第45話

「……下級貴族が、散々この私を待たせておいて、よくもそんな態度が取れたものね!」


 マリエットが前に出ようとすれば、〈Cクラス〉の生徒の一人がそれを止めた。

 背の低い、ツインテールの少女だった。


「マリエット様、敵のペースに乗せられてはいけませんの!」


「そうね……。別に私は、予定通りに事を進めればいいだけなんだから。感情に流されて、短絡的な真似を行動を取るところだったわ」


 マリエットは目を瞑り、何度も自身のこめかみを指で叩く。

 心を落ち着けているようだった。


「フン、下級貴族のギルフォード男爵家といえど、何度も上級貴族相手に刃向かっているだけあって、貴族間の衝突には慣れているようね。ポーズを通す姿勢は、相手の最適解を潰し、妥協範囲を広げる大きな武器になる」


 俺はちらりとギランを見た。

 ギランは眉間に皴を寄せ、マリエットを睨んでいた。

 マリエットの発言の意味を掴みかねているのだろう。

 ギランの遅刻は、ただのすっぽかしと寝坊でしかない。


「だけど、そんな上っ面の強がりがいつまで続くのか見物ね。心をへし折って……いや、磨り潰してさしあげましょう。二度と私相手に、こんなふざけた真似ができないようにね。ここならまず、人目にはつかないわよ」


 マリエットはそこまで言ってから、ヘレーナを睨む。


「……ところで、ギラン以外には口外するなと言ったはずだけれど? そこの男は何者かしら」


 マリエットの眼光に当てられたヘレーナがびくりと身震いし、俺の陰に隠れて肩を掴んだ。


「アイン、平民のアインだ。三人とは親友でな。俺が食い下がったから、ヘレーナも誤魔化し切れなかったんだ。安心しろ、ここにいる面子以外には、ヘレーナは口外していないはずだ」


「へぇ、堂々としてるのね。ギランもルルリアもそうだったけど、私達の学年の劣等クラスは、上級貴族相手に物怖じしない子が多いわね。そういう子は嫌いじゃないわよ。屈服させ甲斐があるもの」


「ルルリアを解放してほしいのだが、意図があって行ったものなのだろう? まず、条件を聞かせてもらえないか」


「そっちの犬と違って話が早くて助かるわね。フフ、私だって、あまり非道な手段は取りたくなかったのよ。どこかの誰かさんが、どうにも私と合うのを避けているようだったから、こういった真似をさせてもらったまでよ」


 マリエットはちらりとギランへ目をやり、彼を揶揄する。


「私はただ、落ち着いて劣等クラスの頭であるギランと話し合いがしたかったのだけなのよ。ギラン、貴方は少し思い上がりが激しすぎる。貴方の実力は認めるけれど、家柄の格を剣の腕で覆すには、この学院ではあまりに力不足なのよ」


「あァ?」


 ギランが殺気立つが、マリエットはそれを気に留める様子を見せない。


「リトルウルフという魔物を知っているかしら? 稀少な魔物なのよ。小さいのに、自身よりも体格の大きな魔物にも吠え付くから、人目につくより先に殺されてしまうの。貴方はリトルウルフよりは賢いでしょう?」


 マリエットは露骨にギランを挑発する。

 マリエットはギランが苛立つ様子を確認してから、くすりと笑い、言葉を続ける。


「クラスメイトを巻き込んで破滅するより先に、〈Cクラス〉の庇護下に入りなさい。そうすれば、〈Dクラス〉の反撃からも守ってあげるわ。貴方達にとって大事なのは、クラス点の順位を上げることじゃない、クラス点ワーストを回避した今の順位をキープすることよ」


「ハッ、言葉を取り繕おうが、お前の言いたいことは、都合のいい奴隷になれってことだろうが。お前の尻に敷かれてた、そっちの椅子奴隷共みたいにな。そんな窮屈なのはごめんだぜ」


「貴方、ルルリアを攫われて、成す術なく、言われるがままにここへ来たのでしょう? ギラン、貴方には私を前に、不遜を通すだけの実力はないわ。だからリトルウルフだと、そう言っているのよ。私に大人しく飼い殺しにされていた方が、幸せだというのに」


「よく言ってくれるなァ? お前らの実力なんざ、せいぜいカンデラ程度だろ? よくぞその程度の腕で、爵位に胡坐掻いて上から目線で騒げたもんだ」


 ギランがそう言ったとき、マリエットの口許が笑みを形作った。

 ……何か、妙だ。

 思えばマリエットは、さっきからギランの実力を揶揄する言葉を何度も挟んでいる。


「なら、教えてあげましょう。貴方の剣技が、〈Cクラス〉では通用しないことをね」


「へぇ、お前が相手してくれんのか?」


「まさか、劣等クラス相手に、私が出る幕もないわ。来なさい、ミシェル」


 ルルリアを押さえていた女子生徒、ミシェルは、別の生徒とルルリアの番を交代する。

 鞘から剣を抜き、ギランへと刃を向けた。


「任せてくださいの、マリエット様。劣等クラス代表くらい、すぐに片付けてやりますの」


「待て、私闘は禁じられている。どうしてもというのなら、立ち合い人の教師を立てた上で、模擬戦でも決闘でもやればいい。上級貴族相手では、ギランが勝っても難癖を付けられれば、不利になるのはこっちの方だ」


 俺はギランが乗り気になる前に、そう言って止めた。

 前回のような騒動は困る。


「マーガレット侯爵家の名に懸けて、そのような恥知らずなことはしないと誓うわよ。それに、私はギランに現実を思い知らせてやりたいだけよ。お互いの、今後の良好な関係のためにね。言い方は悪いけど、強者に媚を売るのはごく普通のこと……人は誰でも、自分より大きな権力によって作られた、システムや恩恵に寄りかかって生きているものなんだから。それを否定するのは、馬鹿のやることよ。貴方は現実が、しっかりと見えていないのよ。もっと楽な生き方があることを学びなさい」


 ギランはマリエットの言葉を聞いて、舌打ちをした。

 それから俺を僅かに振り返る。


「アイン、やらせてくれ。侯爵家が、家名を懸けたんだ。奴らにとっては、家のプライドが何より大事だからな。ここまで言った以上、余計な真似はしねぇさ。それに、こりゃ願ってもねぇ機会だ。自分達が家柄に守られてただけの雑魚だって自覚すりゃあ、ふざけた言葉も吐けなくなるさ」


「ギラン、貴方のその、思い上がりに裏打ちされた自尊心を、粉々にしてあげるわ」


 マリエットが目を細め、笑みを浮かべた。

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