第46話

 ギランは剣を抜き、ミシェルの前に立つ。


「アイン、ヘレーナァ、下がってろ。すぐ片付ける」


 マリエットは勝負に乗ったギランを前に、笑みを浮かべる。

 

「フフ……ミシェル、わかってるわね? 絶対にここで負けるんじゃないわよ」


「わかってますの、マリエット様」


 マリエットの狙いは、ミシェルにギランを負かさせ、ギランの自尊心を折り、話を自分優位に進めることらしい。

 そして、その作戦は、恐らく有効だ。

 ギランは権威には屈しないが、実力主義者だ。

 剣で〈Cクラス〉の一般生徒に敗れれば、先程までのような強気の態度を維持はできなくなるだろう。


 だが、それも無論、ギランが敗れれば、の話である。

 ギランはカンデラに勝っている。

〈Cクラス〉生徒相手に、あっさりと敗北するようなことはないはずだ。


「来い、チビ女。一瞬で叩き潰してやる」


「では、参らせていただきますの」


 ミシェルが床を蹴り、ギランへと肉薄して剣を振るう。

 ギランはそれを大きく弾き、ミシェルの態勢を崩す。


 ミシェルの剣のガードが戻るより先に、ギランの凶刃が彼女を襲う。

 

「これで終いだぜ!」


 ミシェルは小柄な体躯を活かし、ギランと壁の合間を綺麗に抜けた。

 刃が壁に当たるため、ギランの剣は追い掛けられない。

 ギランは諦めて剣を引き、ミシェルへと向き直った。


「自信ありげでしたけれど、あれじゃギランの方が上ですわね。心配して損しましたわ」


 ヘレーナが安堵したようにそう口にする。


「場所が不利だな」


 俺の言葉に、ヘレーナがぎょっとしたように顔を引き攣らせる。


「ギランの剣は、やや長めだ。本人の戦い方も、速さより、力で押して相手の剣を弾き、有利な盤面を作ることに長けている。対するミシェルは、小柄で、刃もやや短い。おまけに素早く動いて、位置取りで優位に立つ戦闘スタイルだ」


「つ、つまり、それってどうなるのかしら……?」


「この狭い通路じゃ、ギランは思うように剣を触れない場面が多い。対するミシェルは、自由に動き回って、ギランが剣を触れない位置取りを好きに行える。……それに、彼女は、明らかに狭いところでの戦闘に慣れているな」


