第28話
俺達はエッカルトに連れられ、生徒の指導用の部屋へとやってきた。
「さて、と……。何故、君達が呼び出されたのか、わかっているであろうな?」
エッカルトの言葉に、俺達は沈黙した。
この面子ということは迷宮演習についてだろう。
エッカルトは、あの演習の結果に納得がいっていないようだった。
だが、どうイチャモンを付けるつもりか、なんてことまでは読めるはずもない。
「くだらねぇ、クソみたいな前置きは止めて、とっとと話したらどうだ?」
ギランが苛立ちを隠しもせず、エッカルトへとそう言った。
「ではそうさせていただこうか。君達は〈Dクラス〉の生徒に、迷宮演習の中で暴行を働いたであろう?」
ギラン、ルルリア、ヘレーナの表情が、一気に歪んだのがわかった。
俺もきっと、同じような顔を浮かべていることだろう。
確かに戦闘は禁じられていた。
だが、先に仕掛けてきたのはカンデラ達であったし、彼らの凶行にエッカルトが絡んでいることもほぼ確定していた。
あの迷宮演習について、下手に掘り下げられれば痛いのはむしろエッカルトや〈Dクラス〉のはずだ。
だからこそ、こんな手は打ってこないと思っていた。
しかし、どうやらエッカルトは、俺の想定していた以上にクラス点に、ひいては学内での立ち位置に重きを置いていたらしい。
いきなり迷宮演習で大敗してクラス順位降格の危機というのは、エッカルトにとってあまりに受け入れがたいことだったのだ。
先の一件は、エッカルトを随分と追い詰めてしまっていたらしい。
「直接的な妨害は禁止だと、トーマスから聞いていなかったか? 一年生が学院迷宮に立ち入るのは、あの演習が初だった。教師の目の届かない迷宮内では、死傷者を出す大事故に繋がる可能性も高い。君達のやったことは、〈Dクラス〉の生徒を死に追いやりかねない愚行だった、そのことがわかっているかね? 自分達の浅はかな行為が、どれだけの悲劇を招きかねなかったのか。君達は育ちが悪く、学がなく、それが故にあまりに想像力が足りない。だから平然と、恥知らずな真似が行えるのであろうな」
エッカルトはぺらぺらと語り、時に話しながら俺達を指で差して非難する。
これだから劣等クラスはと、大袈裟に嘆いてみせたりもしていた。
さすがに俺も腹が立ってきた。
自分のことを棚に上げて、なんてレベルではない。
最初から最後まで、全てエッカルトのことなのだ。
自分で気が付いているのだろうか? よくぞここまで言えたものだ。
面の皮が厚すぎる。俺の剣でも貫けないかもしれない。
エッカルトの言っていることは無茶苦茶だ。
だが、エッカルトも勝算があって言っているのだ。
だとすれば、少し厄介なことになっているかもしれない。
俺は開こうとした口を噤む。
何を認め、何を認めないべきか。
どう主張すれば有利に立ち回れるのか。
そこをしくじれば、本当に大変なことになりかねない。
「な、何の話か、わかりませんわ! 私達は、他クラスとの戦闘なんて、行っておりませんもの!」
ヘレーナがそう口にした。
止める間もなかった。
追い詰められれば、冷静さを失う。
仕方のないことだが、こうなった以上、完全否定は悪手だったはずだ。
戦闘は実際にあったのだから。
それを証明されただけで、俺達が嘘を吐いていたということになってしまう。
「ほう……行っていない……今、そう口にしたであるな?」
「え、えっと……」
ヘレーナが口籠る。
「エッカルト先生、戦闘は確かにあった。だが、それは……」
「そろそろ来ているかね? おい、入りたまえ!」
エッカルトは俺の言葉を遮って、扉へ向かってそう叫んだ。
扉が開かれる。
外には、カンデラとデップ、そしてあのときカンデラと同じ班だったらしき二人が立っていた。
二人は身体中に包帯を巻き、杖を突いて歩いていた。
あの時に重傷を負ったというよりは、このときのために負傷を過剰に装っているように思えた。
「今一度、君達の口から直接聞きたい。カンデラ君、戦闘はあったのかな?」
「いいえ、エッカルト先生。あれは戦闘ではありません。僕達は言いつけを守って、必死に説得を試みていたのです。劣等クラスの連中は、それをあろうことか、無抵抗な僕達を一方的に攻撃してきたのですよ。お陰で、この通り……酷い怪我を負わされました」
「……と、言うことだが? 君達は、この私に嘘を吐いたのかね? その場凌ぎの嘘など、フン、意味のないことを! 立場を更に悪くしたぞ。これだから劣等クラスの生徒は救いがたい。言い逃れは無駄だ、医務室の担当より、魔術や剣による傷であることはとっくにわかっているのだから」
「減らず口を! もっと酷い怪我を負わせてやろうか!」
ギランの言葉に、デップがびくりと肩を震わせ、カンデラに頭を叩かれていた。
