第27話

 放課後、俺はルルリアに頭を下げていた。


「……手紙を出したいのだが、文面が全く浮かばない。協力してもらえないか?」


「アインさんが困っているのなら勿論相談に乗りますけど、そういうものは自分の言葉で書かないと意味がないと思うのですが……。書きたい内容がないのなら、短くてもいいんじゃないですか?」


 ルルリアが困ったように答える。


「しかし、そういうわけにもいかない。機嫌を損ねれば、どうなるかわかったものではない。あそこまで怒っているのは初めてだ」


名も無き四号フィーア〉は、〈幻龍騎士〉の中でも魔術の威力と規模に秀でている。

 彼女が本気で何かをしでかそうとすれば、止められるのはネティア枢機卿か〈名も無き三号ドライ〉くらいだろう。


「アインさんが、そこまで機嫌を気にする相手って……も、もしかして、恋人さんですか!?」


 ルルリアが声を大きくする。

 教室内の人間の目が、一斉に俺へと向いた。


「ど、どうなんですか?」


 ルルリアが真剣な表情で、俺へと顔を近づける。

 そこまで気にするポイントなのだろうか……?

 いや、確か〈アイン向け世俗見聞集〉には、女の子は恋の話が好きだと書いてあった。


「落ち着け、ルルリア。そういった仲ではない。教会で育てられた仲間で、家族のようなものだ」


「そ、そうでしたか……早とちりしました」


 ルルリアは安堵したように息を漏らした。


「家族のようなものでしたら、余計気にする必要はないと思いますけれど……」


「このままだと、実害があるかもしれない。事情があってあまり詳しく話すことはできないのだが、俺が入学してから連絡を取らなかったことに怒っているようだ。とりあえず書いてはみるが、助言が欲しい」


「それって、ちょっと拗ねてるだけじゃありませんか。可愛いじゃないですか。そう思い詰めて悩むことではありませんよ」


 ルルリアがくすりと笑った。

 近くで俺達の話を聞いていたギランが、真剣な顔で小さく首を左右へ振った。


「絶対そんな可愛いもんじゃねぇ。ちらっとだけ手紙が見えちまったが、かなりデケェ紙をしつこく折りたたんでて、細かい字がびっしりと書いてあった。キレてアレやってんなら、相当来てるぞ」


「ギ、ギランさんが、そこまで言うなんて……。でしたらちょっと、文面は考えた方がいいかもしれませんね」


 ギランとルルリアが深刻そうに頷き合う。

 ギランは俺以外とはあまり喋らなかったが、迷宮演習で仲間意識が芽生えたのか、最近はルルリアやヘレーナと普通に話をしていることも増えた。


 俺の問題に目前の二人が悩んでくれているのを見て、なんだか俺が夢見ていた理想の学院生活通りで嬉しくなってしまう。

 つい、口許が緩むのを感じる。


「……しかし、あの文字数は別にいつも通りなんだがな」


「あァ? 何か言ったか、アイン」


「いや、大したことじゃない。独り言だ」


 別のクラスメイトと話していたヘレーナが、鼻息を荒くして俺達の許へと向かってきた。


「あらあら、アイン! 地元の幼馴染から恋文が届いたって本当ですの! 大変ですわねぇ、ルルリア! 早速ライバルが出てきましたわよ!」


 何がそんなに楽しいのか、ヘレーナは満面の笑みでルルリアの肩を掴む。

 ルルリアは眉間に皴を寄せ、剣の鞘へと手を触れた。

 普段のルルリアからは想像もつかない険しい目でヘレーナを睨み付ける。

 その目には、若干涙が溜まっていた。


「……ヘ、ヘレーナさんが、しつこく誰が気になるかって聞いてくるから、強いて言えばアインさんって言っただけなのに……。ぜ、絶対、人には言わないって……あんなに約束してたのに……」


 ヘレーナが必死にルルリアの手許を押さえる。


「ほ、ほんの、ちょっとした冗談じゃないのですの! 貴女が過剰反応しなければ、誰も気になんて留めませんわよ! ね? ね?」


「ギランさん! ヘレーナさんの腕を押さえつけてください! 約束破ったら、指を落とすって話してたんです! この人はそのくらいしなきゃわからないんです! これは私とへレーナさんがこれからもお友達でいるためのケジメなんです!」


 ヘレーナの顔が一気に蒼褪めた。


「じょ、冗談でしょう! フン! わ、私は貴族よ! 平民の小娘が、そんなことをやって許されると……ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! お金でしたら、いくらでも払いますわ! 指以外でしたら何でも払ってみせますわ!」


 ルルリアはギランが協力してくれないと見て、自分でヘレーナの腕を押さえつけに掛かった。


「馬鹿やってんじゃねえぞテメェ! 落ち着きやがれ」


 ギランが慌ててルルリアの凶行を止める。


「何をそんなに怒ってるんだルルリア? ヘレーナの軽口くらい、許してやったら……」


「アインさんはわからないなら黙っててください! これは、私とヘレーナさんの問題なんです!」


 ルルリアはギランに肩を掴まれながらも、強引にヘレーナを机の上に押し倒す。

 それから改めて剣の柄を握り締めた。

 ヘレーナの目から涙が溢れていた。


「ちょ、ちょっとルルリア! 二度と、もう二度と言わないですわ! それは本当に洒落になりませんわ! ごめん、ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」


 そのとき、勢いよく教室の扉が開かれた。

 入ってきたのは〈Dクラス〉の担任、エッカルトだった。


 俺はギランと顔を合わせた。

 ギランは目を細め、小さく首を振る。

 エッカルトがやってきた理由に、ギランも見当がついていないようだった。


 エッカルトは、獲物を探す蛇のように、その黒目を教室中に走らせる。

 俺と目が合った。

 エッカルトは口を開き、邪悪な笑みを浮かべた。

 ロクでもない用事らしい、ということはすぐにわかった。


 トーマスがエッカルトの前に立った。


「何の用だ、エッカルト」


「何の用、か。フフン、トーマス君、私は、劣等クラスの卑しさを、弾劾するためにやってきたのさ。わからないか?」


「なんだと?」


「劣等クラスの人間は、生まれが悪く、知性に欠け、剣術も稚拙、魔術も使えず……。しかし、それだけであれば決して騎士を志す器ではないというだけで、まだ救いようはあるであろう。だが、他のクラスを妬み、不正を行ったとはな。ああ、なんと卑しいことか」


 エッカルトは芝居掛かった動作で、嘆くように手のひらで自身の顔を覆う。

 だが、手の下から、口端の吊り上がった口許が丸見えであった。


「言いたいことがあるなら、はっきりと言ったらどうだ? 何をしに来たんだ」


「言ったであろう? 弾劾しに来たのだ、とな。来たまえ、ギラン君、ルルリア君、ヘレーナ君……それから、アインくぅん。君達は、やってはならんことをしてしまったのだよ」


 どうやら随分と剣呑な雰囲気だった。


「卑しいのは、お前の品性だろうがよ」


 ギランがエッカルトを睨みつけて零した。

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