第38話

 何打目になるかわからない剣を、エッカルトの腹部に叩き込む。

 エッカルトは膝を突き、息を荒げながら床へとへたばった。

 長い戦いのストレスと、自身の今後を考えた心労のためか、エッカルトの黒かった髪は、見事に白髪になっていた。


「まだやるか? エッカルト先生」


 エッカルトは答えない。

 

「しょ、勝者、アイン……」


「エドモン!」


 戦いを終わらせようとしたエドモンへ、エッカルトが怒鳴りつけた。


「エ、エッカルト先生……もう……諦めた方が……」


 何度目になるかわからない勧告を、エドモンが行う。


「黙れ、黙れ! ここまでやって、敗北は許されんのだ!」


「エドモン先生、俺は構わない」


 俺はエッカルトの傍に立ち、彼を見下ろした。


「う、ううう……!」


 エッカルトは震える手で剣を構え、ゆっくりと立ち上がる。


 俺が剣を構えると、エッカルトは身体をびくりと震わせ、背後へ退いた。

 エッカルトの本能が、既に俺と戦うことを拒否しているのだ。

 俺が剣をゆっくりと振るうと、エッカルトは剣を下げ、俺へと手を伸ばした。


「ア、アイン君……引き分け、引き分けにしよう!」


「なに?」


 俺だけでなく、訓練場に居合わせた者全員が、何を言っているんだと思ったことだろう。


「そう、そうだ! 妙案だ! 引き分けにしようではないか! 引き分け! 引き分け! それがいい! わ、私は上級貴族で、かつ〈銅龍章〉持ち……! 私が騎士学院で揉め事を起こした挙げ句に決闘で敗れて辞職したとなれば、エーディヴァン侯爵家と、騎士団の〈龍章〉の沽券に関わる問題である! 君達の価値と私の価値は、対等ではない! 私と君とで、ペナルティが違い過ぎる! それは不平等である! だから、引き分けにしようではないか! 引き分け! それがお互い、一番いいではないか!」


「言いたいことはそれだけか、エッカルト先生」


 俺は剣をエッカルトへと向けた。


「お、おおお、落ち着くのである! このエッカルト・エーディバンが! 君に譲歩してやろうと言っているのであるぞ! そ、それを、なんと無礼な……!」


 そのとき、訓練場の扉が開いた。

 二メートル近い巨躯を持つ人影がゆらりと現れる。

 この学院でこんな巨体を持つのは、学院長のフェルゼンくらいのものだった。


「随分と面白いものをやっておるようだな」


「フェ、フェルゼン学院長……! これは……これは、これは、その……ほっ、本日、生徒間の決闘があったのですが……それが終わった後に、生徒のアイン君に、稽古を頼まれまして……!」


 エッカルトは滝のように汗を流しながら、そう言い始めた。

 フェルゼンの前で決闘を明かせば、後で決闘の内容に白を切ることができなくなってしまうと、咄嗟にそう考えたのだろう。


「ふざけるなエッカルト!」

「あれだけやって、今更なかったことにできると思ってるのか!」

「決闘だろうが! 誤魔化すんじゃねえ!」


 だが、そのあんまりな態度に、〈Eクラス〉だけではなく〈Dクラス〉からもブーイングの嵐が出ていた。

 エッカルトはおろおろと生徒達へ目をやる。


「フム、生徒との決闘か。確かに校則では、生徒同士とは限定しておらんかったな。さて、どうした、エッカルトよ、続けよ。それとも、既に終わったのか?」


「う、うううう……! うわあああああああ!」


 エッカルトは俺へと剣を向け、突き出して飛び掛かってきた。

 剣の技術も、〈魔循〉の裏打ちもない、やぶれかぶれの攻撃だった。


 俺は力を込め、剣を振るう。

 エッカルトの模擬剣がへし折れ、彼の身体が訓練場の床へと叩き付けられた。


「勝者……アイン」


 エドモンがそう宣言した。


「引き分け……! どうか、引き分けだったことにしてくれ……!」


 エッカルトは床の上で丸くなり、涙を流しながらそう訴えていた。

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