第53話

 俺達は四人で並び、迷宮の通路を駆け抜けていた。

 以前の迷宮演習のときより、ルルリアの〈魔循〉も安定している。


 今回は急いでいるとはいえ、迷宮演習のときのような短期決戦ではない。

 このペースならば、俺が無理に背を押して急ぐ意味もないだろう。


「これまであまり気づいていなかったが、ルルリアの〈魔循〉の扱いも、かなり成長していたみたいだな」


 ルルリアは入学前より領主の伝手で〈魔循〉を扱える人間から手解きを受けてはいたそうだが、あくまで入学のための付け焼き刃だったという話だ。

 貴族として生まれ、幼少から剣を握ってきた人間に対しては大きなハンデとなる。

 それに彼女へ指南した人間も、教えることについては専門外だったはずだ。


 だから学院に入ってから本格的に教えてもらい、この短期間で大きく〈魔循〉の扱いが成長したのだろう。


「〈ファイアスフィア〉! 〈ファイアスフィア〉!」


 ルルリアは〈魔循〉の速度を保ちながら、通路先にいたゴブリン達を炎の魔弾で攻撃する。

 一体が床に倒れ、もう一体は武器を投げて逃げていく。

 ルルリアは床に倒れていたゴブリンの首許を、すかさず刃で抉った。


「魔石回収は、この階層では行わないんですよね? とっとと先へ急ぎましょうか! ゴールドは待っちゃくれませんから!」


 ルルリアは刃を振るって血を飛ばす。

 前回の迷宮演習の際より頼もしくなっている。

 やはり、ルルリアは大きく成長している。

 友人の成長に喜べるのも、学院の楽しみの一つなのかもしれない。


「……明らかに普段より動きがキレッキレですわ、ルルリア。普段が穏やかだったからあまり考えたこともありませんでしたけれど、随分とお金で苦労していらっしゃったんでしょうね。スラッグの漬物を何度か口にしていたと言っていたくらいですし」


 ヘレーナがルルリアの背を眺め、そう呟いた。


「凄まじい執念だなァ……。目的はなんであれ、ああいう奴は強くなるぜ」


 ギランが珍しくルルリアを褒めていた。


「どうしたんですか、三人共? ほら、早く行きましょう! 八万ゴールド溜めましょう、八万ゴールド!」


 ルルリアは剣を鞘へと戻し、ぐっと両腕で握り拳を作る。


 その後、俺達は無事に巨大な階段を見つけ、地下二階層へと降りることに成功した。

 地下二階層も大きくは地下一階層とは変わらなかった。

 纏まった量の魔物が出てくることが多少増えたが、大きな影響はない。

 ゴブリンの上位種であり、ゴブリンより大柄で力の強いホブゴブリンが出没したが、ギランがあっさりと棍棒を剣で弾き、相手を叩き斬った。


小鬼級レベル2の中じゃ最上級って話だったが、大したことねえなァ」


 ギランは不敵に笑ってそう口にした。


 続く地下三階層では、狼鬼級レベル3の魔物が現れた。

 バグベアという、黒い毛むくじゃらで大きな一つ目の鬼であった。

 鋭い爪を持ち、素早く壁や天井を跳び回る。


「グモッ、モッ、グモォ!」


 バグベアの奇怪な笑い声が響く。


「つ、ついに、狼鬼級レベル3が出ましたわ! 本当にここまで降りてよかったんですの!? 狼鬼級レベル3の魔物は、一対一で倒せるのはこのレーダンテ騎士学院の生徒の中でも、稀だと言われていますのよ!」


 ヘレーナはバグベアへと剣を構える。

 だが、構えがガチガチに硬くなっている。

 明らかに防御に徹しており、バグベアが飛んできてもまともに戦うつもりなどなさそうであった。


「来ましたね、三万ゴールド! 絶対逃しませんよ!」


 ルルリアが息巻く。

 ヘレーナがぎょっとした顔をルルリアへと向けていた。


「……正直、こんな化け物倒して三万ゴールドなんて、割りに合わないにも程がありますわ。狼鬼級レベル3の魔物を単騎で倒せたら、それだけで騎士としてやっていける実力があるとまで言われていますのよ。魔石の取り尽くされた迷宮なんて回っても効率が悪いというのは、こういう意味ですのね」


 魔石というのは、〈深淵〉の瘴気が結晶化したものである。

 多くは結晶化と同時に肉体を得て魔物の心臓となるが、小さなものであれば魔物化せずに迷宮に転がっていることもある。

 通常、迷宮探索は、魔物に対応しつつ後者のものを集めるのが基本であるらしい。

 ただ、この学院迷宮では、そのような魔石はとっくの昔に取り尽くされている。

 ヘレーナの言う効率が悪いとは、そういうことを指して言っているのだろう。


「バァア!」


 バグベアは素手で、ルルリアの放った炎の魔弾を掻き消した。

 その隙を突いてギランが斬り掛かるが、腕で受け止め、逆の手の爪で弾かれていた。


「チッ、腕でさえ叩き斬れねぇとは。後を考えると下手に消耗の激しい〈魔技〉は使いたくないんだが、あまり余裕もねぇみたいだな」


「バグベアは、狼鬼級レベル3の中でも硬い毛皮を持つ魔物ですわ! どうにか弱点の単眼を狙わないと無理ですわ!」


 ヘレーナが声を上げる。


 俺はバグベアの前へと滑り込み、耳の辺りを狙って刃を放つ。

 バグベアの頭部を切断した。

 単眼が上下で綺麗に分かれ、大量の血を噴き出した。

 バグベアの身体から一気に力が抜け、迷宮の床を激しく転がった。


「弱点の、単眼を……単眼……この倒し方だと、ちょっと関係ないですわね……」


 ヘレーナが自信なさげな様子でそう口にした。


「……やっぱりアインは規格外だな。マリエットの〈百花繚乱〉をぶっ壊したときにも思ったが、なんでそんなちゃっちい剣でバグベアの毛皮をあっさり叩き斬れるんだ?」


「ちゃっちい……結構、気に入ってるんだがな……」


 魔技〈装魔〉で刃を強化しているのは事実だ。

 そうでなければ、実際刃の方が曲がっているだろう。

 ただ、この剣はこの剣でそれなりに扱いやすくて、気に入っていたりする。

 斬れるものに限界はあるだろうが。


「さすがアインさん! 狼鬼級レベル3は魔石、取り出しますよね? 三万ゴールドですよ三万ゴールド! バグベアの魔石一つで、鶏の丸焼きが六つは買えます!」


 ルルリアは興奮気味の様子であった。

 俺は苦笑しながら、倒れたバグベアへと歩み寄った。


「そうだな。バグベアの毛皮は硬いから、俺が解体する」


 バグベアを見下ろしたとき、これまで来た通路の方から、風を切るような音が聞こえた。

 音は小さいが、だからこそ〈軽魔〉での移動の音だとわかった。

 人数は三人、か。


「どうしたアイン? 例の連中か?」


「ああ」


 俺は頷いた。

 どうにも、俺達以外にもこの学院迷宮に向かっていた人間がいるようなのだ。

 そして彼らはどうにも、俺達に近づきすぎないようにしつつ追い掛けてきているようだ。

 最短で下階層へと向かっているため、ルートがかち合うのは珍しくないとは思うのだが……。


 こちらから接触を図ることも考えたが、あまり時間的な余裕もない。

 彼らのために迷宮探索できる時間が減るのも惜しい。

 普通に考えれば、さほど警戒する理由はないのだが、どうにも不気味なものがあった。

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