第37話
俺は訓練場の中央で、エッカルトと向かい合った。
エッカルトは残忍な笑みを浮かべ、俺を睨んでいる。
「思い上がりが過ぎるぞ、アイン君! この私に、一対一の決闘を挑むなど!」
エッカルトが俺へと吠え、模擬剣を向ける。
「エッカルト先生、ご指導願おうか」
俺が模擬剣の先端をエッカルトへ向けると、彼のこめかみにくっくりと青筋が浮かび上がった。
「エッカルト先生……さすがに大人げがないかと。私も多少は〈Dクラス〉には有利な判定を出すとは約束したが、引っ込みが付かなくなってやり過ぎた。その上で、我々は完敗したのだ。ここは引き下がるべきかと。〈龍章〉持ちの騎士が、生徒と学院追放を懸けて決闘をしたなど、勝っても恥にしかならん。生徒の戯言に熱くなり過ぎだ。この条件は、了承しかねる。何より……後で、表立っての説明ができない」
エドモンが口にすると、エッカルトは模擬剣を床に叩き付けた。
「黙っているがいい! 決闘は教師の許可が必要だが、私が決闘を受け、私が決闘を認めたのだ! 生徒の戯言とはいえ、私は大人数の前で侮辱を受けたのだ。学生とて一切の容赦はせんぞ」
エッカルトはそう言うと、模擬剣を振るって床へと打ち付けた。
エッカルトはエドモンを睨み、目で急かす。
「そ、それでは……〈Dクラス〉の教師であり〈銅龍騎士〉であるエッカルト・エーディヴァンと、〈Eクラス〉の生徒であるアインの決闘を、開始する」
合図と同時に、エッカルトが、独特な歩術で間合いを詰めてきた。
側面から斬り込んできたエッカルトの刃を、俺の刃で弾いた。
エッカルトの二振り目を身体を引いて躱し、三振り目を剣で受け止める。
「す、凄い……! あいつ、〈銅龍騎士〉の刃を捌いてるぞ!」
「強い強いとは聞いてたが、ここまでだったのか!?」
観客の生徒達から、どよめきの声が上がる。
「なるほど……確かに君は、学生の枠を逸脱した実力の持ち主である。勘違いして、思い上がるのもまあ頷ける」
エッカルトは薄く笑い、再び斬り掛かってくる。
「だが、いつまで耐えられるか、見物であるな!」
エッカルトは速度を上げて攻め立ててくる。
剣の振り方が段々と複雑に、速くなっていく。
「どうした! 反撃に出る余裕がないかね、アイン君!」
エッカルトは連撃の中、身を屈めて俺の側面へと移動した。
「まさかここまでとは思っておらんかったが、これで終わりである。安心するがいい、アイン君。君を追い出した後……あの三人は、一人一人追い詰めてくれる。揃いも揃って、この私を、あれだけ虚仮にしてくれたのだからな!」
俺はエッカルトの剣を剣で防ぎ、そのまま軽く体重を乗せて押し返した。
「なっ……!」
エッカルトは背後に跳び、崩れた体勢を必死に持ち直し、俺の追撃を恐れて剣を防御に構える。
エッカルトは俺が追撃に出ていないのとを知ると、小さく息を吐いた。
「な、なるほど……油断が過ぎたようであるな。しかし、千載一遇の機会を逃したな、アイン君。今攻めていれば、まぐれが狙えたかもしれんというのに。ま……そんなものが当たったとしても、何故か入りが浅く、有効打にはならんかもしれんがなぁ?」
俺はゆっくり、エッカルトへ剣を構えた。
エッカルトは俺の様子を見て、表情を蒼褪めさせた。
「まさか貴様……攻撃に出られないのではなく、攻撃に出なかったというのか……?」
エッカルトは、自分の言葉が信じられない、というふうにそう言った。
「どうせお前は、本気でやらないと、負けたときに納得しないだろ? 早く全力で来い、エッカルト先生」
俺の言葉に、エッカルトが目を見開く。
「なんと、なんと……! 図に乗り過ぎたぞ……小僧が! いいだろう! 〈銅龍騎士〉の力を見せてくれる!」
