第42話

 午前の座学が終わり、昼休憩となった。

 ルルリア達と食堂にでも向かおうかと考えていると、俺達の教室へと複数の足音が近づいてきていることに気が付いた。


「どうしましたか、アインさん?」


 ルルリアが首を傾げる。


「五人、こっちに向かってきている。一人二人ならよくあることだが、こうも団体なのは珍しいな」


「ま、まさか、またカンデラなんじゃ……」


 カンデラ……か。

 前の演習事件のほとぼりも冷めた頃合いといえばそうなのかもしれない。

 連中は俺達に顔を見せるのも恥だと考えているのかめっきりこちらには来なくなっていたのだが、怒りや恨みが勝ったのか。

 

 いや、しかし、それにしても足音が整い過ぎている。

 集団で行動することに慣れており、高い指揮能力を持つ人間が率いていることを示唆していた。


 率いているのは、教師か?

 胡散臭いものを感じながら、俺は扉を睨む。


 静かに扉が開かれる。


「マリエット様、どうぞ」


 開けたのは男子生徒だったが、真っ先に入ってきたのは女子生徒だった。

 三白眼が冷酷な印象を与える、黒髪の少女だった。

 初めて来た教室であろうに、立ち振る舞いも堂々としている。


 美人ではあるが、相手を威圧する雰囲気があった。

 彼女が教室内を見回すと、目が合った〈Eクラス〉の生徒は、魔物に睨まれたように硬直している。


 女子生徒は教室を見渡してから、フンと鼻で笑い、指を鳴らした。

 彼女に付き添っている四人の生徒の内の二人が動く。

 一人が床に丸くなり、もう一人がその背に乗って丸くなった。

 女子生徒は何の躊躇いも見せず、その上に腰を掛けた。

 懐より黒羽を重ねて作った優美な扇子を取り出し、自身を仰ぐ。


「〈Cクラス〉の、マリエット・マーガレット、マーガレット侯爵家の第一子よ。ギラン・ギルフォードはどいつかしら?」


 人間椅子の上で、マリエットは俺達にそう問いかけてきた。


「……この学院に入るまであまり見かけたことはなかったのだが、貴族とは、変わった人間が多いんだな」


「カンデラやアレと一緒にすんじゃねえぞ、アイン。せめて侯爵家に馬鹿が多いと言え」


 ギランは目を細めて苦々し気に口にした後、他の生徒達の視線を受け、嫌そうに前へと出た。


「……俺がギランだ」


「へえ、貴方が狂狼貴族の。なかなか男前じゃない」


 マリエットは唇で薄く笑った。


「貴方、劣等クラスでなかなか活躍しているそうね。迷宮演習で〈Dクラス〉を出し抜いて、決闘でカマーセン侯爵家の子息を圧倒し、エッカルトを自主退職に追い込んだと聞いているわ。入学試験の復讐かしら? さすが凶狼貴族……いえ、怖いわねぇ」


 入学試験の復讐というのは、ギランが試験官だったエッカルトに〈Eクラス〉へと落とされたことだろう。

 マリエットはそこまで知っているようだ。


 エッカルトの件は学院長のフェルゼンが隠そうと動いてくれていたが、時期が時期なので、さすがに噂が出るのを完全には止められなかったらしい。

 どうやら中途半端な形で伝わっているようだ。


「ハッ、何が言いてぇんだよ。こっちは腹減ってんだ、長話には付き合わねえぜ」


「クラス点に随分と拘っているようだったから、忠告しにきてあげたのよ。私達も、上から三番目だなんてつまらない順位で終わるつもりはない」


 マリエットは扇子を下ろし、口端を吊り上げて好戦的な笑みを浮かべた。


「教えてあげるわ、クラス点っていうのは、政治力と駆け引き、裏工作で積み上げていくものなのよ。貴族社会と同様にね。貴方方が私達の背を狙っているのなら、相応の覚悟をしておくことね。私は手段を選ばない。その位置で満足しておきなさい。でないと、ひどく後悔することになるわよ」


「なんだそりゃ、喧嘩売ってんのかよ」


「忠告してあげてるのよ。貴方が私に刃を向けたって、欠片も届かないどころか、痛い目を見るだけなんだから。お互いに損でしょう? 貴方方下級貴族にはわからないでしょうけれど、クラス順位は、大貴族の面子と意地、繋がり、利権が絡んでいる。下手なことをすれば、血を見るだけでは済まないわよ」


 ギランは溜め息を吐き、俺達へと振り返った。


「ご忠告結構。おい、アイン、ルルリア、とっとと行くぞ」


 ギランは俺達にそう言い、不機嫌そうに教室の外へと向かって歩き始めた。

 俺とルルリアは顔を見合わせた後、ギランへ続くことにした。


「ちょっ、ちょっと! 私をナチュラルに省こうとしないでもらえないかしら!」


 少し遅れて、ヘレーナが俺達の背を追い掛けてくる。


「き、貴様、マリエット様がわざわざ足を運んで、忠告に来てやっているというのに……!」


 マリエットの取り巻き達が殺気立ち、ギランを追い掛けようとする。


「構わないわ。私も、昼時に長話をするつもりはなかったから」


「は、はい! マリエット様!」


 マリエットは取り巻きを呼び止め、ギランへと目を向ける。


「ギラン・ギルフォード。私は貴方のことを、評価してあげてるのよ。貴方が私に服従を誓うのなら、悪いようにはしないわ。クラス外にも役に立つ手駒が欲しいのよ」


 マリエットはそこまで言うと、自身が座っている生徒の背へと手を掛け、爪を立てた。

 魔力が走っている。爪が学生服を裂き、肉を抉って血を流させた。

 生徒の小さな呻き声を聞き、マリエットは愉快そうに目を細め、爪に付着した血を舐めた。


「でも、敵に付くなら容赦しないわ。フフッ、この椅子の彼らも、元々は私がクラスの代表になるのに反対していたけれど、今はこの通りよ。返事はどうあれ、放課後すぐに裏庭の方へ来なさい。遅れたら怖いわよ。私、舐められるのって本当に嫌いなの」


 マリエットは凶相を浮かべ、ギランを睨み付けた。

 ギランはマリエットを振り返った。


「へぇ、その一点じゃ、気が合うじゃねぇか。いいぜ、マリエット。どうせ付き纏われるなら、とっとと決着つけてやらァ」


 ギランはそれだけ言うと、足を速めた。


「お、おい、まずいんじゃないか、ギラン?」


 俺はギランと並んで歩きながら、そう口にした。

 下手に戦いになったら、勝とうが負けようが、損をするのは俺達だ。


「爵位が上ってだけで、偉そうにしてる奴が嫌いなんだよ。怪我はさせねぇさ。エッカルト騒動みたいなことは俺だってごめんだ。だが、実力差を見せて黙らせてやるくらいはいいだろう。ああいう高慢な奴ほど、鼻っ面ヘし折りゃ大人しくなるもんさ」

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