第30話
エッカルトより指導という名目の脅迫を受けた翌日の放課後、俺達は〈Dクラス〉の教室へと出向いていた。
トーマスより聞いた決闘のルール……それを最大限に活かす方法を、俺達は思いついていた。
教室に入ったとき、エッカルトは口端を大きく吊り上げ、愉快で堪らないといったふうに俺達を見た。
「おやおや、誰かと思えば、劣等クラスの四人組ではないか。土下座でもして、許しを乞いに来たのかな? カンデラ君達に頭を下げてみるか? 彼らが許すというのならば、君達の退学の件を考えてやってもいい」
エッカルトに続き、カンデラ達もニヤニヤしながら俺達を見ていた。
俺達が何をしようと、カンデラやエッカルトが考えを改めることはないだろう。
媚びて無様を晒した俺達を笑い、それから容赦なく退学に追い込むだけに違いない。
「ルルリア」
俺はルルリアへと、目で催促する。
ルルリアは〈Dクラス〉生徒達の好奇の目にやや気後れしていたようだったが、俺の言葉に表情を引き締め、大きく頷いた。
ルルリアは懐より包みを取り出し、その中身を床へとぶちまけた。
鉱石の破片が辺りへと散らばり、エッカルトは顔を顰める。
「何のつもりだね? このふざけた真似は!?」
エッカルトは怒鳴った後、破片の正体に気が付いたらしく、額に皴を寄せた。
「すいません、手が滑りました」
ルルリアはエッカルトを睨みつけながら、そう大きな声で言った。
エッカルトから冷静さを奪うための算段であった。
俺やギランが言えば、意外性に欠ける。
ヘレーナが言えばふざけているように見える。
エッカルトに対して一番迫力を感じさせられるのは、ルルリアであると考えたのだ。
「それは……魔石……」
そう、エッカルトが用意した、魔物寄せの
エッカルトが迷宮演習でやらかした、最大の不正でもある。
奇襲性の高い闇属性の魔物であったため、死人が出ていてもおかしくなかったのだから。
「君達は、演習外で学院迷宮に入る許可をまだ得ていないはずであるが? これ以上校則違反を重ねたというのか! 何のつもりだ? 開き直って悪事を繰り返すとは、この歴史ある王立レーダンテ騎士学院を冒涜に他ならぬ! やはり来年からは、平民や下級貴族の入学を見直さねばならんようだ!」
エッカルトが声を荒げる。
「よくご存知でしたね。これが学院迷宮にあったものだと」
ルルリアの言葉に、エッカルトが目を細め、口許を歪める。
ルルリアの挑発に見事に引っ掛かってくれた。
冷静さを欠いたエッカルトは、急いて軽はずみに俺達を怒鳴りつけた。
「そうではないかと考えただけだ。それが、何だという? ふん、打てる手がなくなって、悪足掻きに言い掛かりとは。なんと惨めなこと……」
俺はルルリアの前に出た。
「この魔石は、トーマス先生が学院迷宮より回収してきてくれたものだ。俺の班はこの魔石のせいで災難に遭った。トーマス先生は、事情を知って、この件を調べてくれている」
「く、くだらん。学院迷宮は、古くは王家に仕える錬金術師の研究所があったともされている。魔物が奥地から運び出してきただけのことであろうに」
エッカルトは俺達から視線を逸らした。
「そう思っていない教師が、何人かいるようだがな」
俺の言葉に、エッカルトが神経質に瞼をひくつかせた。
レーダンテ地下迷宮の中に打ち壊して捨てていたものを、トーマスが探して来てくれたのだ。
ただ、これを用いてもエッカルトのやったことを実証することはできないと、悔しげに零していた。
何とでも言い逃れが可能であって、奴にとっての痛手にはならないだろう、と。
だから、有効活用することにした。
決闘の校則を通すには、エッカルトに脅しを掛け、彼の冷静さを奪う必要があった。
最後の言葉はハッタリだ。
この件を熱心に調べてくれているのはトーマスだけだ。
だが、ハッタリだとバレていもいい。
エッカルトの心の中に、本当だったらどうしようと、ほんの少しでも考えさせられればそれでいいのだ。
「んなもんはどうでもいいぜ。今回俺らが〈Dクラス〉に来たのは、カンデラのクソ共四人が嘘を吐いて俺らを貶めようとしていること、それについて追及しに来たんだよ」
ギランがカンデラを睨み付ける。
「おいおい、何を言っているんだい? 劣等クラスは、頭が悪すぎてお話にならないね。いいかい、僕と君達の話が並行線にしかならない。そしてエッカルト先生は、道理のある僕達の話を信用してくれた。それだけのことだろう? それをわざわざ追求って、どうするつもりなんだい? 馬鹿犬貴族のギルフォード家の君には、ちょいと難しかったかな?」
カンデラは自身の頭を人差し指で小突き、ギランをからかった。
「あァ、だから、決闘を申し込みに来た。校則というルールに則ってなァ! お前らのでっち上げと、俺らの話、どっちが正しいのか白黒付けようじゃねぇか」
「け、決闘だと?」
カンデラは眉を顰めた。
決闘の校則について知らなかったのだろう。
