第60話

 修羅蜈蚣の魔石を取り出した俺達は、地下迷宮を昇り、とっとと学院へと戻ることにした。

 帰路でも出くわした魔物を倒し、狼鬼級レベル3の魔石の数は合計五つとなった。


 入り口へと戻ると、受付は眉を顰め、怪訝な表情を浮かべていた。

 俺達に気が付いたらしく、こちらへ目を向ける。


「〈Eクラス〉の四人組……。無事に、大きな怪我もなく戻ってきましたか」


「なんだか難しそうな顔をしていたが、気になることでもあったのか?」


「実は貴方達と同学年のカプリス王子が、大怪我を負って迷宮から戻ってきたんです。クラスメイトの二人に担がれていて。まさかないとは思いますけど、人が人だけに、私にも何か飛び火するかも……。ああ、わざわざ休日に入出管理なんかさせられた上に、どうしてこんな心配までしないといけないの……」


 受付の人は、深く溜め息を吐き、力なくカウンターに拳を落としていた。


「……どうしたんですか、貴方達。気まずそうな表情をして」


 俺はちらりとルルリア達を振り返る。

 ルルリアは顔を蒼くし、ギランは目を逸らし、ヘレーナは顔を手で覆っていた。


 俺は首を小さく振って強張った表情筋を緩め、受付へと向き直った。


「いや、少し疲れているだけだ。まさか〈Aクラス〉の生徒が、そんな大怪我を負うとは。俺達も、迷宮ではもっと慎重に行動しなければな」


「アイン……貴方、肝が据わりすぎじゃなくって? 一番当事者なのに、よくもまぁ……」


 ヘレーナは俺の顔を見上げ、少し引き攣った表情をしていた。

 ギランがヘレーナを睨み、「余計なこと言うんじゃねえ」と、小さな声で彼女へと零した。


「魔石を換金して欲しいんだが、ここで頼めるのか?」


「貴方達まさか、魔石の換金目当てで学院迷宮に潜っていたんですか?」


 受付の人は、呆れたように口許を歪める。


「まさか、できないのか?」


「いえ……一応、受け付けてはいますけれどね……はぁ。学院迷宮の生徒への開放は、生徒に迷宮探索の訓練をさせる、というのが主な目的なんです。それに、あくまで教育機関の一環ですから、あんまり高値では引き受けてあげられませんし、そもそも学院迷宮は探索が進んでいて魔物化していない魔石がほとんどありませんから、魔石の換金目当てでの探索には不向きなんです」


「それは承知している」


「おまけに劣等……いえ、〈Eクラス〉の探索できる範囲なんて限られていますし、労力に見合った額にはなりませんよ……はぁ。まぁ、〈Eクラス〉には平民も多いですし、それくらいでも貴重なのかもしれませんが……」


「あァ!? なんだテメェ、喧嘩売ってやがるのか!」


 ギランが目を細め、カウンタ―を叩いて受付の人へと顔を近づける。


「なっ、なんですか! 私に暴行でも働こうものなら、すぐにトーマス先生に伝えさせていただきますからね」


「退学と引き換えに、嫌な奴一発ぶん殴れるなら悪くねえなァ!」


「悪いに決まってるでしょう! ちょっとアイン、ギランを押さえておいてちょうだい!」


 俺はヘレーナに従い、ギランの腕を押さえて前に出られなくした。

 ヘレーナはもがくギランを後ろ目に睨み、魔石を包んだ布を取り出してカウンタ―の上に置いた。

 五つの魔石が露になる。


 受付の人は警戒気味に腕を構えてギランを睨んでいたが、魔石の大きさに気が付くと顔色を変えた。


「こ、これ、まさか……全部、狼鬼級レベル3!? 〈Aクラス〉の生徒だって、一度の探索でこれだけの狼鬼級レベル3を仕留めるのは難しいはずなのに、こんな……!」


 目を剥いて驚いていた。

 カプリスとのトラブルで早めに戻ることになって、よかったかもしれない。

 

「貴方達……まさか、カプリス王子をぶん殴って奪ったんじゃないでしょうね?」


「違う」


 ヘレーナが横目で俺を睨んだが、気付かない振りをした。

 平静を装いはしたが、焦りで少し返答が早かったかもしれない。

 奪いこそはしていないものの、まさか殴ったことをピンポイントで当てられるとは思っていなかった。


「ま、まあ、既に一般騎士相手に互角以上に戦えるカプリス王子です。もしも不意を突かれたって、たかだか生徒相手に後れを取るとは思えませんけれど……」


 受付の人は、訝しげに魔石を手で転がし、本物かどうかを確かめているようだった。

 目盛りの描かれた板をあてがい、大きさを確認する。


「こ、これなら、合計十六万ゴールドで引き取りましょう。今年度では、最高金額です。……本当に、怪しいことはしていませんよね?」


「あとすいません、こっちもお願いします!」


 ルルリアが、抱えていた布に包んだ魔石をカウンターに置いた。

 修羅蜈蚣のものだ。

 受付の人は恐々とそれを眺めていたが、布を取ってその巨大な魔石を確認すると、「ひぃっ!」と声を上げた。


「これは、これはいくらくらいになりますか!」


「あっ、貴方達、そんなもの、どこで見つけたんですか!」


 受付の人は、声を震わせて修羅蜈蚣の魔石を指で示す。


「迷宮の地下三階層奥地で、巨大な魔物の死骸を見つけたんだ。そこから抉り出した。亡骸の魔石であっても、発見者のものでいいんだよな?」


「そ、それはそうですけれど……いえ、でも、この大きさ……大鬼級レベル4以上のものじゃ……。見たこともありません……」


 受付の人は、慌ただしくマニュアル本のようなものを確認し始めた。

 緊張のためか、手が小刻みに震えている。

 実際には大鬼級レベル4どころではなく、巨鬼級レベル5なのだが。


「いくらですか!? 何十万ゴールドになるんですか!?」


 ルルリアがカウンターを叩き、受付の人へと詰め寄る。

 ギランに詰め寄られても気丈に対応していたというのに、ルルリアの必死の形相に気圧されてか、大きく身を引いていた。

 目盛りのついた板を修羅蜈蚣の魔石にあてがい、マニュアル本をぺらぺらと捲る。


「せ、先生方に確認しないと何とも言えませんけれど……こ、ここ、これだと……マニュアルの基準に合わせると、四百万ゴールド程度かと……」


「よっ、四百万ゴールドですって!?」


 ヘレーナが声を上げる。

 ギランも表情を歪ませていた。

 二人共まさかそこまでだとは思っていなかったので、喜ぶ以前に思考と感情の整理ができていないのだろう。


「わ、わかりませんけれど……こんなの見たことありませんし……先生方に確認しないと……」


 受付の人が、困ったような声を上げる。


「よかったな、ルルリア。これできっと、仕送りも早速行えるはずだ」


 俺はルルリアの肩を叩いた。

 その瞬間、ルルリアの全身から力が抜け、その場に倒れそうになった。

 俺は慌てて彼女の身体を支える。


「ど、どうした、ルルリア!?」


 ヘレーナがルルリアの顎に手を当てて顔を固定し、瞼や額を触り、頬を軽く引っ張る。


「……気を失ってる……刺激が強過ぎたんですわ……」

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