴女も頭の中は恋愛事ばかりなのね。これじゃあ噂好きのクラスメイト達を笑えないわ」
「ち、違うんですの……?」
「当然でしょう。何を言っているのかしらこの子は。私は、私のやり方で前に進むことにしたのよ。マーガレット侯爵家のやり方じゃなくてね。力で押さえつけて服従させて、裏工作で政敵を沈めるのに躍起になるのは止めにしたのよ。私の実力と行動でクラスメイトを惹きつけて、敵は正面から堂々と倒すことにしたわ」
「それはいいと思いますけれど……えっと、それと今回のことに何の関りがありますの?」
「学院中の女子生徒が噂しているハートの魔石を手に入れれば、それだけで注目を集めることができるわ。何せ、ハートの魔石が欲しくても、地下三階層を自在に探索できる実力がなくて諦めている子は多いはずよ。〈Aクラス〉、〈Bクラス〉に対して、〈Cクラス〉のマリエットを意識させることができるわ。何より、クラスの女子生徒からの支持を集めるのにも丁度いいわ。今後は力づくではなくて、人望によってクラスを支配するつもりなんだから。これはその第一歩よ」
「そこまで考えていただなんて、さすがマリエット様ですの! よかったですの……てっきりマリエット様が、恋愛ごとに気を取られて迷走しているのかと……」
「はぁ……馬鹿にしないでちょうだい、ミシェル。私はマーガレット侯爵家の長女よ。色恋沙汰なんて生まれたときから無縁なの。婚姻は他家との繋がりを深めるための道具なんだから」
「あっ! マリエット様、だったら私にください、私に!」
マリエットとミシェルの話に、もう一人の女子生徒が割り込んできた。
彼女の名前はロゼッタ。
銀髪のツインテールをした、童顔で背の低い少女だった。
「どうして貴女にあげなくちゃいけないのよ。別の形でお礼はしてあげるわ。でも、ハートの魔石は私の人望集めのために有効活用するつもりなの。貴女にあげたら本末転倒じゃない」
「クラスメイトにプレゼントしたってなったら、きっと人望が深まりますよ! 私、カプリス王子の気を引きたいんです!」
「あの変人が好きなんですの……?」
ミシェルに尋ねられ、ロゼッタが頷く。
「はい! 格好よくて強いですし! 何より王族だけど、本人の性根がアレで倍率が低そうなところに惹かれます! 私でも頑張ったらワンチャンありそうです!」
「ロゼッタ……貴女、可愛い顔してなかなかえげつないことを言いますの……」
「元々私ってあんまり長く騎士をやるつもりはなくって、それよりこの学院にいる将来の龍章持ち騎士候補の殿方に唾を付けておきたいんです!」
ロゼッタの言葉に、ミシェルが頭を抱える。
「……でも、マリエット様。ロゼッタの恋路を応援するのは悪くないかもしれませんの。女子生徒からの人望を集められますし、もしカプリス王子とくっ付けるのに成功すれば〈Cクラス〉の切り札になりますの。カプリス王子は入学試験歴代一位ですが、その反面クラス点にはあまり興味がないという話……上手く利用できれば、大きな武器になりますの。ロゼッタのローベルン伯爵家はマーガレット侯爵家の傘下ですし、万が一婚姻までいけば卒業後の手札にもなるかもしれませんわ」
「…………」
マリエットはミシェルの言葉を聞いて、自身の胸許をぎゅっと掴み、唇を噛み締め、泣き出しそうな表情を浮かべていた。
「マリエット様……?」
「い、嫌……。だ、だって、もっと有効活用できる方法、他にあるかもしれないから……」
赤らめた顔で、絞り出すようにそう口にした。
ミシェルとロゼッタは、しばし言葉を忘れて、ぽかんとマリエットの顔を眺めた。
「そ、そうですよね! ごめんなさいマリエット様、私なんかが図々しくもらおうとしちゃって! もっときっと、他に何かありますものね!」
ロゼッタがマリエットの肩を掴み、彼女を慰めるように声を掛ける。
「……マリエット様、やっぱり、あのアインのことを気に掛けていらっしゃいますの?」
ミシェルが小さく、そう零した。
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