第29話
俺達は教室に戻り、先程の一件をトーマスへと相談した。
「……エッカルト先生は、教員会議で俺達を陥れるつもりらしい」
「そこまで腐ってやがったとは……。同じレーダンテ学院の教師として、恥じる想いだ……」
トーマスは額を押さえ、首を振った。
それから深く息を吐いた。
「こんなことを口にすれば怒られるだろうが……フェルゼン学院長も、教師陣の血統主義派閥には押されがちだからな。数年前まではこうじゃなかったんだ。フェルゼン学院長が改善して持ち直してこの学院が権威を持つようになってから、一気にそこにあやかろうとするエッカルトみたいな貴族で溢れちまった。王国騎士団自体が貴族と結びつきが強過ぎて、どうにもならんらしい。これでもフェルゼン学院長は、かなり偏屈で我が強いタイプの方なんだがな」
トーマスは髪を掻いて二度目の溜め息を吐き、こんな愚痴を零しても仕方なかったな、と漏らした。
「教員会議で退学が承認されれば、まず覆らんだろう。おまけに会議は、エッカルトの属する血統主義派閥が幅を利かせてる。エッカルトが会議を開こうとすれば、最速で三日後には開かれるだろうから、それまでにどうにかせねばならんな……」
「元はと言えば、迷宮演習で、俺がエッカルト先生の思惑を妨害したのが原因だ。他の三人を巻き込みたくない。俺が退学になってもいい、どうにかエッカルト先生を納得させることはできないだろうか」
エッカルトがそもそもこんな凶行手段に出てきたのは、確実に大勝できるように仕組んでいた迷宮演習で大敗し、学院内での評判を落としたことだろう。
初回の演習でクラス順位が引っ繰り返るのは、過去に例がないことだとまで聞いた。
それだけの歴史的大敗だったのだ。
自尊心の塊のエッカルトが気に病んでいないわけがない。
そしてそんなことが起こったのは、学院にとって異物である、俺がいたせいなのだ。
俺がなまじエッカルトの罠を突破できる力を持っていたがために、彼の逆鱗に触れてこのような事態を引き起こしてしまった。
「な、何言ってんだアイン! お前がこんなつまらねぇことで辞めるなら、俺だってこんなとこ辞めてやらァ!」
ギランが声を荒げる。
「そうですよ! それに、確かに私ができたのは小さなことでしかありませんでしたけれど……皆で協力して、突破した迷宮演習だったじゃないですか! せっかくお友達になったんですし、そんな寂しいことを言うのは、止めてください……」
ルルリアが俺の手を取り、顔を覗き込んでいる。
真剣な、少し泣きそうな表情をしていた。
「そうですわよ! それに、私があのデップ・デーブドールを倒せていなければ、カンデラ達を撃退することはできなかったはずですわ! フフン、アイン、自分一人だけの手柄にしようったって、そうはいきませんでしてよ。こうなった以上、一蓮托生ですわ!」
「ギラン、ルルリア、ヘレーナ、すまない……」
「……そもそも、お前を退学なんかにしたら、この学院がどうなるのかわかったもんじゃないんだがな」
トーマスが小さく呟いた。
……どうやらフェルゼンから、ネテイア枢機卿のことで散々脅されているらしい。
だが、最悪フェルゼンが強硬手段を取れるにしても、あまり表立ってのそういった関与ができないのも事実なはずだ。
それに、フェルゼンが俺に気を遣っていることが学院中に明らかになれば、間違いなくネティア枢機卿はこの学院から俺を撤退させるだろう。
学院に溶け込むように務め、世俗を学ぶ。
それが俺に与えられた任務でもある。
問題ごとを抱え込んで学院長に助けを求めるなど論外なのだ。
「ちと強引だが……手がないこともない、か」
トーマスはしばし考えこんで沈黙を保っていたが、そう切り出して言葉を続ける。
「フェルゼン学院長は堕落したこの学院を持ち直すため、徹底した実力主義を目指して、大幅な改革を行った。そうして加えられた校則の中に、決闘というものがある」
「決闘……?」
俺の疑問に、トーマスが頷く。
「フェルゼン学院長は、とにかくやってみるという形で、色々な改革を行っていた。その中で生まれた校則で、実際適用されたことは過去に二度しかない。学院内の相手に決闘を挑み、相手が了承すれば、三人の教師の立ち合いの許で決闘を行うことができる。そこで勝てば、相手に最初に提示した条件を呑ませることができる」
そんな校則があったのか……。
「とはいえ、相手が了承し、立ち合う教師も納得してなければならない。無茶な条件は成立せん。過去に適用された際には、食い違った証言の決着を付けるために用いられた例がある」
「上手く行けば、カンデラ達に嘘を認めさせられることができるかもしれない、ということか……」
「そういうことだ。決闘で言わせた証言で教師であるエッカルトを追い詰めるのは難しいだろうが、少なくとも黙らせることはできる。形勢が悪くなれば、奴も保身で精一杯になる。こっちに手出しする余裕はなくなるさ」
「ということは、決闘の場にアインを持ち出せば勝ち確ですわね! なぁんだ、全然怯えることなかったじゃないですの!」
ヘレーナが安心しきったようにそう口にした。
だが、トーマスの作戦には大きな穴がある。
「……カンデラも、カンデラの周りの連中も、まず決闘なんて受け付けないはずだ」
カンデラは既に俺に二度敗れている。
わざわざこんな条件の決闘を受けてくれるわけがなかった。
それに、カンデラの取り巻きを一人黙らせたところで、エッカルトの思惑を確実に潰すことはできない。
嘘を認めさせるにはカンデラか、できればあの班全員が望ましい。
そんな都合のいい条件を呑ませるのは、あまり現実的だとは思えない。
「いや、やり方次第かもしれねぇぜ、アイン。勝てる戦いだと思わせりゃ、カンデラの奴でも釣れるかもしれねぇ」
勝てる戦いだと思わせる……か。
エッカルトも、自分が迷宮演習でやらかしたことが表沙汰になるのは恐れているに違いない。
だが、俺達を退学に追い込むには、自分から迷宮演習の件を掘り下げる必要がある。
教員会議では自分が有利だとはいえ、そこに多少の不安はあるはずだ。
決闘で俺達を安全に黙らせることができると踏めば、カンデラ達に決闘を受け入れるように指示を出すかもしれない。
「俺も、エッカルトが演習でやらかしたことを実証できないか、学院迷宮を調べてみる。お前達は、〈Dクラス〉の人間を上手く口車に乗せる方法でも考えておくことだ」
トーマスの言葉に俺達は頷いた。
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