第35話

「副将戦は、〈Eクラス〉ギラン・ギルフォード……〈Dクラス〉、カンデラ・カマーセン」


 エドモンの言葉に、ギランとカンデラが剣を構え合う。


「つ、ついに、副将戦まで来ましたわ! ギランの奴、勝てますわよね? ね?」


「ここさえ凌げば、大将戦で負けることは絶対にないと思いますが……。アインさんが二度勝った相手とは言え、カンデラは間違いなく〈Dクラス〉最強の剣士です。向こうも勝算があって、対戦相手にギランさんを指名してきたはずですし……」


 ルルリアとヘレーナは、少し不安そうな様子だった。

 俺もギランが気を抜いていそうなのは多少不安だったが、心配はしていない。

 ギランは強い。

 

「お前ら、自由に対戦相手を選べたんだろ? ああ、隠さなくていいぜ、バレバレだからよ。だが、俺との戦いは、捨てるべきだったぜ? アイン同様になァ。先に二勝を取れずに、副将戦までもつれ込んだ時点でお前らの負けだ」


 ギランの言葉に、カンデラはわざとらしく首を振った。


「気付いていないのかい? ギラン……君は僕には、絶対に勝てないんだよ。一番最初に決めたのは、僕が君を相手取ることだった。確実に勝てる勝負だから。それに平民のルルリアに偽貴族の騎士爵令嬢ヘレーナじゃ、誰が行っても勝てるはずだったからね」


「ほう? 死ぬほどつまんねぇ戦いになると思ってたが、そこまで言うなら退屈させてくれるんじゃねえぞ、カンデラァ」


「別に隠すことじゃないから、教えてあげるよ。君が僕に勝てない理由をさ。ギルフォード男爵家の秘伝魔技、〈羅刹鎧らせつよろい〉だっけ? いや、あの魔力の鎧は凄いよねえ。真剣があったって、僕じゃ何もできないよ」


「あァ? 何が言いてえ」


 ギランが目を細める。


「君は他人に興味がなさ過ぎる。あのね、僕は〈軽魔〉が得意なんだよ。君が〈羅刹鎧らせつよろい〉を維持できるのは、たかだか一分前後だろう? 僕はその間、ただ〈軽魔〉で逃げ回ってやり過ごせばいい。そうしたら君は、すっかり魔力を吐き出して、まともに〈魔循〉だって維持できなくなる。そうすれば……」