エッカルトの纏う気が変化した。
これは〈軽魔〉か。
〈魔循〉以外の魔技を開放してきた。
身を屈めて床を蹴り、一直線に俺へと迫ってきた。
さすがにカンデラの〈軽魔〉とは熟練度が違うな。
俺の横に立ち、剣を振るってくる。
受ける直前で、一気に剣が重くなった。
「くらうがいい!」
俺はエッカルトの剣を、剣で防ぐ。
鋭い音が訓練場に響いた。
「なるほど、〈軽魔〉で位置取りをして、即座に〈剛魔〉に切り替え、か」
「王国騎士団の中でも、ほんの一握りしか実戦に活かせない高等技術であるが、よく防いだものだ」
「基礎に忠実な技だ。……その性格さえなければ、教師には向いていたのかもな」
エッカルトの顔の青筋が増した。
「これだけではない! 〈魔技〉の扱いに長けたものでなければ、この私の連撃は凌ぎ切れんぞ! 全力が見たいと言ったな? 見せてやる! 我が絶技〈時雨刃〉!」
エッカルトは俺から〈軽魔〉で離れ、地面を蹴って宙を舞う。
〈軽魔〉は身体を軽くするため、速さ以外に、跳躍力を引き上げる。
落ちてきたエッカルトが、俺の頭部目掛けて模擬剣を振り下ろす。
防いで弾けば、また〈軽魔〉で宙に逃れ、俺の死角を狙って剣を振り下ろしてきた。
俺はそれを容易く防ぐ。
エッカルトはまた宙に逃れ、剣を振るってくる。
俺はそれをも防いだ。
「なるほど、だから時雨か」
「なぜ、高速で死角を移動する動きを見切った上に、重力と〈剛魔〉の乗った一撃を容易く防ぐことができる……! まさか、こんなガキが、私以上に〈魔技〉に長けているというのか……?」
「エッカルト先生、俺は〈軽魔〉も〈剛魔〉も、使ってはいない。宙に跳んだ時点で、お前の取れる動きは限定される。速さがなくても、動きを読んで死角を潰すのは難しくない。そして別に、膂力強化に特化した〈剛魔〉ではなくても、この程度の衝撃なら〈魔循〉の基礎身体能力向上だけで対応は可能だ」
「ばっ、馬鹿な! そんな馬鹿げた話があるか! ただの〈魔循〉で受けきるなど、どれだけ莫大な魔力を秘めているというのだ!」
「不意打ちや咄嗟の一手としては使えないこともないが、何度も繰り返す技じゃない。一度見切られた時点で〈時雨刃〉は封印すべきだったな」
俺はエッカルトを剣越しに宙へと押し上げ、守りを擦り抜けて胸部を刃で打った。
エッカルトは受け身もまともに取れない姿勢で、床へと背を打ち付けた。
どよめきの後、訓練場に歓声が巻き上がった。
「す、凄い、こんなことってあるかよ!」
「〈銅龍騎士〉のエッカルト先生相手に勝っちまったぞ!」
エドモン含む審判員達は目を丸くして、茫然と口を開けていた。
「エ、エッカルト先生! 騎士団よりレーダンテ騎士学院の調査と改善の代表としてきた貴方が、こんな珍事で辞職になったら……私達は、どうしろというのですか!」
「ま、負けていない……」
エッカルトは力なく言い、剣を杖のようにして立ち上がった。
「そ、そうだ! 負けてはいない! 私は負けてなどいない! 今の一打は、浅かった……! 決定打とは言えん! 私は認めん! 私はまだ、負けてなどおらん!」
「む、無茶です! エッカルト先生!」
「俺は構わない」
俺はそう言い、エッカルトへ距離を詰め、剣を構えた。
エドモンがぎょっとした表情で俺を見る。
「〈Dクラス〉の生徒に、あれだけ往生際の悪い戦い方を強要してきたんだ。自分だけ楽に終わろうなんて、虫が良すぎる。立て、エッカルト先生。何十時間でも、何百時間でも相手してやる」
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