第22話

 魔物寄せの呪印文字ルーンがあった以上、この迷宮に他に何か仕掛けられていてもおかしくはない。

 俺達は速度を落とし、極力纏まって通路を移動していた。


「浮かねぇ様子だなァ、アイン」


 ギランは俺の表情を窺い、声を掛けてくる。


「ああ……。他の通路にもあの罠が仕掛けてあるのなら、クラスの連中が大丈夫かと思ってな」


「流石にエッカルトだって、そこまではしねぇはずだ。魔物寄せの呪印文字ルーンを複数個所で行ってりゃ、エリア関係なくこの迷宮自体が滅茶苦茶になっちまう。それに、大騒ぎが起きてあの呪印文字ルーンが迷宮の中から見つかれば、言い逃れだってできなくなるだろ」


 それはギランの言う通りだ。

 スキアーの恐ろしさは、群れるところとその隠密性の高さだ。

 目立つ魔物であれば進路妨害程度で済むが、あれでは死者を出しかねない。

 何人も死亡者が出れば、エッカルトの立場の方が危なくなる。


「……恐らく、狙いは俺だ。俺の実力が〈Eクラス〉の中で抜き出てるのは、試験官だったアイツが一番よく知ってるはずだ。放置すりゃあ、〈Dクラス〉連中より早く演習を突破すると思ったんだろ。それに、エッカルトのクソは、俺のことが嫌いだからな」


 ギランが忌々しげに口にする。


 そう考えた方が辻褄が合うのは事実だ。

 しかし、それでは腑に落ちないことがある。


「で、ですけれど、班を組んだのは直前ですのよ? 私達の班に、ピンポイントで呪印文字ルーンを仕掛けるなんて、できるはずがありませんわ」


 そう、ヘレーナの言う通りなのだ。

 エッカルトは俺達が地図を受け取ってから迷宮には入っていない。


「指示したのがエッカルトでも、実行犯は別にいるってことだな」


 考えればすぐにわかることだった。

 〈Dクラス〉の連中は、事前に迷宮演習の詳細を聞いて班分けを済ましていたはずなのに、出発したのは俺達の班決めが概ね纏まり、地図が配られた後だった。

 もっと早くに動けていたはずなのに、だ。

 恐らく、ギランの加わった班が、どこの地図を配られるのかを確認していたのだ。


 つまり、呪印文字ルーンを仕掛けたのは、エッカルトの指示を受けた〈Dクラス〉の生徒だったのだ。


「アインさん、そろそろレッドスラッグのいるエリアに着きます!」


 ルルリアが、地図へと目を落としながらそう言った。


 そのとき、何かが風を切る音が聞こえてきた。


「全員、足を止めろ!」


 俺の言葉に、三人がその場に留まった。

 飛来してきた火の玉が、俺達の前方へと落ちる。


 カツン、カツンと、複数の足音が響いてくる。


「やっぱりだねぇ、アイン。君ならあの罠も突破するんじゃないかって、危惧していたんだよ。いや、期待していたと、そう言うべきかな?」


 嫌味な顔付きの、藍色髪の男が向かってくる。

 カンデラだ。

 エッカルトの指示を受けて、俺達を嵌めようとしていたのはカンデラだったらしい。

 カンデラの横には、いつも通りというか、デップが並んでいる。


「何せ、この僕に舐めた真似をしてくれた……平民のクズ二匹を、直接叩き潰せるんだから。僕が〈Dクラス〉に配属になった怨み、忘れちゃあいないんだよ。僕の人生に傷を付け、カマーセン侯爵家の名に泥を塗った。この罪を、まだ贖ってもらっちゃいないからさぁ!」


 カンデラは殺気の籠った目で俺を睨み、鞘から剣を抜いた。


 しかし、逆恨みもいいところだ。

 カンデラが〈Dクラス〉配属になったのは自業自得という他ない。

 家名に泥を塗ったのも彼自身と考えるべきだろうに。


「ハハハ! クズ同士、馬鹿のギルフォード家の子息と仲良くやってくれててよかったよ。お使いついでに、報復ができるんだからさ!」


 カンデラが高笑いをする。

 やはり、エッカルトの指示でカンデラが動いていたらしい。


「今回の演習で、生徒間の直接妨害は禁じられています! 手出しすれば、罰則だってあるんですよ! わかっているんですか!」


 ルルリアがカンデラへと訴える。


「フッ、どこまでもおめでたいね。僕はカマーセン侯爵家の人間だよ? 君達みたいな、平民や下級貴族とは違う、尊き生まれなんだよ。僕に罰則を科すというのは、カマーセン侯爵家に刃向かうことに等しい。この学院に、僕を裁ける教師がいると思うかい? 僕がなかったと言えば、それはなかったことになるのさ。君達がどれだけ主張したって、ね。これが格の違い……君が喧嘩を売った相手だよ、アイン。わかるか?」


 カンデラが口端を大きく吊り上げ、目を細める。


「そ、そんな……」


 ルルリアが絶望した声を漏らす。


 ただ、侯爵家くらいであれば、ネティア枢機卿の逆鱗に触れれば即日取り潰しになってもおかしくはない。

 実際、そういう前例はある。

 無論、極力頼るなとは言われているし、そうするつもりもないのだが……。


「テメェら、たった二人で敵うと思ってんのかァ?」


 ギランがカンデラを睨む。

 カンデラはわざとらしく肩を竦め、首を振った。


「誰が、二人だと? 早とちりかい? これだから劣等クラスは……」


 カンデラの後ろから、ぞろぞろと六人の学生が現れた。

 全員ニヤニヤと笑いながら、手に剣を構えている。


「あの魔石で確実に潰せるとエッカルト先生は言っていましたが、当てにならないものですね、カンデラさん」

「早いところ終わらせましょうぜ。何せ、俺らは既に、魔石の回収は終わって、戻るだけなんですから」


 一班の人数ではない。

 最初から迷宮内で合流し、二班で行動していたのだろう。

 地図の情報もここに来る前から共有していたとすれば、なんでもやりたい放題だ。


 どうせエッカルトも、目を瞑るどころか端からそう指示していたのだ。

 担当クラスが優秀な成績を修めれば、担任教師である自身の評価にも繋がると考えているのだろう。


「魔物で散々疲弊したところを、僕らが集団で叩くというわけだ。どうだい? 賢いだろう? 劣等クラスの馬鹿にはできない頭脳プレイだと思わないかい?」


「そうだそうだ! 権威も頭もないお前らには、できない戦い方だろう!」


 カンデラに続き、デップがそう囃し立てる。


「ハッ、理屈付けてあれこれ並べ立ても、結局はアインが怖いから散々卑怯な手を取ってるだけじゃねぇか。卑屈な野郎共だぜ」


 ギランの一言で、カンデラの表情が一気に引き攣った。

 カンデラは以前、俺に完敗している。

 図星だったのだろう。


「確かに……」


 デップは手で口許を覆い、深刻そうな表情で小さく零した。

 カンデラはデップを険しい表情で睨み付けた後、手にした剣を床へと叩きつけた。

 金属音が迷宮の通路に響く。


「一気に掛かれ! 劣等クラスのクズを血祭りに上げて、わからせてやれ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る