第47話

「さて、自信満々だった割りにはこんなもんかよ? しょっぺぇ結果だなァ、マリエット」


 ギランの言葉に、マリエットは憎々しげに唇を噛む。


「も、申し訳ございませんの、マリエット様……」


 ミシェルはそう言って両膝を床に付け、マリエットへ頭を下げる。


「……私のミスよ、ミシェル。あんな馬鹿力だったなんて、想定してなかったわ」


「ハッ、余裕ぶっこいて取り巻きに投げた挙げ句、あっさり敗北するとは笑えるなァ。ルルリアをとっとと開放してもらおうか」


「マリエット様、今回はここで引いた方が……!」


 ルルリアを押さえている生徒が、不安げにそう口にした。


「黙ってますの! 私のせいで、マリエット様が劣等クラス相手に負けて引き下がっただなんて吹聴させるわけにはいきませんの! ここで下がってしまったら、次はありませんわ! マリエット様、私に挽回の機会を……! さ、さっきの勝負は、ただの力試しですもの! 負けたらルルリアさんを引き渡すだなんて、そんなお話はしていませんでしたの!」


 ミシェルが立ち上がり、剣を構える。


「……負けは負けよ、ミシェル。貴女は下がっておきなさい。家名だって持ち出したの、私に恥を掻かせないで頂戴」


「その家名のためですの! ここで引けば、士気を失いますの! この先、劣等クラスに追い落とされるようなことがあったら、マリエット様の御父上も哀しまれますのよ! 私が、その引き金になるわけにはいきませんの……!」


「そう、ね……。負けた空気のままは下がれない。次は私が出るわ」


 マリエットが顔を上げ、ギランを睨み付ける。


「チッ、結局テメェも出てくるのかよ」


「確かに、貴方が思ってたより強かったことは認めてあげる。でも、その程度の実力で、上級貴族のほとんどいない劣等クラスが、この学院でやっていけるとは思わないことね。遅かれ早かれ、どこかのクラスに従属しておくしかないのよ。それを教えてあげるわ。安心なさい、私が勝っても負けても、後ろの子は解放してあげるから」


 さすが大貴族の子女だけはある。

 相当に弁が立つ。


 マリエットの目的はわかる。

 呼び出して勝負を嗾けて、一方的に敗れたまま逃げ帰るというわけにはいかないのだろう。

 マリエットが勝って終われば、ミシェルが負けた事実は薄くなる。

 俺達に現実を教えてやるためという建前で戦いの続行を提案し、先にルルリアの解放を約束することで、向こうも面子を保っている。

 譲歩の仕方が絶妙だ。


「ハッ、いいだろう、乗ってやらァ! ミシェルもお前も、俺からしてみりゃ変わらねぇよ」


「止めておけ、ギラン」


 俺はギランを手で制した。


「おいおい、アインは俺がこんな奴に負けるとおもってんのかよ」


「〈|羅刹鎧〈らせつよろい〉〉のせいで魔力がないだろ? 〈循魔〉も、今やればかなり落ちてるはずだ。マリエット、〈|羅刹鎧〈らせつよろい〉〉の対策を用意していたくらいだから、そのことはわかってるだろ?」


 それに、マリエットは明らかにミシェルより強い。

 さっきミシェルを庇った動きを見るに、カンデラよりも上かもしれない。

 魔力が万全状態ならともかく、今の消耗したギランの勝てる相手ではない。


「俺が行こう。〈Eクラス〉に現実を見せてくれるってことなら、相手がどっちでもいいはずだ。それとも、弱ったギランじゃないと相手ができないか?」


「アインが行くっつうなら、任せるぜ。魔力が充分にねぇのは事実だ」


 ギランが下がってくれた。


「クラスの面子が大事なわけじゃないが、勝手に他所のクラスに従属したことにされるわけにはいかないんでな」


「どっちでも構わないわ」


「マ、マリエット様! ギランがあっさり他人に自分の代理を任せるなんて、妙ですの。あの男……相当な実力者なのでは?」


 ミシェルはそう言った後、背後で控えていた生徒達の方へと戻って剣を受け取り、それを俺の方へと投げてきた。

 俺の足許に、剣が転がる。

 古ぼけた、短い剣だった。

 刃は錆びついているばかりか、部分的に削られたように薄くなっている。


「へっ、平民の貴方には、その剣がお似合いですの!」


 マリエットはミシェルを振り返り、やや彼女を責めるように睨む。


「マリエット様……あの男、不気味です。ここは、マーガレット侯爵家の子女として、万が一でも負けるわけには行きませんの。無礼は後で、どのような形でも罰をお受けしますの」


 無礼とは、無論俺に対してではなく、マリエットに言っているのだ。

 この行為は、俺がまともな剣を手にしていれば、マリエットに勝つのは厳しいかもしれないと、そう口にしているのに等しい。


 マリエットはやや逡巡したが、俺へと剣を向けてきた。


「どうするかしら、アインとやら。……こちらには、人質もいることを忘れないことね。搦め手で不利になったとき抵抗できないのなら、とっとと〈Cクラス〉に従属しておくことよ」


「俺は構わない」


 俺は古びた短剣を拾い上げ、マリエットへと向けた。


「ま、それでどうしようもないっていうのなら、別に逃げたって構わないわ。今回はルルリアも解放してあげる。でも、そんな覚悟で下級貴族ばかりの〈Eクラス〉が、クラスの得点対抗を今後も乗り切ろうなんて、甘いってことを覚えておきなさ……なんですって?」


「この剣で構わない。そう言ったんだ。そろそろ昼の食事時だ、すぐに終わらせよう」

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