第21話

 迷宮の通路の先に、緑の醜悪な小鬼が四体並んでいた。

 ゴブリンだ。

 全員が手に棍棒を構えており、俺達を睨み、薄気味悪い笑みを浮かべている。


小鬼級レベル2の魔物が、四体も……! アインさん、交戦しますか? それとも、遠回りしますか?」


 ルルリアが俺に尋ねる。


「四体は、少し不味いですわね……。レッドスラッグを追う必要もありますし、帰りも考えると、ここで消耗するわけにはいきませんわ。遠回りをしましょう」


 ヘレーナがそう言った。

 

 だが、ギランは引く様子を見せなかった。


「アイン、右の二体を任せるぜ! こんなところで、タイムロスしちゃいられねぇだろ!」


 ギランは一方的にそう言うと、俺の返事を待たずに前へと飛び出した。


「そうだな。ここは突っ切るか」


 俺もギランに続けて前に出て、剣の一閃を放つ。

 二体のゴブリンを纏めて斬り、素早く剣を鞘へと戻した。

 上下に二分された二体のゴブリンの死体が、床を転り、その血を周囲へ散らした。


 俺はギランの方を見る。

 彼も既に、自分で引き受けた二体のゴブリンを倒し、剣を鞘へと戻しているところだった。

 片方は首を、もう片方は胸部を深く斬られ、迷宮の床にぐったりと横たわっていた。


「さすがアインだなァ、そんなナマクラで、骨までばっさり斬れちまうなんてよォ!」


 ギランの言葉に、俺は苦笑いを返した。

 褒めてくれているのはわかる。

 ただ、確かに王都で適当に見繕った剣ではあるが、それなりに気に入っているんだがな……。


「そ、そこまで強かったんですの、アイン……」


 ヘレーナはゴブリンの綺麗な切断を眺め、そう零した。


「ギランさんも……前の模擬戦の授業のときより、更に剣が鋭くなってる」


 ルルリアがごくりと息を呑んだ。


「ハッ、アインに稽古付けてもらってっからなァ。オラ、足止めてんじゃねえぞ! ゴブリンの魔石なんざ、わざわざ取ったって大した価値にもならねぇからな。先を急ぐぜ」


 ギランはルルリアを振り返り、上機嫌な様子でそう口にした。


「フ、フフ、これなら余裕ですわね……! 最初の迷宮演習でいきなり危険な魔物が出てくるような場所を探索させられるとは思えませんし、出てくる魔物はせいぜい今くらい。アインとギランがいれば、全く問題になりませんわ! これなら本当に、〈Dクラス〉の連中の鼻を明かしてやれるかもしれませんわ」


 ヘレーナが弾む声でそう言った。

 俺もなんだか嬉しくなって、笑みが零れた。


 多少贔屓があるとはいえ、〈Dクラス〉の生徒の地力は〈Eクラス〉を上回っているはずだ。

 加えて、エッカルトの卑劣な作戦によって、〈Eクラス〉はかなりの不利を背負わされている。


 しかし、ここまではかなり順調に進んでいる。

 討伐対象のレッドスラッグが出てくるエリアも近いはずだ。


「ん……なんですの、アレ?」


 ヘレーナが素っ頓狂な声を上げる。

 通路の先に、黒い光沢のある石が落ちていたのだ。

 

「闇属性の魔石か? それなりにサイズがあるな。なぜこんなところに……?」


 俺は走りながらも、顎に手を当てて考えた。

 確かに迷宮には魔石が転がっていることもあるが、それは採掘が進んでいない、未開のエリアに限るものだ。

 それに、あれくらい大粒の魔石であれば、瘴気が結晶化した際に受肉し、魔物化しているはずだ。

 

 教師が落としたのだろうか?

 しかし、こんな大きなもの、滅多に落とすものではないと思うが……。


 更に近づいたとき、魔石に傷が付いてるのが見えた。

 いや、これは、ただの傷ではない!

 魔力を込めて刃で刻んだ、呪印文字ルーンだ!


