第36話

「大将戦は、〈Eクラス〉アイン……〈Dクラス〉、デップ・デーブドール」


 俺はデップと向かい合い、剣を構える。

 いよいよ〈Dクラス〉との団体戦も、この大将戦で最後の戦いとなる。


「頼む、頼むぞ、デップ君……。私には、もう、君しか希望がいないのである! 君ならば勝てると信じているぞ!」


 エッカルトが祈るように口にする。


「任せてください、エッカルト先生」


 デップは胸を張ってそう口にする。

 だが、カンデラに至っては既に戦いを見ていなかった。

 ぼうっと宙を眺めて、たまに小さく溜め息を吐いている。

 

「戦いの前に、言っておきたいことはあるか、アイン」


 デップが俺に指を突き付ける。


「ん? ああ、えっと……いい勝負しよう」


「フン、望むところだ」


「大将戦、開始……」


 エドモンが、団体戦最後の戦いの始まりを宣言する。

 開始と同時に、俺はデップへと接近して足払いを掛けて転ばせ、デップの背を剣で打った。

 勝負は一秒と掛からなかった。


「大将戦……勝者、アイン」


 エドモンは静かに、勝者の名を宣言する。

 エッカルトは顔を両手で覆い、その場に崩れ落ちた。

 さすがに無駄だと思ったのか、やり直しを要求してくることはなかった。


「これにて、〈Eクラス〉が三勝、〈Dクラス〉が一勝……。この団体戦形式の決闘は、〈Eクラス〉の勝利とする。よって校則に則り、迷宮演習での一件については〈Eクラス〉の言い分を認め、彼らへの退学等の処分は行わないものとする。また、〈Dクラス〉より妨害を仕掛けたものとして、彼らのクラス点に40点の減点措置を行う」


〈Eクラス〉の生徒達から、歓声が上がった。

 反対に〈Dクラス〉の生徒は、まるで葬式のように静まり返っていた。

 ただでさえ迷宮演習の完全敗北で、クラス点最下位に落ち込んでいたのだ。

 ここで40点もの減点を受ければ、〈Dクラス〉の再浮上は絶望的なものとなる。


「フン、勝手なもんだなァ。俺らのときは散々退学だのほざいていたくせに、連中に非があるとなっても、クラス点の処分だけとは」


 カンデラ達はがっくりと肩を落として床を見つめたまま、顔を上げなかった。


 ただ、俺達が退学になりかねなかったのは、無抵抗の、それも侯爵家であるカンデラを含む彼らを一方的に攻撃したと、そう思われていたのが原因だ。

 ただの演習中の喧嘩だったと証明されれば、妥当なところだろう。

 それに、カンデラはその件については主犯ではない。

 別に叩かなければいけない相手がいる。


「俺は元々、カンデラ達を退学に追い込みたくてやってたわけじゃない。皆が残れることになってよかったよ」


「チッ、まぁ、あんな小物共虐めても仕方ねぇわな。どうせ侯爵家の退学なんて、学院もできねぇだろうよ」


 ギランがカンデラ達を睨む。

 カンデラ達は何も言い返しては来なかった。

 さすがのカンデラも心が折れているようだった。


「みんなが残れることになって、本当によかったです……。私が負けた時には、もう駄目かと思いました……」


「フフン! 今回は私のお陰ですわね! もっと感謝してくれてもよろしくってよ!」


 ヘレーナが得意げに言えば、ギランが彼女の背を軽く叩いた。


「今回ばっかりは、ヘレーナのお陰だな。よくやってくれたぜ」


「ギ、ギランさんが私を褒めるだなんて、後が怖いですわ……」


 ヘレーナが怯えたように肩を狭める。

 ルルリアがヘレーナの手を取った。


「本当にヘレーナさんに助けられました、ありがとうございます……。ヘレーナさん、あんなに強かったんですね」


 ヘレーナは耳まで赤くして、落ち着かなさそうに眼をあちこちへとやった。


「や、止めてください、私、その……褒められるの、慣れてないんですの……」


「ええ……普段あんなに、褒めて褒めてって煩いですのに……」


 ルルリアが呆れたように眉を垂らす。


 これで、〈Dクラス〉との抗争には完全に決着が着いた。

 カンデラも、もう俺達相手に何かをする気力は残っていないだろう。

 降りかかる火の粉を防げれば、俺はそれでいい。

 

「待ってくれ、エドモン先生」


 俺は逃げるように去ろうとした、主審役だったエドモンを呼び止めた。


「な、なんだ、何か言いたいことでもあるのか?」


「校則の決闘を、このまま適用して欲しい。学院内の関係者であれば、誰に対してでも挑める、そういうことになっていたな?」


「はぁ……何をしたいのかはわからんが、相手が引き受けなければ意味がないのだぞ」


 エドモンが眉を顰める。


「エッカルト先生、俺はこの場で貴方を告発する。〈Dクラス〉の生徒に俺達を襲撃させ、魔物寄せの呪印文字ルーンまで持ち出した主犯であるとな。故に、貴方の辞職を求める」


 そう……校則では、決闘の相手は学生に限定してはいないのだ。

 詭弁のようなものだが、教師相手に成立しないという趣旨の内容は一切存在しない。


「な、なんだと……? 教師であるこの私に、決闘を挑むだと? どこまでもふざけた真似を……!」


 エッカルトの声は、怒りに震えていた。


〈Dクラス〉の生徒は、エッカルトのような人間がいなければ、せいぜいしょうもない嫌がらせが関の山だろう。

 だが、エッカルトは違う。

 彼は身勝手で、狡猾で、あまりに邪悪だ。

 放っておけば、必ず逆恨みで俺の学院生活を脅かす。


「調子づくなよ、クソガキ……! 君が強いと言っても、所詮は学生間のお遊びごっこだ! 学院教師など、大したことはないかと思ったか? 私は元々〈銅龍章〉を有する程の騎士であるぞ! レーダンテ騎士学院に、騎士の誇りを穢す平民が多く入り込んでいると聞き、それを正しに来たのだ!」


 エッカルトはそう言うと、エドモンが片付けようとしていた模擬剣を奪った。


「よかろう! だが、貴様にも、自身の退学を賭けてもらう! もう逃げられんぞ、アイン! エドモン、このまま審判を続行しろ!」


 エッカルトは興奮したように息を荒げながら、俺へと模擬剣の刃を突き付けた。


「ア、アインさん……それはさすがにまずいです! エ、エッカルト先生は、騎士の中の騎士……〈龍章〉持ちですよ! 魔石の真相は、トーマス先生達にお任せしましょう」


 ルルリアが不安げに俺へとそう言った。

 だが、それでは駄目だ。いつまで経ってもエッカルトは野放しのままになりかねない。


「大丈夫だ、すぐに終わらせる」

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