第50話
放課後、俺はギランと並び、学院を出て寮棟へと向かっていた。
俺は悪寒を覚え、ついその場に立ち止まった。
「どうしたァ、アイン? 俺らのところは食堂狭いんだから、チンタラしてたら埋まっちまうぞ」
ギランの問いに答えるより先に、俺はギランの身体を突き飛ばした。
直後、ギランの立っていた位置に、一人の男が落下してきた。
衝撃で地面に罅が入る。
俺は校舎を見上げる。
窓が開いており、生徒達が唖然とした顔で俺達を見ている。
どうやら三階からここまで飛び降りてきたらしい。
「ほう、なるべく音を立てないように〈軽魔〉を駆使して来たのだが、よくぞ躱したものだ。やはりそちらが本命だったか、アインとやら」
男は立ち上がりながら、ゆらりと俺を振り返った。
相手は俺のことを知っているようだった。
紫色の長髪をした、色白の男だった。
制服を派手に着崩しており、胸元がはだけている。
ぎょろぎょろと動く目の下には、濃い隈があった。
「な、何事だ……?」
事態が呑み込めていないギランが、ゆっくりと立ち上がろうとする。
「そのまま地を這っているがいい。余の前で、頭を上げるつもりか?」
男の声に、ギランが表情を歪める。
だが、ギランは相手を見上げ、顔を強張らせた。
「お前……! カプリスか!」
「ギルフォード家如きが、余を呼び捨てにするか? 不快だ」
カプリスが大きな口を開け、攻撃的な笑みを浮かべる。
態度で察していたが、この男がアディア王国第三王子、カプリス・アディア・カレストレアらしい。
噂通り、いや、噂以上の危険人物だった。
「カプリス様は、俺達に何か用があるのか?」
「劣等クラスに、決闘で〈銅龍騎士〉に勝った男がいると噂に聞いてな。話に尾鰭がついただけだろうと思っていたが、どうやらその男は、〈Cクラス〉の干渉を跳ね除けたとも聞く。そのことについて、興味があって来たまでだ」
カプリスは剣を抜き、俺へと向けた。
どうやらエッカルトの一件について、他の生徒よりも情報を持っているようだった。
あのことは侯爵家の恥でもあるので、下手に噂をするのは生徒達も嫌がってくれるはずだ、という話であった。
だが、それも、王族であるカプリスには通用しない。
元々、貴族の事情にも明るいはずだ。
事態を朧気ながらに掴めていたとしても、おかしくはない。
「余と打ち合え。噂が本当ならば、余の暇潰し相手くらいにはなるかもしれんからな」
俺は周囲へ目を走らせた。
放課後すぐの学院外である。
当然、奇異の目が俺達に降り注いでいた。
「早く抜け、余の命令が聞けんのか?」
「悪いが、ただの噂だ。俺達は失礼させてもらう」
俺がカプリスへと頭を下げようとしたとき、カプリスは無言で剣を抜き、片手で素早く斬り掛かってきた。
一切の躊躇いがなかった。
ぎりぎりで避けて、有耶無耶のまま逃れるしかない。
そう考えて背後へと俺が身体を傾けたとき、ギランの剣が間に分け入った。
カプリスの剣を、ギランの剣が止めた。
「テメェ、頭おかしいのか! 急に飛び降りてきたかと思ったら、刃振り回しやがって! 王家だからって許されねぇことがあるぞ!」
「貴様のような雑魚ではつまらん、下がっていろ」
カプリスが剣を振るう手に力を込めた。
ギランが後方へ弾き飛ばされた。
「ガァッ! 俺が、片手相手に力負けした……?」
ギランは地面を転がり、膝を突いた姿勢を取り、カプリスを睨む。
対するカプリスは、ギランを片手で弾き飛ばしたことなど気にも留めていないようだった。
ギランへは目も向けない。
「ギルフォード家、それ以上来るならば腕を斬り飛ばすぞ。余の戯れを邪魔するな」
「テメェ……!」
ギランは剣を構えて立ち上がろうとして、背後から現れたルルリアとヘレーナに身体を押さえられていた。
「落ち着いてください、ギランさん!」