 呪印文字ルーンとは、魔石に文字を刻んで発動する魔法、もしくはその文字そのものを示す。


「魔物寄せの呪印文字ルーン……」


 俺は足を止め、魔石を拾い上げて一応確認する。

 間違いなかった。

 だとすれば、既に囲まれている。


 俺達の周囲に、十つの黒い影が浮かび上がった。

 影は蜘蛛の輪郭を象り、俺達を囲む。


 影に潜む大蜘蛛、スキアーだった。


「む……スキアーが出るのか?」


 スキアーは複数で出現すれば、一般騎士でも苦戦しかねない相手だ。

 低階層の、それもこんな学院迷宮でいきなり出るような魔物だとは思えなかった。


 呪印文字ルーンには、かなり大粒の闇属性の魔石が用いられていた。

 あれに引き寄せられ、本来この階層には立ち入らないスキアーが寄ってきていたのだろう。


 スキアー達は音を立てずに動き、俺達へとゆっくり近づいてくる。


「レッ、中鬼級レベル3下位の魔物です! それも、こんなに大群で! ど、どうして……こんなの、一年生の演習のレベルを遥かに超えている……」


 ルルリアが真っ蒼な顔で剣を構える。

 だが、手が震え、まともに握れないでいるようだった。


 ギランも冷や汗を垂らしながら、スキアー達へ剣を向けていた。


「チッ、なんでこんなのがいやがるんだよ! 俺とアインで引き付けるから、お前ら二人は逃げろ!」


「わ、私だって、戦えます! 魔法には自信がありますから!」


 ルルリアが剣を構える。

 ヘレーナはギランの言葉に一瞬逃げようとしていたが、ルルリアの様子を見て、震える手で剣を構えた。


「やや、やってやりますわ! 逃げるときは、皆さん一緒に、ですわよ!」


「ふむ……迷宮演習は、思ったよりも厳しいんだな。これは少し、配置ミスだと思うんだが。一般騎士でも死傷者が出かねないんじゃないのか?」


 俺は顎に手を当てて、呟いた。


「えっ、演習なわけがありませんわよ! 手違いか、落とし物かはわかりませんけれど、演習内容ではないことだけは確かですってよ!」


 ヘレーナが俺へと叫ぶ。

 そのとき、俺達を囲んでいたスキアー達が一斉に動き出した。


 ギランがスキアー達の群れに飛び込み、ルルリアが炎の魔法を放つ。

 ヘレーナは泣きじゃくりながら、出鱈目に剣を振っていた。


 俺は呪印文字ルーンの刻まれた魔石を宙に投げ、剣の柄で叩き壊した。

 とりあえず、これがあればいくらでも魔物を引き寄せることになる。


 その後、俺はスキアーの群れへと斬り掛かった。

 ヘレーナの近くにいた個体を斬り、次にルルリアの魔法を掻い潜って接近していた個体を斬る。

 ギランと交戦していた二体のスキアーを斬り、残っていた個体へと剣を向けた。

 二体はびくりと身体を震わせ、素早く闇に溶けるように逃げていった。


 ヘレーナとルルリアは、茫然と固まっていた。


「か、下位とはいえ、中鬼級レベル3の魔物の群れが、一瞬で……」


「強いとは思っていましたけれど……アイン、貴方、ここまで出鱈目でしたの?」


 俺は剣を柄へと戻し、深く息を吐いた。


「俺も油断していた。迷宮演習は、思いの外にレベルが高いんだな」


「そんなわけありませんわ! あんなのと正面から戦わさせられたら、生徒どころか教師だって死にかねませんわよ! 貴方、少しズレてるんじゃなくって!?」


 ヘレーナが懸命に俺へと説明する。

 やっぱりそうか……。いや、俺も少しはおかしいとは思っていた。


「さすがアインだ。あれだけ相手にして、ものともしてねぇとはよ」


「ギランさんは、どうしてさも当然のことのように語っていられるんですか……?」


 ルルリアはギランへそう突っ込みながら、通路に落ちた魔石の欠片を拾い上げる。


「これが、悪さをしていたんですか? さっき、魔物寄せの呪印文字ルーンだって、アインさんが口にしていましたけれど……」


 俺は頷いた。


「間違いない。それが魔物を引き寄せていたんだ。この階層にいる魔物の魔石の大きさじゃないから、下階層か外部から持ち込まれたんだろう」


 ギランが顔を顰める。


「クラスの班ごとに、経路や推奨エリアは指定されてる。教師陣なら、別のクラスのルートも把握してたはずだ。……まさか、エッカルトが、俺らを貶めるために仕込んでやがったのか? もしそうだとしたら……ただの嫌がらせじゃすまねえぞ」


 ……〈Dクラス〉の担任、エッカルト、か。

 確かに、嫌な雰囲気の男だった。

 しかし、たかだかクラス対抗の演習程度で、ここまでやってくるものなのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る