「ギラン、落ち着いてくれ。騒いでも解決はしない」
まずい事態になった。
罠に掛けられたというよりは、最初から俺達があまりに不利だったのだ。
エッカルトは何でもやる男だ。
追い詰め過ぎるべきではなかったのかもしれない。
「確かに戦闘は行った。しかし、俺達が一方的に攻撃したわけではない」
「ほう? では、なぜ君達は軽傷か無傷の者ばかりで、カンデラ君の班員だけが重傷を負っている? 逆ならばわかるが……〈Dクラス〉の生徒が、劣等クラス相手に後れを取るわけがない。それが何よりの証拠だ。そうは思わないかね?」
エッカルトはしたり顔でそう語った。
「エッカルト、テメェ……!」
ギランが歯軋りしてエッカルトを睨み付ける。
エッカルトはギランの視線に対し、冷笑を返すだけだった。
「わかってるのか、カンデラ? エッカルト先生の言葉は、お前達をも馬鹿にしているんだぞ」
俺の言葉に、カンデラは顔を顰める。
デップがやや不安げにカンデラの顔を見る。
カンデラは鼻で笑い、一歩前に出た。
「何を言ってるか、さっぱりだな。何にせよ、アイン……君達は、ただじゃ済まないってことだ。この僕に刃向かった、君達が悪いんだよ! 平民の分際で、よくもこれまで僕を虚仮にしてくれたものだ」
完全にエッカルトの作戦に乗っかるつもりでいるらしい。
何を言っても無駄だ。
「カンデラ君は、特にカマーセン侯爵家の跡取りだ。平民や下級貴族に卑劣な手で負傷を負わされたとなっては、ご実家も黙ってはおるまい。学院の教師としても、この一件は見過ごすわけにはいかない」
「チッ、どこまでも見下げ果てたクソ野郎だ。卑劣も恥知らずも、お前のためにあるんだろうなァ、エッカルト!」
「挙句の果てには、罪を認めず、暴言を繰り返す……か。私としては穏便に進めてあげたかったのだが、反省の色なしとは。君達にはほとほと呆れ果てた。教員会議で君達の処遇は決定するが、四人揃っての退学もあると覚悟しておくといい。話はここまでである」
エッカルトは口端を吊り上げて笑みを浮かべる。
楽しくて仕方がないというふうだった。
ルルリアとヘレーナは、息を呑んで固まっていた。
……エッカルトは、徹底的に俺達を潰す魂胆らしい。
ギランは近くの椅子を蹴り飛ばした。
「俺が気に喰わねぇなら、俺だけ退学にでも何でもすればいいだろうが!」
「はぁ……そういう問題ではないのだよ。自分の何が悪いのか、まだ理解できていないと見える」
エッカルトはギランへと歩み寄り、彼のすぐ前で止まった。
顔を寄せ、耳許へと口を近づける。
「我々上級貴族に逆らったのがいけないのだよ。父親と揃って、本当に頭が悪いのことだ」
「テメェ……!」
ギランがエッカルトへと拳を振るう。
俺はその手首を掴んだ。
「止めるな、アイン! このクソ野郎は、俺が罪に問われてもぶっ殺してやる!」
「エッカルト先生、今回の件、下手に大事になれば、困るのはそっちじゃないのか?
このことを追求しても、躱されてこちらの心証を悪くするだけだと思っていた。
だが、こうなった以上、こちらも持っている札を全て切ることになる。
エッカルトは俺の言葉を鼻で笑った。
「何の話かさっぱりだな。劣等クラスの君達四人は、この学院を去る準備を進めておくがいい」
エッカルトはそう言い、部屋から出ていった。
「ハハハハ! 今度こそ終わりだな、アイン! 僕に逆らったことを、田舎に帰って一生後悔するといい!」
カンデラは勝ち誇ったように俺にそう言うと、〈Dクラス〉の三人に目配せして、部屋から出ていった。
「クソったれがァ!」
彼らが去ってから、ギランは壁を殴りつけた。
「ど、どうしましょう、アインさん。きっと教員会議でも、エッカルト先生は〈Dクラス〉に都合のいいことばかりを口にするはずです」
「……手が、ないことはない」
……できれば、学院長のフェルゼンには相談したくなかった。
フェルゼンはかなりネティア枢機卿に気を遣っているようであった。
俺が言えば、即日学院から叩き出してくれるかもしれない。
しかし、極力頼るなと、ネティア枢機卿から言われていた。
それに下手にフェルゼンが平民である俺に気を遣った采配を振るえば、そのことを怪しむ人間も出てくるだろう。
だが、それが元で俺がこの学院にいられなくなったとしても、ルルリア達に迷惑を掛けたくはない。
「ひ、ひとまず、トーマス先生に相談してみたらどうかしら? あの御方なら、変に大貴族の肩を持つ真似はしないはずですわ。エッカルトとも、どうやら不仲のようでしたし……」
ヘレーナの言葉に、俺達は頷いた。
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