 ミシェルは、ただの〈Cクラス〉生徒ではない。

 ギラン潰しに特化している。


「ちょこまかと動き回りやがって……!」


 焦れたギランが、安易な大振りを放つ。

 ミシェルはそれを掻い潜り、ギランのすぐ目前へと入り込んだ。

 ミシェルの剣が、ギランの腹部へと振られる。


「チィ!」


 ギランは蹴りを放ち、ミシェルを牽制する。

 ミシェルは横に跳び、壁を蹴ってギランより距離を取り直した。


「こんなものですの、凶狼貴族も。今の、殺し合いなら最速の突きで当たってましたの。止めきれないから、見逃してさしげましたけど」


 ミシェルは肩を竦め、大きな声でそう口にした。

 明らかにギランの自尊心を挫くのが目的だった。


 ギランはプライドが高い。

 プライドが高い故に、自身に言い訳の余地を許さない。

 地形不利を取られているとはいえ、それを敗因だとはできないだろう。


「もう止めますの、ギラン? 私、貴方が少し可哀想になってきましたの。この調子だと、カマーセン侯爵家のカンデラも、案外大したことなさそうですの」


「いいぜ、本気でやってやらァ! 〈羅刹鎧らせつよろい〉!」


 赤い魔力が、ギランの身体を覆っていく。

 対峙するミシェルが、ごくりと唾を呑んだ。


「ミシェル、落ち着きなさい。無理して反撃に出ないで。速くなった分、どう足掻いたって剣の繊細さは落ちるわ。大振りが増えれば、ここではむしろ戦い辛い」


 マリエットが、ミシェルへとアドバイスを出す。

 ミシェルはそれに、小さく頷いた。


 やっぱり、〈羅刹鎧らせつよろい〉にも答えを出していた。

 回避に徹して、魔力切れを狙うつもりだ。

 カンデラと同じ作戦だが、カンデラと違い、この二人は〈羅刹鎧らせつよろい〉を舐めてはいない。

 警戒した上で、破れる技だと踏んで戦いを挑んだのだ。


「後で言いっこ無しなのは、マーガレット侯爵家様のお墨付きだからなァ。ぶち当たっても恨むんじゃねぇぞ!」


 速度と力の増したギランの刃が、ミシェルへと激しく襲い掛かる。

 ミシェルは紙一重にそれを躱す。

 一度剣で受けたが、彼女は大きく背後へ跳ばされていた。

 ミシェルの身体を避け、マリエット達が下がる。


「……魔力切れまで、あと三十秒程度のはずよ、ミシェル。そこさえ凌げば、〈魔循〉の乱れたギランを弄んでやれるわ」


 マリエットが小声でミシェルへそう零していた。

 ギラン対策が本当に徹底している。

羅刹鎧らせつよろい〉の発動時間もそうだが、狙いは勝ち負けだけでなく〈羅刹鎧らせつよろい〉で〈魔循〉の乱れたギラン相手に敢えて簡単に勝敗をつけず長引かせ、心をへし折るところにあったらしい。


「ギ、ギランの奴、大丈夫かしら?」


「大丈夫だ、ギランは強い」


 ヘレーナの言葉に、俺はそう答えた。

 ここまで対策を徹底していたとは知る由がなかったが、地形でギランが不利なのは、ミシェルの体格からわかっていた。

 それを指摘しても、ギランが勝負を降りないのもわかっていた。

 だが、俺には、ギランが勝つという確信があった。


「おらァ!」


 ギランの大振りを、ミシェルが後退して避ける。

 刃が掠った床が砕け、小さな亀裂が走っていた。


「……ここまで馬鹿力でしたの。でも、これであと十秒……」


「〈剛魔〉!」


 ギランの腕の筋肉が、目に見えて膨張する。

 大きく振るった剣は、天井に斬撃を走らせた。

 頭上より響いた轟音に、ミシェルが目線を上げる。

 割れた天井から、瓦礫が落下してきていた。


「ば、化け物ですの! 学生の膂力じゃない!」


 ミシェルは一瞬反応が遅れたものの、壁とギランの狭間へと跳び、瓦礫から逃れようと試みた。


「天井ごと斬れたのに、壁ごとぶっ壊せねえわけがねぇだろうがァ!」


 ギランが豪快に剣を振るう。

 刃は宣言通り、斬ってミシェルへ迫る。


「嘘ですの、こんなの……!」


 慌てて剣を縦に構え、防ごうとする。

 だが、ミシェルの頭へ瓦礫が落ちていく。


 マリエットが動いた。

 二人の間に跳び入り、ミシェルの身体を腕で後方に押し退け、落下してきた瓦礫を刃で叩き斬った。

 そのままギランの刃を受けようとしたが、体勢が不充分なこともあり、派手に腕を弾かれていた。


「どうした、マリエット。意気込んで負けそうになったからって、割り込んで有耶無耶にするつもりかァ?」


 ギランがマリエットを挑発する。

 マリエットはちらりとミシェルを振り返る。


「マ、マリエット様……」


 ミシェルは蒼い顔で、床に膝を突いていた。

 マリエットは安堵するように息を零し、ギランへと向き直る。


「……貴方の乱暴さに不安があったから、一応分け入って止めただけよ」


 マリエットは苦々しげにそう口にした。

 さすがに今の戦いが負けであったことは認めたらしい。

 ただ、このまま大人しく引き下がるタイプとも見えなかった。

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