「もういい、黙れ」


 ギランはカンデラの言葉を遮った。


「何……? おい、どういうつもりだ? ああ、わかった、今更必死に、状況のまずさがわかって、対策を考えてるんだ。劣等クラスらしい、負け犬の思考だね」


「審判、とっとと始めろ」


 ギランはエドモンを急かす。


「副将戦……開始!」


 エドモンはムッとしたように表情を歪めたが、すぐに開始を宣言した。


「さぁ、出してみなよ! 君の〈羅刹鎧らせつよろい〉をねぇ! 凶狼貴族如きじゃ、カマーセン侯爵家には敵わないって叩き込んであげるよぉ!」


 カンデラが〈軽魔〉を用いて速度を上げ、ギランへと間合いを詰めた。


「二つ、勘違いしてるぜ。俺は他人に興味がないんじゃねえ、雑魚に興味がねぇんだよ」


 カンデラの〈軽魔〉を用いた奇襲気味の一撃。

 ギランはそれを、難なく刃で防いでみせた。


「へ、へえ、初撃は防いだかい? でも、ここからはどうかな!」


 カンデラは再び〈軽魔〉を用いてギランの背後へと移動し、剣を振りかぶる。

 だが、剣を振るう手を慌てて変化させ、守りへと移行した。

 ギランの剣が、カンデラの剣へと打ち付けられる。


「ぐっ!」


「そんで二つ目の勘違いだ。お前の相手に〈羅刹鎧らせつよろい〉は必要ねえ。なんで俺の〈羅刹鎧らせつよろい〉を対策したら勝てると思ったんだ?」


 ギランの連撃がカンデラを襲う。

〈軽魔〉は体重を軽くするため、移動には使えても、攻撃の前には解除しなければならない。

 ああやって連撃を受ければ、カンデラの技量では〈軽魔〉を挟む余地もない。


「馬鹿な……ギランの剣がここまで鋭いなんて、聞いていない!」


「俺は連日、アインに訓練を付き合ってもらってるからなァ。まさか、入学当初と同レベルだと思ってたのか?」


「う、うう、ううう……!」


 ギランの連撃を受けるカンデラの顔から、どんどん余裕が消えていった。

 八打目で受け損ない、カンデラの剣が大きく後ろに弾かれた。

 ギランの剣が、カンデラの胸部を強く打った。


「うぐっ!」


 カンデラは床に膝を突き、その場に屈んだ。


「期待外れもいいところだなァ。終わったぜ、審判」


 ギランの声に、審判三人がおろおろと顔を見合わせる。


「まだだ! どう考えても、今の一撃は浅かったであろうが!」


 エッカルトが大声で叫ぶ。


「エ、エッカルト先生……ですが、このまま続けても……」


 カンデラが胸部を押さえながら、苦しげに口にする。

 間違いなく、まともに入っていた。

 模擬剣とはいえ、それなりに効いたはずだ。


「やるのだ、カンデラァ! 君が勝てると踏んで、受けた決闘であろうが! 君らはボロ寮に移って馬鹿にされるだけだろうがな、ここまでやって負ければ、私の名声は終わりなのだぞ! 逃げるつもりか?」


「じ、自己中クソ教師め……。僕は、カマーセン侯爵家の者だぞ」


 カンデラがぽつりと呟いた。


「い、今、何と言った!」


「やりますよ、やればいいんでしょう……!」


 ギランがゆっくりと立ち上がる。


「あ、浅かったため、今の打突は有効打とは認めない……」


 エドモンは、途切れ途切れにそう言った。


「別に俺は構わねえぜ。構えろよ、カンデラ」


「言われなくても……!」


 カンデラは肩で息をしながら、剣を構える。


「クソ……クソ……! こんなはずじゃ……〈羅刹鎧らせつよろい〉さえ使わせれば、勝てるはずだったのに……!」


「そうか、なら使ってやるよ」


「……は?」


 ギランの軽い答えに、カンデラがぽかんと口を開く。


「〈羅刹鎧らせつよろい〉」


 ギランの身体が、赤い光の鎧に包まれていく。


「し、しめた! 馬鹿め! 余裕振って余計なことをしたねぇ! 後は魔力が切れるまで逃げ回って、〈魔循〉が弱まったところを攻めればいいだけだ!」


 カンデラは〈軽魔〉を用いて、背後へと逃げようとした。

 事前の宣言通りの戦法を取るつもりらしい。


 ギランが地面を蹴る。

 蹴った地面が黒く焦げ、大きく窪んだ。

〈軽魔〉で距離を取ったつもりのカンデラへ、一瞬で肉薄した。


「う、嘘、だろ……?」


「勘違いは三つだったな。こんな障害物もねぇ訓練場じゃ、お前の〈軽魔〉では逃げ切れねぇんだよ」


 赤い光に包まれた剣の一撃が、カンデラの身体を吹き飛ばす。

 カンデラは三メートル以上転がり、壁に背を打ち付けて止まった。


「ぐうっ! がはっ!」


 カンデラが身体を大きく捻り、苦しげに喘ぐ。

 ギランはカンデラへ近づき、〈羅刹鎧らせつよろい〉を解除した。


「どうしたァ? 次は俺の魔力が減ったことに期待して、もう一度挑んでみるかァ?」


 審判達は、気まずげにエッカルトを見る。


「行け、行くのだ、カンデラ! 私達はもう、引き下がれないのだ! エドモン! 今のギランの一撃は、不充分な打突であった! そうであろう?」


 エッカルトが泣きそうな顔で叫んだ。

 エドモンが嫌そうに唇を噛んだとき、カンデラが首を横に振った。

 目から涙が流れていた。


「エドモン先生……これ以上、無意味にカマーセン侯爵家の名前に泥を塗れない……。お願いだ、終わりにしてくれ……」


「カ、カンデラ君! 何を言っておるのだ! 大将戦は、デップ君とアインであるぞ!」


 エッカルトが説得するが、カンデラは完全に戦意を喪失していた。


「副将戦……勝者、ギラン・ギルフォード」


 エドモンが静かに勝者の名を宣言した。


 これで二勝一敗となった。

 同点であれば〈Eクラス〉の敗北という取り決めになっているため、次の大将戦で全てが決まる。

 しかし、既に勝敗は決したに等しい。

 カンデラは最初から、俺との戦いは捨てていたのだ。


「提案がある。これ以上はやらなくても……」


 俺がそう口にしようとしたとき、デップが意気揚々と控えの場で素振りをしているのが目についた。

 どうやらこのまま逃げることはできないらしい。

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