第63話

 〈Cクラス〉の寮棟の食堂にて、クラスの女帝であるマリエットと、彼女の取り巻きであるミシェルが顔を合わせていた。

 ミシェルが美味しそうにケーキを口にする前で、マリエットはぼうっとティーカップの紅茶に映る、自身の顔を眺めていた。


「紅茶が冷めますの。また考え事ですの、マリエット様?」


 ミシェルはケーキ片を呑み込み、マリエットへと声を掛ける。


「別に考え事というほどではないわ」


「そろそろクラス点を上げるための、次の計画を練った方がいいんじゃないですの? 最近はマリエット様があまり派手な行動をしないから、クラスの統制も乱れてきていますの。現状のままだと、敢えて〈Cクラス〉に入った意味がありませんの」


 元々マリエットは、充分〈Bクラス〉に入ることのできる実力を有していた。

 家柄も申し分ない。

 だが、〈Bクラス〉ではトップに立つことができない。

 マリエットは確実にクラストップに立ち、その実力で他のクラスメイトを従わせ、統制したクラスで〈Bクラス〉を蹴落とすことにしたのだ。


 彼女の実家であるマーガレット侯爵家は権謀術数に長けており、マリエットにもそういったやり方を求めていた。

 クラス内の貴族達を指揮してクラス対抗に挑むことは、権謀術数を磨くまたとない修練の場にもなるはずだったのだ。


「……わかっているわよ、そんなこと。今はあまり、そんな気分になれないの」


 前回の騒動で、アインにマリエットにそのやり方は合っていないので止めておけと、否定されたばかりだった。

 マリエット自身の性分に向いていないため中途半端になり、結果的に彼女の本分さえ充分に発揮できなくなっている、と。


「でも、今更そんなこと言って、どうするんですの? ご両親の意向に反することになりますの。今更クラスだって、どうしようもありませんし……。親衛の収集だって最近はまともにありませんの。これも統制の緩みに繋がっています」


「わかっていると、言っているでしょう。私だって、何も考えていないわけじゃないわ」


「親衛の男子だって、またマリエット様の椅子にされたいと……」


 マリエットが机を叩き、表情に嫌悪と羞恥の色を浮かべる。


「その男子って、誰のこと!? すぐに親衛から外すわ!」


 マリエットはそう怒鳴ってから溜め息を吐き、ようやく紅茶を口に含んだ。

 既に冷めており、少しだけ眉を顰める。

 ミシェルの「入れ直しますの」という言葉には何も答えず、暗い顔で小さく俯いた。


「ミシェル、貴女を巻き込んでおいて、今更揺れているのは、申し訳なく思っているわ」


「マリエット様、そういうわけではありませんの! ただ、私は、マリエット様がご実家からお叱りを受けるのではないかと不安なんですの。マリエット様が心から決めたことでしたら、私はどのようなことだって受け入れますの。でも、最近のマリエット様は、明らかに悩んでいますの……」


「ミシェル……」


 二人は互いの心意を確認するかのように、顔を合わせる。

 しばしの静寂が訪れた。

 

 上に立つ者は迷いを見せてはいけない。

 親友であるミシェルだけであればまだしも、マリエットが悩んでいるのは〈Cクラス〉全体に筒抜けであっただろう。

 自分がしっかりせねば、クラスはどんどん纏まりを欠いてしまう。

 そうなれば、自分が今後取れる動きも限定される。

 今後どうするであれ、早くに方針を固め、真っすぐと立っている姿を示さねばならない。


「……マリエット様、もしやアインのことが気になっているんですの?」


「かほぉっ! けほっ!」


 マリエットは紅茶が咽せ、苦しげに咳き込んだ。


「な、何を言うのかしら、ミシェルは! そんなわけがないでしょう!」


「どうにも私には、マリエット様が方針のことだけで頭を悩ませているようには思えませんの。確かに難しい問題ではありますけれど、私の知っているマリエット様なら、変えるなら変える、変えないなら変えないと、信念を持っているからこそ、そこに疑問が生じたのならばその場で決断して切り捨てることのできる強さを持っていますの。あれ以来、ずっと頭を悩ませているのは、方針以外に悩み事があるからではありませんの」


「ただの思い過ごしよ! いくらミシェルとはいえ、私のことを見透かしたように語って、好き勝手口にするのは許さないわよ! 私のこれまでのやり方は、家のやり方でもあるの! たとえ私に合っていなかったとしても、そう易々と切り捨てられるものではないのよ!」


「す、すいませんの、マリエット様……」


 ミシェルがマリエットへと頭を下げる。


「わかればいいのよ。まったく……ミシェルは恋愛脳なんだから。私だって人のこと言える状態ではないかもしれないけれど、この学院で気を抜くのは止めてちょうだい。この学院の生徒達は、未来の上級騎士候補よ。私達子息は、家の看板を背負っている。始まっているのよ、格付けは。私達は、それに出遅れている。色恋沙汰に呆けているつもりはないし、平民と婚約する立場でもない。婚約が決まる前に適当に遊んでおこうだなんて思えるほど、私は腑抜けてはいないわ」


「わかりましたわ、マリエット様」


 そのとき、同クラスの女子生徒の声が聞こえてきた。


「ね、ね! 噂のハートの魔石、本当にあるんだって! 迷宮の受付の人が言ってた!」


 二人の女子生徒が噂話をしている。

 その大きな声に、マリエットは冷たい目を向けた。

 だが、彼女達はマリエットの視線に気が付いていないようであった。


「食堂で煩い子達ですの、はしたない。注意しましょうか?」


 ミシェルが呆れたように零す。


「そこそこいい値で引き取ってもらえるらしいけど、私は見つけたら絶対アクセサリーに加工してもらうね! だって身に着けていたら、どんな恋愛だって叶うらしいんだもん!」


 女子生徒は楽しげに話している。

 ミシェルは彼女の様子に溜め息を吐いた。


「恋愛ごとに、迷信と来ましたの。おめでたい連中ですの。この学院での三年間がどれだけ大事なのか、きっとわかっていませんの。まったく……彼女達を導いていかなければならないと思うと、気が重くなりますの」


 ミシェルが首を振る横で、マリエットは厳しい目つきのまま立ち上がり、女子生徒達の許へとつかつかと歩いて行った。

 マリエットの様子に気が付いた二人は、表情を引き攣らせる。


「貴女達……!」


「マリエット様……! ご、ごめんなさい、煩かったですね! あの、静かにしますから……」


「その魔石について、詳しく教えてもらえるかしら?」


 マリエットの言葉に、二人の女子生徒がぽかんと口を開けて目を合わせる。


「マリエット様……?」


 ミシェルが疑心に目を細め、マリエットの背を見つめる。

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