第59話

「地下四階層は諦めて、今日のところは地上へ戻ることにしよう」


「そうですわね……。アインが派手に殴り飛ばしてくれたカプリス王子の件も、学院でどう伝わるのかわかったものじゃないですし、呑気に迷宮探索なんてしている場合ではありませんわ」


 俺の言葉に、ヘレーナが頷いた。

 俺はルルリア、ギランに目で合図をしてから、修羅蜈蚣の頭部を見上げた。


「……さすがに、こいつを持って帰るわけにはいかないな。魔石を取るだけでも手間が掛かりそうだし、持ち帰れば余計な噂の火種となりかねない」


 それに、巨鬼級レベル5の魔石はかなりの重量があるはずだ。

 抱えて地上まで戻るにはなかなか手間が掛かる。


「そうですよね……。あの、アインさん、あんまり自分のことが噂になるのを、よしとしていないんですよね?」


 ルルリアはやや口惜しげに修羅蜈蚣を見上げながら、そう口にした。


 俺がカプリス達に、学院長のフェルゼンとの約束であまり目立ったことができないと言っていたことを思い出したのだろう。

 いや、そうでなくとも、入学してから俺はずっとルルリア達と共にいたのだ。

 俺の言動から、何となく察してくれていたのかもしれない。


「そうだな。だから、この修羅蜈蚣はこのままにしておこう」


「仕方ねえが、勿体ねぇなァ。巨鬼級レベル5の魔物の魔石なら、かなりの値が付くだろうに」


 ギランの言葉に、ルルリアが彼を振り返る。


「どっ、どのくらいの値が付くんですか!?」


「あァ? 知らねえよ……巨鬼級レベル5の魔物なんざ、普通は個人で討伐されることなんざ、まずねえんだから」


「そ、そうですよね……」


 ルルリアはチラチラと修羅蜈蚣を見ていた。

 口の端からは少し涎が垂れている。

 よほど魔石のことが心残りらしい。


「まあ、たまたま死骸を見つけたと言えば、大丈夫だろう。ここで巨鬼級レベル5の魔物が出たということは、地下四階層で妙なことが起きているということかもしれない。俺達には、そのことを学院に喚起する義務がある。学院のことを想えば、修羅蜈蚣のことは結局明かさねばならない」


 地下四階層までは、学院の生徒も立ち入ったことがあったはずなのだ。

 何ならば、騎士団の調査は地下五階層まで進んでいる。

 その際に巨鬼級レベル5の魔物は発見されていなかったはずだ。


 単に以前の調査から期間が開いたために巨鬼級レベル5の魔物が自然発生したのだとは思うが、異常事態であることには間違いない。

 学院側に伝えておくべきだろう。

 それが冗談や見間違えでないと証明するためには、魔石を持って帰るのが手っ取り早い。


「ほっ、本当ですか!? 本当に持って帰るんですか!?」


 ルルリアは興奮気味に、両手をぱたぱたと動かす。

 喜んでもらえているようで何よりだ。


「ああ。ただ、なかなか骨のいる作業になるだろうから、ルルリア達にも協力してもらうぞ」


「任せてくださいアインさん! 私、なんでもやります!」


 ルルリアは両手で拳を握り、眉を引き締める。



 それから俺達は一時間以上掛けて、修羅蜈蚣の人面状の甲殻を剥がし、肉を抉り、ついに魔石を取り出した。

 ギランとヘレーナは、修羅蜈蚣の体液塗れになって床を転がっている。


「疲れましたわ……もう何もしたくない……。修羅蜈蚣の錆臭い匂いが身体から取れません……戻って水を浴びたいですわ……。ここから地上まで戻らないといけないだなんて、私、信じれませんのよ……。多少お金になったとしても、とても割りにあっているとは思えませんわ」


「まさか、たかだか魔石の取り出し作業に〈羅刹鎧らせつよろい〉を使うことになるたァ、思っちゃいなかったぜ……。アイン、俺はもう空っぽだ。悪いが、帰りは魔物に対応できねえ」


 ギランもヘレーナも、もうまともに戦えそうにない様子であった。


「やりました! アインさん、これです、これ! すごい、すっごい重たいです! 見てください! 魔石が、私の頭くらいあります! 巨鬼級レベル5の魔石って、こんなに大きいんですね! きっといい値がつきますよ!」


 ルルリアは紫色に輝く魔石を掲げ、大喜びしていた。

 彼女は人一倍熱心に作業を行っていたはずなのだが、妙に元気だった。

 決して軽くはない修羅蜈蚣の魔石を抱えて跳び回っている。


「アインがピンピンしてるのはわかるが、ルルリアまで体力お化けだったのか……」


「あの子……無敵ですの……?」


 ギランとヘレーナが、驚愕の表情でルルリアを見つめていた。


 ルルリアの笑顔を眺めていると、自分の表情も和らいでくるのを感じていた。

 皆で協力して魔石の取り出しを行えて、とても楽しかった。

 

 少し話し合い、ルルリアが修羅蜈蚣の魔石を抱えて運搬することとなった。

 今の疲れ切ったギランとヘレーナには、修羅蜈蚣の巨大な魔石を任せるのは酷だということになったのだ。

 魔物の対処に当たるために、なるべく俺の手は開けておきたかった。


「……しかし、大丈夫か、ルルリア? 重いだろう」


「いえ! この重みが心地いいので、問題ありません!」


 ルルリアは魔石を両手で抱えながら、笑顔でそう断言する。


「そ、そうか……」


「それより……その、いいんですか? 修羅蜈蚣の魔石の金額まで、四等分するなんて……」


 元々、俺には金銭に執着する理由はない。

 そもそも魔石の取り出しや運搬は、ルルリア達にも協力してもらっている。

 それに俺は金銭などよりも、皆で協力して魔石を取り出した想い出や、ルルリアの笑顔の方がずっと嬉しい。


「本当に、本当にいいんですか、アインさん? 巨鬼級レベル5の魔石なんて……き、きっと、これだけで数十万ゴールド行きますよ! ど、どうしましょう……ヘレーナさんと都市部へ遊びにいくためのお小遣いを稼ぐのが当初の目的でしたが、そんなにあったら、早速父さんと母さんに仕送りができてしまいます!」


 ルルリアは魔石を抱えて歩きながら、笑顔でそう語った。

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