「相手は王族ですわ! 下手なことをしたら、どうなるかわかったものじゃありませんわよ!」
彼女達はギランを説得に掛かっていた。
「あそこまで馬鹿にされたまま、引き下がれるか! 魔技を使えば、力じゃ負けねえ!」
カプリスは騒ぐギランへ、一切視線を向けない。
全く関心がない様子だった。
「貴様なのだろう、アイン。余の勘は、ほとんど外れたことがない。劣等クラスの四人のどいつかだとわかった後、何となく貴様なのだろうと直感があった。そしてついさっきも、余の不意打ちに対応してみせた。何を隠す? 〈銅龍騎士〉に勝ったと噂の貴様がどの程度なのか、少し見てみたいというだけだ」
ここは人目があり過ぎるし、カプリスもきっと、ただの力試しでは済まさないだろう。
最初の奇襲といい、さっきの斬撃といい、まともな理性のある人物だとはとても思えなかった。
「余を傷つければ後が怖いとでも思っているのか? 無用な心配だ。余はそんなことで腹を立てるような、狭量な男ではない。それに、余は反応速度と〈魔循〉に生まれつき長けていてな? 物心ついてから一度として、傷一つ負ったことがないのだよ」
カプリスは不気味な笑みを浮かべ、剣を構える。
「まぁ、もっとも……勢い余って貴様を殺さんかということに関しては、保証しかねる。さあ、命を懸けて、余を少しは満足させてみるがいい!」
カプリスがそう高らかに宣言したとき、三人の教師が俺とカプリスの間に飛び込んできた。
内一人はトーマスであった。
「王子、お戯れはその程度にしていただけないか? 学院の敷地内で堂々と問題行動を起こされては、こちらとしても堪ったものじゃない」
「止めたいのならば、一人ずつ来たらどうか? 余に剣技を教示してもらうか、教師らしくな」
この期に及んで、カプリスは一切態度を改めない。
トーマスもドン引きしている様子だった。
「カッ、カプリス様! どうか、その程度に……!」
銀髪の女子生徒が大慌てで走ってきた。
「……チッ、シーケルが追い付いたか。振り切るためにわざわざ窓から跳んだというのに」
「すいません先生方、カプリス様が、ご迷惑を……!」
シーケルと呼ばれた女子生徒は、ぺこぺこと教師達へと頭を下げる。
俺とギランを見るなり、俺達にも頭を下げてきた。
「すいません、〈Eクラス〉の方々。私の目が届かず、王子がご迷惑を……」
「……止めよ。公爵令嬢が平民に頭を下げるな、恥だ。仮にも余の付き人として来ているのだぞ。この余にも恥を掻かせる気か?」
シーケルはカプリスを無視し、頭を下げ続けている。
カプリスは顔に不快感を露にし、剣を納めた。
「もうよい、萎えたわ。貴様ら、見世物ではないぞ、退け!」
カプリスは身を翻し、〈Aクラス〉の寮棟へと向かっていく。
「すいません、カプリス様には、これが一番効くんです」
シーケルは俺達と教師陣にぺこぺこと頭を下げた後、カプリスの後を追い掛けて慌ただしく走っていった。
教師達も大分対応に悩んでいたらしく、去っていくカプリスを前に、安堵の息を零していた。
嵐のような男だった。
しかし、今回は凌げたが……これでカプリスが諦めたとも思えなかった。
カプリスは離れたところからこちらを振り返り、ぎょろりとした目で睨んできていた。
シーケルがまともで助かったが、それでもカプリスを抑え込み続けられるとは思えない。
ギランが歯を食い縛り、地面を拳で叩いた。
皮膚が破れ、血が滲んでいた。
「……アイン、また修行を付けてくれ」
「それは構わないが……」
ギランの目線は、カプリスを睨んでいた。
片手で往なされたばかりか、全く眼中にもないという態度を取られたのが、ギランのプライドを深く傷つけたらしい。
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