「教師立ち合いの許に模擬戦を行い、生徒間の約束ごとを遵守させる、あのくだらんままごと遊びこのことか。トーマスの入れ知恵だろうが、しょうもない悪足搔きだ」
エッカルトは馬鹿にしたように言い、それからちらりと、床に散らばった魔石の破片へと目にやった。
本来、カンデラ達には決闘を受ける理由はない。
だからこそ、ここで魔石をぶちまけてエッカルトに脅しを掛けたのだ。
教員会議までに俺達を大人しくさせておかないと、万が一の事態があるかもしれないと。
「誰が、誰にだというのだ? くだらんな、別に君達がカンデラ君やデップ君を黙らせたからと言って、他の班員の口を封じることはできん。別に決闘によって君達が誰か一人の証言が過ちだったと強引に認めさせたからといって、他に三人被害を訴える者がいる時点で、この件を誤魔化すことなどできはせんぞ」
エッカルトが、釣れた。
くだらないといいながら、俺達の考えを知りたがっている。
乗るつもりがないのであれば、とっとと切り捨てて話をしなければいいのだ。
魔石の脅しが効いている。
「決闘だと? 冗談じゃないぞ」
カンデラは俺を睨み、小声で呟いた。
目が合うと、舌打ちを鳴らして目線を逸らす。
また俺と戦わさせられることになると思ったのだろう。
自信家のカンデラも、二度の大敗で俺には敵わないと悟ったらしい。
「一人二人、じゃない。意見がいがみ合っている、〈Eクラス〉と〈Dクラス〉の、問題の班同士で、団体戦形式の決闘を行う。勝ち星が多い班の勝利としてな。纏めて偽証を認めさせないと、お互いに意味がない」
「決闘の、団体戦だと? 確かに班対抗でなければ、意味がない。しかし、そんなもの、聞いたことがない……」
エッカルトは意表を突かれたように眉を顰め、それから俺達へと目線を走らせる。
その後、カンデラ達へと目をやった。
勝てるかどうか、比べたのだろう。
「敗れた班は、迷宮演習での一件について、相手の言い分を完全に認めること。特に……俺達が敗れた場合は、その場で四人揃って退学させてもらう。どうせ、その時点で学院に残る希望はなくなるからな」
俺の言葉に、エッカルトが露骨に頬を上げて笑みを浮かべた。
リスクを払わねば、エッカルトは釣れない。
対人戦闘に長けた俺やギランだけが出れば、相手は最初から勝負には乗ってこない。
ルルリアやヘレーナが、〈Dクラス〉相手にどれだけ戦えるのかは未知数なところが大きい。
だが、元より順当に行けば、俺達の退学でお終いだ。
それに今の言葉でエッカルトは、俺達が決闘が終わってすぐいなくなるのであれば、魔物寄せの
被害者である俺達がいなくなる上に、迷宮演習の騒動について教員会議で話し合う機会もなくなるのだから。
「ふむ、面倒がなく、自分から退学してくれるというのは素晴らしい。自分から過ちを認めてこの学院を去ることで、君達の今後の人生にも役立つだろう。だが、しかしだ。言い分は我が〈Dクラス〉の生徒達のものの方が遥かに筋が通っている」
エッカルトは勿体振るようにそう前置きしてから、再び口を開いた。
「偶数人数というのは、同点になりやす過ぎる。どうかね? 論に〈Dクラス〉の方が道理があるということで、同点であれば〈Dクラス〉の勝利……というのは」
とんでもない条件を提示してきた。
同点が敗北ということは、四戦中三勝を取らなければならないということだ。
ただでさえ〈Dクラス〉は、〈Eクラス〉の生徒より入学時の成績で勝っているのだ。
俺はルルリア達と視線を交換し、頷き合った。
厳しい条件なのは間違いない。
だが、エッカルトに降りられれば、その時点で俺達はお終いなのだ。
それに、エッカルトは保身がちな性格だ。
ギランの剣の腕が立つことは知っている。
入学試験での彼の実力を見ておきながら、成績を大きく下げたのはエッカルト本人なのだから。
俺のことも、多少はカンデラから聞いていると考えるべきだろう。
ギランと俺で、二敗を想定していてもおかしくはない。
だとすれば、ここは折れなければ通せないところだ。
「……わかった、その条件でいい」
エッカルトは露骨に余裕の笑みを浮かべた。
「ふうむ、カンデラ君、どうであろう? 受けてあげてみる、というのは。迷宮演習で負った傷も、医務室に通って治癒魔術を受けて、概ね治っているだろう?」
エッカルトはパチパチと下手なウィンクをして、カンデラへと合図をする。
迷宮演習の怪我、か……。
元々、どの程度尾を引いていたのか怪しいものだ。
過剰に包帯を巻いて被害者振っているだけだろう。
「ええ、そうですね。それなら構いませんよ。こんな条件で、僕らが劣等クラスに負けるわけがありませんから。軽くわからせてやりますよ」
カンデラは笑みを浮かべてエッカルトへと言い、俺を睨み付ける。
「まさかこんな、報復の機会を持ってきてくれるとはねぇ、アイン。力及ばず悔しがる君達を、嬲り潰してやるよ」
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